→←↑↑↓↓→←(5)
続きです。
「いや〜……すごかったね〜」
「いやぁ、はは……それほどでもぉ〜あるよん〜」
興奮冷めやらぬまま、控え室でアリスに向けてあーだこーだ喋る。
ただ不思議なことにあのステージに立っていたアリスに対して湧いていたような感情は湧かず、今話しているのはよく知る友達としてのアリスという感覚だった。
アイドルって不思議だ。
会場の熱気も凄まじかったけど、アリス自身はその熱の中心ということもあって汗が滲んでいる。
思えばそこそこ長い時間全力のパフォーマンスをしていたのだから疲れていないはずはないだろう。
でも私の話を聞くアリスはその疲れを感じさせない。
「それで……肝心の、能力者についてはどうだったのよ?」
さくらが紙コップに自分の分のお茶を注ぎながら、部屋の隅で黙々とPCと向き合っているスバルの背中に尋ねる。
スバルは右手でキーボードを叩きながら、左手でさくらに見えるように親指を立てた。
なんだか分からないがとりあえず順調ではあるらしい。
しかしどうだろう……。
決して広くはない会場だ。
集まったお客さんは多く見積もっても百人くらいか……。
もっといたにしろ、その中に能力者がいる可能性はそれほど高くないような気がする。
あんまりお客さんの顔ぶれを確認する余裕はなかったが、私たちと同年代くらいの子は居ただろうか。
改名戦争の参加者ならやっぱり私たちと同い年くらいだと思うのだけど……。
作業が終わったのか、やがてスバルはキーボードを叩くのをやめる。
そして一言……。
「なるほどね」
……と、それだけつぶやいた。
「なるほどねって……どうだったんだよ? 居たのか、居ないのか?」
はっきりしない態度のスバルにどらこちゃんは質問を投げかける。
スバルはその質問にPCを閉じて、テーブルのところまで歩いてきた。
「結論から言えば、居たには居たよ」
「おおっ、まじか!?」
どうやらそんなに期待していなかったようで、その返答にどらこちゃんの表情が驚きに染まる。
しかしスバルはあまり嬉しそうではなかった。
「いや……ね、居たには居たんだが……充分でない。何かとアリスも改名戦争とは縁があるからもう少し引き寄せてくれるかなって思ったんだが、今回見つかった能力者は一人だった」
「ちょっとスバル! それって私の魅力が足りないって意味〜?」
アリスは頬を膨らませてスバルのこめかみをグリグリする。
スバルはそれに「まぁ待ってって」と弱々しく妨害するしか反抗できていなかった。
「いたた……。何も君の実力が不充分って言ったわけじゃないだろ? むしろその逆、君の魅せる音楽が幅広く届きすぎたんだ。能力者同士にはある種の縁みたいなものがあるのはお決まりだろ? だからその引力の力を借りようと考えたんだが、君のファンが多すぎて能力者の割合が薄まってるんだ」
「縁……ですか、なんだかスバルちゃんらしくもないですね……」
みこちゃんの言うように、確かにスバルのイメージからして縁とかそういう“目に見えない不思議なもの”を論拠にするのは珍しいように感じた。
しかしスバルは首を横に振る。
「いや、そうでもないよ。特に今みたいな状況下においては、そういった力の影響はむしろ大きいとさえ言える。これは確かなことだよ。このゲームの中心にある“キラキラ粒子”だって同じようなものだろう? アリスみたいな“元”能力者でも、実際にまだその引力の中にあるんだ」
「え〜、本当〜……?」
別にスバルの言うことを疑ってるわけでもないが、揶揄うつもりで疑いを口にする。
そうしたらスバルは「ならば……」と頷いた。
「それなら一つ証拠をお見せしよう。実はね……この部屋に近づいてくる者がいる」
「「え?」」
どの段階から気づいていたのか、スバルのその発言にみんな体をこわばらせる。
「ちょ、ちょちょ! 待って! じゃあその……能力者が来るの!? 今、この場所に!?!?」
それはつまりこのまま戦いが始まりかねないということを意味するわけで、焦らずにはいられない。
スバルなら今の発言はギリギリ冗談の可能性も無いことはないが……。
「あ……」
その瞬間、この場の全員が聞いてしまう。
この部屋に続く階段の、その一段目に、誰かが足をかけた音が。
その足音は、カン、カン……と迷いなく一定のリズムでこちらに向かっている。
誰が来るのか分からない。
そしておそらく向こうもここに私たちみたいなのが居ることは承知してないだろう。
お互いに接点のない者たちが、偶然にもこの場所で引き合わされる。
そんなの、それこそ……縁というほかない。
来訪者は、まるでここに何があるのかを知っているかのようにドアを開……。
「ん? あれっ?」
ガッガッ、とドアが揺れる音がし、困惑する……おそらく少女の声が聞こえてくる。
「こんのっ! なんでっ! 開かないっ!!」
ガッガッ……乱暴な音はまだ続く。
内側から眺めるドアはまるでホラー映画の演出のように軋んでいた。
もっともそのドアの向こうに居るのがおばけでも怪物でもないのは明らかなので、怖くもなんともないが……。
「あの……これって鍵……?」
何に気を遣っているのかは自分でも分からないが、一応扉の向こうの誰かに聞こえないように小声でスバルに尋ねる。
スバルは首を横に振った。
「いいや、鍵は特にかけていないね。単純にその……引いて開くところを押して開けようとしてるだけみたいだ」
「えぇ……」
ドア前のスペースが狭いせいで「ここは押して開くはず」という先入観から抜け出せないのだろう。
哀れな客人への介錯人として、どらこちゃんがスッと席を立つ。
そして真っ直ぐに忙しなく回るドアノブの方へ向かって行った。
「……」
どらこちゃんが無言のままドアノブを握ると、さっきまでのガチャガチャが嘘のようにぴたりと止まった。
代わりにドアの向こうからまた声がする。
「外から押さえつけている!? おッおッお!? なんて握力だッッッ!!」
ドア向こうの誰かが驚いているのも束の間、どらこちゃんはノブを回してドアを押しひらく。
そこには……。
「ヌウッ!?」
開いたドアに押される形で手すりに押し付けられてる少女が居た。
短めの髪に、アリスのファンの中ではたぶん珍しい方の簡素な服装。
あっさりとした顔立ちに黒縁のメガネをかけた少女だった。
最初は驚いていた少女だったが、ドアが開いたのを見てパァッと表情を明るくする。
「あっ! アリスッ!! ここにいるんだよねッ!!」
そしてどらこちゃんを突き飛ばしかねない勢いで部屋に身を乗り出してきた。
「うわっ!? お前、ちょっ……いきなり!!」
どらこちゃんは突然迫って来た少女に驚くが、少女は気にしない。
それどころか……。
「オマエ誰だッ!! アリスをッ!! アリスを出せッ!!」
あっさりした顔つきに似合わず、どうやらいわゆる厄介ファンというやつのようだ。
こんな場所まで突撃してきた上に遠慮を知らない。
「えへへ〜……。嬉しいけど、ちょーっとびっくりしたかなぁ〜?」
アリスはそれでも多少困惑しながら少女へ手を振る。
少女はそのファンサービスににへらと頬を緩めると、そのまま全身が弛緩してどらこちゃんも巻き込んでその場に溶けた。
続きます。




