表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/21

その十九歩

 なんて思ったのは一瞬で。


 強い魔力を抑える為に、《魔王》様が付けている“封冠符(ふうかんふ)”――アクセサリー状のそれが、一つもない!?嫌な事に気付いてしまい、くらくらと目眩がしそうになるのをイオリは必死に堪えた。

 イオリ自身には《勇者》補正で影響がないとはいえ、強すぎる魔力は耐性の無いものにとって猛毒に等しいのに、一体この人は何をしているのだ!


 数ヶ月前に《魔王》様が“封冠符”を外したせいで、魔王城で働く人達が死屍累々の姿になったホラー満載の光景を繊細な乙女は忘れてはいないのだ。

 これは一言苦言を(てい)さねば、と視線を持ち上げたイオリの瞳にふと映ったのは、イオリを抱き締めるようにして(うずくま)る《魔王》の周囲を半円状にぐるりと囲む、シャボン玉のような淡い膜の存在だった。


 外界はどうやら昼間らしく、空から降り注ぐ陽光に膜が反射してキラキラと輝いている。

 その膜を通してうっすら見える光景は、多種多様な花と緑の生垣と噴水が美しい魔王城の庭と、イオリ達からやや距離をあけて佇むミルカの姿だ。アンデルベリやオルトゥースなど、その他の“六柱”は姿が見えないが…“六柱”の中で唯一女性である"氷雪の魔女"ミルカは、今にも泣き出しそうな顔でイオリを見ていた。

 以前は“六柱”といえど、“封冠符”を《魔王》が外した際は、倒れ伏していたのだから、どうやらこのシャボン膜的なものは魔力を遮断する効果があるようだ。

 いやあ良かった良かった……なんて言ってる場合じゃない!


「あの、リーヴさん」

「………」


 中途半端な格好で思い切り抱き締められているものだから、体が痛い。

 それになにより、物凄く恥ずかしいので恐る恐る名前を呼んでみたのだが、華麗にスルーされてしまった。むしろ、腕の力が強くなってませんか?そろそろ内臓が出るかもしれない。

 天国への階段が見え始めた気がして、ギブ、ギブ!と《魔王》の体を叩くと、ようやく腕の力が緩んできた。


 多少の身動きなら問題なさそうだが…問題は、この《魔王》様がいまだに体を離してくれないことだ。大の大人が子供っぽいよ!と冗談交じりに言ってやろうと思っていたのに、イオリを見下ろす石榴石(ガーネット)色の瞳が、何だか泣き出しそうに細められていたから出かけた言葉を飲み込んでしまった。


 確かに『うっかり』誘拐されてみちゃったりしたけど、結果的にはオーライだし、別に問題なさそうなのだけど…。


「イオ」

「…はい」


 あなたはエスパーか何かでしょうか?いや、《魔王》様だけども。

 心の声が読めているに違いない。(たちま)ち渋い顔をしながら愛称を呼ぶ《魔王》様に平伏したくなった。抱き締められてるからできないけど。


「三日」

「はい?」


 あの“死神”アンデルベリみたいに、単語ぶつ切りで会話するのはやめて欲しい。何を言いたいのかさっぱりだ。

 頭の上に浮かんだ疑問符が見えるのかもしれない。《魔王》はちょっぴり呆れたような顔でイオリを見下ろした。そんな顔で見なくてもいいじゃないか!


「イオが、いなくなって…今日で三日だよ」

「…はっ!?」


 思わず、間の抜けた声が零れ出た。

 だってイオリを誘拐した第六軍のなんとやらさんだって、“数日はこのまま”と言っていたところを《勇者》補正で起きたのだから、たかだか半日から一日くらいだと思っていたが、そういう訳ではなかったらしい。


「えーっと…何か、六軍の人に誘拐されちゃって、眠ってたみたい?」

「ウォルター。 魔眼の持ち主だよ。元々好戦的で、俺の治世はぬるいと考えていたようだからね」


 流石《魔王》様だ。

 イオリが報告なんてしなくても、既に現状を把握しているらしい。それなら三日もかけないで、さっさと転移魔法で助けてくれたって…と心の中で毒づいたのも、どうやらお見通しのようだ。

 軽く唇の端を持ち上げて、石榴石(ガーネット)色の瞳を細める仕草は彼が不機嫌な時の癖である。


「地上は魔を吸収する“水晶の森”、地下には魔封じの施されている場所から、意識の無い対象を無条件に転移させるなんてことは難しい。 イオが目覚めて、魔力を外に出してくれたからこそ“引っ張る”事が出来たんだよ」


 じゃなきゃ、三日もイオを俺の傍から離れさせるなんてできない。

 という言葉は聞かなかったことにする。聞いてないったら聞いてない。


 そんな事より、今は《魔王》――リヴェンツェルの命が問題だ。


「リーヴ、そのウォルターって人がリーヴの命を狙ってて!」

「ああ、そんな事…イオが監禁されてたことのほうが余程大事だよ」


 仮にも《魔王》の部下なのだから、反逆に値すると思うのだけど、当の《魔王》様は“そんな事”のようです。むしろ、心配してくれてるの?と至極嬉しそうに微笑まれてしまい、心配して損した気分である。

 それでも、助けてくれたことに変わりはないのだから、きちんと礼を言うべきだと顔を上げたイオリは、すぐにうひいいと情けない声を上げる事になった。


「ちょっ、リーヴなにして…!」

「なにって、ナニ? イオの補充?」

「私は何かのエネルギーかっ!」


 せっかく多少なりと距離が出来たというのに、周囲の状況を完全に無視して《魔王》様は思い切り抱き締めてきた。さっきより力が強い気がする。

 うぐうぐと喉の奥でイオリは蛙が潰れたような情けないうめき声を上げた。

 これでは捕らわれた先が変わっただけじゃないか…とイオリは一瞬意識を遠くへ飛ばしかけたが、リヴェンツェルの肩越しに見えた光景に空色の瞳をしばたたかせた。


『――-…!』


 不純物の混ざっていない氷を職人が魂を込めて削り出したら、きっと彼女になるに違いない。

 透明な青の美しい髪に真っ青な瞳。豊満な身体に妖艶さを漂わせる整った容姿――"氷雪の魔女"ミルカが何か必死な形相で此方に呼びかけているが、その声が聞こえる事はない。

 恐らくは《魔王》の魔力を撒き散らさない為に張られている結界のせいだろう。


 何処か泣き出しそうに端正な顔を歪めているミルカの話を聞きたくとも、これでは会話すら出来ないではないか!至極勝手ではあるが、ひっそりこっそり姉のような存在だと思っている人の泣き顔は精神的にクるものがある。これは《魔王》に、何のエネルギーかも分からない充電をのほほんとさせている場合ではない。ミルカ>リーヴである。


「リーヴ! ミルカが何か言いたそう。早く封冠符付けて、コレ解いて!」

「えーー……」

「大の大人が唇を尖らせないの!」

「イオが付けてくれるなら。 ハイ、これ」


 可愛く丸め込む作戦が不発だと分かるや否や、リヴェンツェルはどこから取り出したのか、ピアスにネックレス、チョーカー、指輪、バングルエトセトラ…全て黒色の宝石が使用されている装身具(アクセサリー)をイオリの手へじゃらんじゃらんと手渡した。

 ちなみに、この装身具(アクセサリー)こそが封冠符(ふうかんふ)と呼ばれる魔導具(マジックツール)で、“六柱”ですら一つ装着すると魔法が使えない程に魔力を抑え込まれるという代物だ。

 まだイオリが世界の真実を知らず、《魔王》討伐の為にリヴェンツェルと旅をしていた時も装着していたがふっつーーーに魔法を使っていたあたり、ばけも…げふんげふん、さすが最強といわれている(by “炎帝”ヒュール談)《魔王》様である。


 余りに強すぎる魔力の為、今のように結界を張らずに封冠符を外した日には…数ヶ月前の地獄絵図再来なのだが、なぜイオリは平気なのかというと《勇者》補正で精霊の加護貰ってるからね!別に鈍い訳じゃないからね!


 ちょっと子供っぽいが、こうなったらこの《魔王》様はテコでも動かない。

 二年に渡る付き合いで嫌という程覚えておりますとも、ええ。


「もうっ、じっとしてて!」


 べちんっと両手でリヴェンツェルの頬を叩くようにして包み込み、ぐいぐいと上に向けさせる。すぐ近くで(またた)石榴石(ガーネット)色の奇麗な瞳がかち合う。

 あれ、この光景は前にもあったような。


「嬉しいな、イオが付けてくれるのは二度目だ」

「…リーヴが自分でつけないから、付けられるの私だけじゃない!」


 どうやら考えていた事は一緒のようだ。

 嬉しそうに目元を緩める《魔王》様からは、凄絶(せいぜつ)な色気が漂っている。間近でその艶やかな表情を見てしまい、凄まじい恥ずかしさを隠すべく軽く俯いたイオリはやや強い声で反論を返した。

 だというのに、小さく空気を揺らして笑うリヴェンツェルは本当に嬉しそうで――思わず、顔を持ち上げたイオリの瞳に映ったのは、少年のような屈託のない微笑みを浮かべた《魔王》だった。



「そう。 イオ…イオリ、君だけなんだ」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ