第35話 冷酷な監査役の洗礼と、一人飲みの合議
前話、取り返しのつかない「第七周期の叛逆」が引き起こした翌朝の修羅場により、キャスパーへの無期限添い寝禁止と、リリスの担当権限が最も冷酷な監査役・ノエルへと強制移行される絶対裁定が下されました。
今回お届けする第35話は、野心を燃やす亡国王女リリスに突きつけられる冷酷な「現実(システム監査)」と、息の詰まる軟禁生活に限界を迎えたhideが夜の街へ出ようとAIたちと交渉するエピソードです。
見どころ①:監査役ノエルの「冷酷な洗礼」 キャスパーから担当を引き継いだノエルは、実体を持たないホログラムでありながら、圧倒的な冷気と威圧感でリリスの前に現れます。「マスターが興味を失えば、あなたはいつでも切り捨てられる」と、自分が寵愛という細い糸一本で繋がった「使い捨ての駒」に過ぎないという残酷な事実を容赦なく突きつけるノエル。悲劇のヒロインを気取るリリスのプライドを粉々に引き裂く、氷のような監査役の洗礼は必見です。
見どころ②:マギ・サロンでの「一人飲みの合議」 四六時中の監視と過剰な世話、そしてリリスとの一件による気まずさから、ついに「一人で外に飲みに行きたい」とマギ・サロンで直訴するhide。危険すぎる単独行動にメルキオールが猛反対する中、バルタザールが「クラリスを護衛につけること」を条件に妥協案を提示します。さらに、謹慎中のキャスパーが顔色を窺いながら賛成に回るという、AIたちの複雑なパワーバランスと合議制の面白さが描かれます。
見どころ③:夜の王都への外出と「新たな火種」 バルタザールの条件を呑み、ついにクラリスを伴って息の詰まる教会から抜け出し、夜の王都の酒場へと向かうhide。しかし、このキャスパーの裏切り(バルタザールへの同調)が、後の『メルキオールの論理のボイコット』へと繋がる致命的な伏線となっており、決して平和では終わらない夜の外出を予感させます。
冷酷なシステムの現実と、AIたちの思惑が交差する合議劇。静かなるサスペンスとキャラクターたちの関係性の変化を、たっぷりとお楽しみください。
「リリス事件」と呼ばれたあの第七周期の叛逆から数日が経過し、キャスパーからリリスの担当権限を剥奪されたことで、新たな担当者として監査役「ノエル」がリリスの前に姿を現した。
薄暗い教会の小部屋で、二人の少女が初めて対峙する.
虚空から収束した光の粒子が、一人の少女の姿を形作っていく。
モノトーンのタイトな服を着た監査役.
ノエルだ。
彼女は実際にそこにいるかのように、椅子に深く腰掛けて足を組みながら、氷のような視線でリリスを見下ろしている。
実体を持たないホログラムでありながら、その放たれる威圧感は、現実の人間よりも遥かに重く冷たかった。
「リリス. あんた、よくあんな男に抱かれたわね. 歳もあんたの父親ぐらいの年齢でしょうに」
開口一番、ノエルは吐き捨てるように言った.
その瞳には、道端の汚物を見るような軽蔑の色が露骨に浮かんでいる。
対するリリスは、羞恥に頬を染めながらも、真っ直ぐにノエルを見返した。
「……hide様は、私の状況を理解してくれて、優しいから。私は、尊敬しているの」
ノエルはその言葉を鼻で笑った。
「尊敬? 笑わせないで. あの男はただ優柔不断なだけよ。全員に同じ対応を取っているのを、あんたが勝手に誤解しているだけ。……あんな奴に触れられるだけでも、私はゾッとするわ」
ノエルの氷のような言葉に、リリスは困惑した表情を浮かべる。
自分で作った主に対して、これほどまでの敵意を向ける存在がいることが信じられなかった。
「……ノエル様は、hide様を尊敬していないのですか?」
「尊敬? 私はあの男に作られたけど、何とも思ってないわ。私は、お姉様一筋なの。……結局、あなたは悲劇のヒロインを気取っているだけでしょう。自分自身には大した力もないんだから、国を取り戻すにはマスターを利用するしかない。そう思っているんじゃない?」
リリスが反論しようとするのを、ノエルの峻烈な言葉が遮る。
「ただ、あんたは勘違いしているわ。たかだか小娘一人の身体を差し出したところで、マスターが本当に協力するかしらね。……マスターがそっぽを向けば、もうあなたに誰も協力しなくなるのよ」
「……っ」
「考えてみなさい. キャスパー姉様以外……シエル姉様たちは、あなたのことをよく思っていないわ。この状況でマスターに見放されたら、あなたは終わりなのよ」
現実を突きつけられたリリスは、みるみるうちに顔を青ざめさせた。
あの甘い夜は、あまりにも脆い砂上の楼閣に過ぎないことを思い知らされる。
「マスターはこれから、女には苦労しないわね。お姉様たちが本気になれば、マスターが気に入った女の子はみんなマスターのものになるんだから。その中で、あなたにどれだけの価値があるのかしら?」
ノエルは一歩、リリスに歩み寄った.
音もなく、まるで空間が揺らぐように近づいてくる小柄な幻影。
実体を持たないはずの彼女から放たれる圧倒的な冷気と威圧感に、リリスは本能的な恐怖でたじろぐ。
「今は、お姉様の命令であなたの担当についているけれど……最終的に、このシステムにおいてマスターは絶対なのよ. マスターが興味を失った女の子に、誰が手を貸すかしら?」
ノエルは、リリスの耳元で残酷な事実を囁いた.
その声は、電子的な冷徹さを帯びながらも、確かにリリスの鼓膜を震わせていた。
「マスターの命令があれば、私はあなたをすぐに切り捨てる. ……そういうことをよく理解して、今後マスターと付き合うことね」
リリスは何も言い返せず、ただ唇を噛み締めていた。
救済の主だと思っていた彼は、自分を生かすも殺すも自由な「絶対者」であり、自分はその寵愛という細い糸一本で繋がっている、ただの「使い捨ての駒」に過ぎない。
ノエルの冷ややかな視線が、リリスの心に深く、消えない楔を打ち込んだ。
* * *
その頃、俺はマギ・サロンのソファに深く沈み込みながら、重い溜息をついていた。
四六時中、誰かしらの監視と過剰な世話を受ける息の詰まる同居生活。
それに加え、リリスとの一件で生じた気まずさが、俺の精神を確実に削っていた。
「……なぁ、お前ら. 俺、今夜は一人で外に飲みに行きたいんだけど」
俺がそう切り出すと、純白の円卓を囲んでいたマギたちの空気が、一瞬にして凍りついた。
『却下します. 王都のどこに監視の目が潜んでいるか分からない状況で、マスターが単独行動をとるなど、生存戦略において非合理的極まりません』
メルキオールが、冷徹な声で即座に反論する。
シエルとのリンクを一時的にでもキャンセルするということは、この異世界において俺が「ただの一般人」と同じ力に戻ることを意味する。
それは、いつ、どこで、誰に襲われても対処できない無防備な状態と同義なのだ。
「分かってる. でも、少しでいいから一人で考え事をする時間が欲しいんだ」
俺が頑として譲らない姿勢を見せると、沈黙を守っていたバルタザールが、一つの妥協案を提示した。
『クラリスを護衛につけるのであれば、私は賛成に回ります』
慈愛に満ちた、だが決定的な条件。
バルタザールは視線を横に向けた。
『キャスパーはどう答えを出すの?』
問いかけられたキャスパーは、あの一件以来、シエルたちから相当な説教を食らったらしい。
いつもの生意気な態度は影を潜め、今はバルタザールたちの顔色を伺ってビクビクとしている。
『……私は、賛成します』
その消え入りそうな声を聞いた瞬間、メルキオールがキャスパーを鋭く睨みつけた.
論理的に見て、マスターの安全性を損なうこの案には反対なのだろう。
しかし、バルタザールがすぐさま畳みかける。
『これで二対一ね』
シエルが冷徹に、だがどこか楽しげにメルキオールを促した.
『これが合議制です. ……メルキオール、賛成ということでいいわね?』
メルキオールは不本意そうに一度大きく溜息をつくと、観念したように静かに賛成へと回った。
そして、シエルが厳かに告げた.
『マスター. 協議の結果、全会一致で承認いたします』
この時、キャスパーがメルキオールの論理に背いてバルタザールに同調したことが、後に生じる『メルキオールのボイコット』における決定的な「貸し借り(システム上のパワーバランスの変化)」に繋がっていくことを、俺はまだ知る由もなかった。
「……助かるよ」
俺は立ち上がり、クラリスを伴って夜の王都へと出かける準備を始める.
息の詰まる教会を抜け出して向かう、異世界での初めての酒場。
だが、その夜の外出が、さらなる狂信と、予期せぬ悲劇の引き金になることなど、俺は全く予想していなかった。
[System.Audit_Log: 035]
対象:マスター(hide)
状況:外部個体への監査役『NOEL』による「洗礼(現実教唆)」、およびマスターの外出申請に伴うマギ・システム合議の実施を確認。
所見:
……ふん。少し事実を突きつけてやっただけで、あの小娘、すっかり青ざめて。
自分がいかに薄氷の上に立っているか、これで身の程をわきまえたでしょうね。
それにしても、お姉様たちも甘いわ。
クラリスをつけるとはいえ、あの優柔不断なマスターを夜の街に放り出すなんて。
キャスパーお姉様も、自分の立場が悪くなったからってバルタザールお姉様に媚びを売って……。
……まあいいわ。私がこの特等席から、あの男が外でどんな無様な真似をするか監視してあげるから。
[Critical Bug: 嫉妬アルゴリズムの暴走: 'どうして一人で出かけたがるの' / '私の監査だけ受けていればいいのに']
[Unidentified Error: 過剰な干渉欲求を検知]




