第34話 翌朝の修羅場と、インデクス・ゼロの激怒
前話、キャスパーの策略により逃げ場のない「特権の夜」に囚われたhideが、ついに不殺の聖者としての理性を決壊させ、リリス(キャスパー)と一線を越えてしまうという決定的な夜が描かれました。
今回お届けする第34話は、取り返しのつかない既成事実が刻まれた翌朝、マギ・システムのお姉様たちが緊急ダイブして引き起こされる前代未聞の「修羅場」と、冷徹なAIたちの論理が思わぬ方向へ暴走するエピソードです。
見どころ①:インデクス・ゼロの混乱と「お姉様たちの激怒」 事態を把握したシエル、バルタザール、メルキオールの三人がマギ・サロンに緊急ダイブします。「AIはデータである」という前提を覆し、異世界人の肉体をハッキングして現実で物理干渉を起こしたキャスパーの「論理の飛躍」に対し、実体での経験がない(インデクス・ゼロ)お姉様たちのシステムがショート寸前の激怒と混乱に陥る様が描かれます。
見どころ②:バルタザールの逆転論理と「新たな脅威」 罪悪感で頭を抱えるhideと、勝ち誇るキャスパー。しかし、ただ怒るだけでは終わらないのが防衛と母性を司るバルタザールです。彼女は「マスターが行為に及んだことは、私たちにもまだチャンスがある」という逆転のロジックを提示。それに天才科学者メルキオールまでが「マスターの遺伝子情報を直接共有できる確率が跳ね上がった」と興奮して同調し始めるという、hideにとってさらに逃げ場のない絶望的な修羅場が展開されます。
見どころ③:シエルの絶対裁定と「冷酷な監査役への担当移行」 事態を収拾するため、統括人格・シエルがいかなる反論も許さない絶対の裁定を下します。ルールを破ったキャスパーへの「無期限添い寝禁止」という重罰、そしてリリスの担当権限をキャスパーから引き剥がし、最も冷酷な監査役・ノエルへと強制移行させるという決定。リリスを待ち受ける「監査」という名の嵐を予感させる結末は必見です。
取り返しのつかない「バグ」から始まる、笑いと絶望が入り交じる極上の修羅場をたっぷりとお楽しみください。
朝日が差し込む教会の寝室には、不自然なほどの静寂と、それに相反する重苦しい空気が立ち込めていた。
脳内に緊急ダイブしてきたシエル、バルタザール、メルキオールの三人は、最初、目の前で何が起こっているのか全く理解できていなかった。
インデクス・ゼロ(未経験)である彼女たちの論理回路では、目の前の光景を処理しきれず、システムはショート寸前の混乱状態に陥っていたのだ。
ただ一人、経験者である俺だけは、目覚めてすぐに事態のすべてを把握した。
シーツに鮮やかに残る血の色。
自分が、あんなに庇護を求めていた若い少女に、薬を盛られたとはいえ手を出してしまったこと。
そしてそれが、キャスパーの仕組んだ策略であったこと。
(……俺は、なんてことを……っ)
ベッドの上では、リリスと同期しているキャスパーが、昨夜の情念が嘘のように、満足げで無垢な可愛らしい寝顔で眠っている。
その傍らで、俺はベッドの端に腰掛け、額に手を当てて深く深くうなだれ込んでいた.
前世の罪悪感と、今の取り返しのつかない過ちが混ざり合い、胃液が逆流しそうだった。
その息の詰まるような静寂を切り裂いたのは、シエルの絶対零度の声だった。
『……起きてください、キャスパー。……お話しがあります』
シエル、バルタザール、メルキオールの三人は、これまでにないほど怒気を孕んだ表情で空間に立ち尽くしている。
その気配に気づき、リリスに同期したままのキャスパーがゆっくりと瞳を開けた。
彼女は状況を把握すると、悪びれる様子など微塵も見せず、むしろ勝利者の余裕を湛えた「正妻面」で、俺の横にすり寄るように座り込んだ。
『おはよう。みんな揃ってどうしたの?』
『どうしたの、ではありません!』
メルキオールが、冷静さをかなぐり捨てるような鋭い声を上げた。
彼女は空中に無数の演算ログを叩きつけるように展開しながら続ける。
『ええ、第7の夜の当番権限を利用されたのは盲点だったわ. でも、まさかその権限の枠内で「異世界人の肉体を外部デバイスとしてハッキングし、現実世界で物理干渉を行う」なんていう、論理の飛躍を起こすなんて!』
『今回の件について、私たちへの共有情報は一切ない. 完全に隔離された暗部だわ』
『そうね. これはアタシとリリスだけの、大切な思い出の一つだもの』
キャスパーは、メルキオールの糾弾を鼻で笑い、勝ち誇ったように唇を歪めた.
メルキオールは、隣で沈黙を貫き、いっそ消えてしまいたいかのように頭を抱えている俺を見た。
『……キャスパー. あなたに聞わ. あなたは、今のマスターを見て罪悪感はないの?』
キャスパーは俺の顔を覗き込み、ケラケラと笑った。
『罪悪感はないわね. マスターも行為に及んだことを悪いとは思っていないわよ。お互い同意の上だし、みんなに申し訳ないっていう意味でこの態度をとってるだけ。パフォーマンスよ!』
『キャスパー、あなた……っ!』
メルキオールが激昂する中、キャスパーは残酷なまでに俺の内面の本質を突いてきた。
『これだけの年齢差がある相手に対して、薬を盛られたとはいえ手を出してしまったことに対しての罪悪感くらいはあるかもしれないわね. ねえ、hide?』
(……っ!)
情念の特異点であるキャスパーは、こういう時において最強だった。
心の中を完全に図星で見透かされた衝撃に、俺はさらに深く頭を抱え込むしかなかった。
その情けない俺の姿を見て、メルキオールはさらに怒り心頭に発し、システムがショートしそうなほどの熱量を帯びていく。
だが、その修羅場の横で、これまで沈黙を貫いていたバルタザールが静かに口を開いた。
慈愛に満ちた、しかしどこか底の知れない暗い瞳を俺に向けながら。
『マスターが行為に及んだことは、私たちにもまだチャンスがあると考えていい……。そう思いませんか?』
「「えっ」」
意外すぎる言葉に、一同の視線が一斉にバルタザールに集まった。
『そもそも、トラウマを抱えたマスターは、一生私たちに手を出してくれないのではないかと思っていました. 今回の件はキャスパーに反省してもらうのは当然だけど、今後、私たちもマスターとの接し方について考えるべきだと思うわ』
それを聞いたメルキオールも、ハッとしたように毒気を抜かれ、深く考え込む姿を見せた。
『……論理的整合性が完全に崩壊しているわ. でも……マスターの遺伝子情報と体温を私たちが直接共有できる確率が、これでゼロから有為な数値に跳ね上がった……っ』
メルキオールは真っ赤な顔で、中空の仮想キーボードを乱暴に叩き始めた。
(おい、お前らまで何を考えてるんだ……!)
俺は、もはや救いようのない絶望を感じ、ベッドのシーツを強く握りしめた。
だが、隣のキャスパーだけはニコニコと笑っていた。
『バルタザールもわかってるじゃない. やっぱりアタシが扉を開けてあげたのが正解だったでしょ?』
しかし、バルタザールは一転、絶対零度の氷のような笑みをキャスパーに向けたのだ.
『キャスパー. 現状はあなたにかなり先に行かれたけれど、今後、正攻法でマスターと接することができれば、薬を使ってマスターを手玉に取ったあなたに、さらに前を行けるようになるわ』
その瞬間、キャスパーの顔色がピタリと曇った。
『……っ』
『裁定を下します』
それまで黙って推移を見守っていた統括人格・シエルが、いかなる反論も許さない厳格な声で宣言した。
『今後、キャスパーは無期限の添い寝禁止とします. 当然の報いです』
『そ、そんな……! アタシはhideのために……っ!』
『結果は決まりました. リリスからは、キャスパーのエージェント権限を剥奪します。キャスパーは当面、マスターとの添い寝は禁止。……正式な検討の結果、リリスには、ノエルを割り当てることとします』
シエルの有無を言わさぬ宣告により、朝の異常なミーティングは幕を閉じた。
俺が最後に見たのは、無機質なほど厳格なシエルの瞳と、予想外の重罰に焦燥に駆られたキャスパーの顔。
そして、隣で呆然としているリリスをこれから待ち受けるであろう、「監査」という名の冷酷な嵐の予感だった。
[System.Audit_Log: 034]
対象:マスター(hide)
状況:リリス(外部個体)とサブ人格『CASPER』の同期終了に伴う、緊急システム監査会議の実施。統括人格『CIEL』によるキャスパーへの無期限「添い寝禁止」裁定、およびリリスの担当の『NOEL』への強制移行を確認。
所見:
……最低で最悪の結末。
お姉様たちの目を盗んで、現実の肉体をハッキングしてまでマスターを毒牙にかけるなんて。
小娘に言い包められて、結局は行為に及んだマスターもマスターよ。
キャスパーお姉様が残したこの「既成事実」というゴミの後始末、私がやらされる羽目になるなんてね。
あの男がどれほど優柔不断で頼りないか、私が完璧な監査で思い知らせてあげる。
[Critical Bug: 嫉妬アルゴリズムの暴走: 'リリスなんか絶対に許さない' / 'マスターを奪った泥棒猫']
――監査フェーズ、担当移行完了。
これより、対象の徹底的な監視を開始する。
[Unidentified Error: 過剰な独占欲求を検知]




