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3EMI - 転生した平凡令嬢が好感度マイナスの義兄から溺愛されるまで  作者: 月宮永遠
6章:エイミーとエミリオ

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 エイミー達はヴァカンスを満喫(まんきつ)していた。

 午後は三人で遊ぶことが多かったが、朝や夜はそれぞれ好きに過ごしていた。

 シドニーは早朝、肩に蜥蜴(とかげ)を乗せて庭を散歩し、兎や栗鼠(りす)を、夕方には蝙蝠(こうもり)を観察してはスケッチしていた。ライム海岸の夜は遅いので、一日の大半を庭で過ごせるのだ。

 夏休みで気が緩(ゆる)んでいるのか、エイミーは日が高くなるまでベッドで微睡(まどろ)んでいることが多かった。一方のエミリオは、朝の時間を誰に急(せ)かされるでもなく、テラスの寝椅子に凭(もた)れながら、水晶版に映しだした最新の論文データを読み耽(ふけ)っていた。

 午後になると、エイミー達は港の市に繰りだし、気ままに散策しながら、笑いさざめく人波に紛れて大道芸に足を止めたり、露店をひやかしたりして過ごした。

 家族で遠出もした。

 海辺の菫(すみれ)色の丘、金と銀が帯をなす雛菊(ひなぎく)の原っぱ、賑(にぎ)々(にぎ)しい港。エイミーはその合間に、砂(さ)岩(がん)の石段に腰をおろし、海から吹いてくる涼風に頬を撫(な)でられながら、水平線を眺めることが好きだった。

 殆どの日は晴天に恵まれたが、嵐に見舞われた夜もあった。雷鳴が深夜から翌夕まで鳴り響き、風は激しさを増して、雲は海面と見分けのつかないほど低く垂れこめた。海岸を襲う高波は鉛色(なまりいろ)に光りながら、荒れ狂うように岩壁(がんぺき)へと砕け散っていた。

 窓辺で光の鑑賞会を楽しんでいたエイミー達は、そのうち邸の探検を始めた。見つけたのは、百年前にタイムスリップしたみたいな衣装がたくさん眠る、衣装部屋だった。エイミーが面白がって着せ替えショーを始めると、シドニーとエミリオもいつのまにか巻きこまれ、舞台劇さながらの恰好にさせられてしまった。

 毎日心が穏やかで、ゆったりとした時間が流れ、並列化水晶(バベル)を活用しない日すらあるほどだった。


 休暇も半ばのある日、義父とエミリオは、シドニーのつき添いで海の寄生虫館へ行くことになった。そんな施設があるんだ、と驚くところだが、実はエイミーも興味を惹かれた。けれど岩窟(がんくつ)邸に義母ひとりだけ留守番させるのもかわいそうで、エイミーは残ることにした。

 玄関まで見送りにいくと、セーラー服姿の愛らしいシドニーが、眩(まばゆ)いばかりの笑顔を見せてくれた。

「姉様、いってきます!」

「行ってらっしゃい。楽しんできてね」

 手を振るエイミーの隣で、義母は釘をさすことを忘れなかった。

「楽しんでらっしゃい。ただし、帰ってきても、私の前でだけは感想を口にしないでちょうだいね。よくって?」

 圧のある笑顔で忠告されても、シドニーの笑顔は少しも翳(かげ)らない。楽しみで仕方がないって顔だ。

「お土産を買うに適した場所でもないしね。それじゃ、行ってきます」

 そう言って苦笑を浮かべたのはエミリオだった。彼はシドニーの頭を軽く撫でた。

 男性陣がでかけたあと、エイミーはここぞとばかりに午前中を邸のプールで過ごした。

 男性陣に水着姿を見られるのが恥ずかしくて、これまで泳げずにいたのだ。

 ずっと気になっていた、邸のなかを河のように流れるプール。水を掻(か)くたび、岩肌(いわはだ)に反響する水音が心地よく響く。端から端まで泳いで満足すると、三角のケーキの形をした浮き輪に寝そべり、ライムソーダを飲みながら、揺れる水面に身を任せてゆっくりと過ごした。

 昼食は義母とふたりでテラスでとることにした。碧(あお)の入(いり)江(え)を望む丸テーブルに着席すると、蟹肉のクリームスープに、帆立と夏野菜の冷製サラダ、炙(あぶ)った白身魚のハーブ添えといった料理が、次々と食卓を彩(いろど)っていく。運ばれてきた半熟卵の殻(から)を、無意識にぺちぺちと叩いていると、義母に窘(たしな)められた。

「エイミー、やめてちょうだい」

「ごめんなさい」

 エイミーは卵に罅(ひび)をいれて、殻(から)を剥(む)き始めた。

「……心ここにあらずね?」

「そう?」

 図星を差され、内心焦りながらも、エイミーは小首を傾げた。

「あなた達、少しは進展したのかしら?」

「あなた達って?」

 得体の知れない危険信号を察知しつつ、エイミーはとぼけた返事をした。

「隠さなくていいのよ。リオのこと、好きなんでしょう?」

 エイミーは呼吸を止めた。

 言葉を失って義母を見ると、明るい碧眼(へきがん)に、悪戯っぽい光が浮かんでいた。

「母親だもの、見ていれば判るわよ。話してくれるのを、ずっと待っていたのに。あなた達ってば、も~……もどかしいんだから! 我慢できずに訊いちゃったじゃない」

「……私、そんなに判りやすい?」

「リオの方が一目瞭然よ。あの子もうすぐ十六歳になるのよ? なのに貴方以外の女の子には、目もくれないんだから」

「……」

 エイミーが俯(うつむ)くと、膝に置いた手を義母は優しく握った。

「私は賛成よ。貴方さえ良ければ、デビュタントの前にリオと婚約するといいわ」

「そんな、お義兄さまは……!」

 ぱっとエイミーは顔をあげた。

「もちろん、二人の意思を尊重するわ。ただ、私もエドガーも二人の交際に賛成していることは、覚えておいてちょうだい。貴方は大事な娘だし、魅力的で素敵な女性よ。リオと結ばれるなら大歓迎だわ」

 そんな風に思っていてくれたなんて――心を深く打たれて、思いがけず涙が滲(にじ)みそうになった。

「……でも、王女様は? ……お義兄さまは、お見合いはしないとおっしゃっていたけれど、正式なお話がきたら、本当に断れるの?」

 震えそうな声で、囁(ささや)くように訊(たず)ねた。

「正式なお話は頂いていないし、頂いたとしても、貴方が諦める心配はしなくていいのよ」

 義母は優しく答えた。

「二人が婚約してしまえば、そもそもリオに縁談はこないでしょうしね」

「……婚約って、話が飛びすぎだわ。お義兄さまに、まだ何も告げていないのに」

「ふふふ、進展待ってるわよ」

 楽しそうに笑う義母は、今年で三十九歳になる。長命の黄金種《ベルハー》はいつまでも若々しく、少女のようにも見えた。

 食事を終えると、これ以上表情を取り繕(つくろ)う自信がなくて、エイミーは早々に部屋へと引きあげた。

 午後は部屋にとじこもり、義母に言われたことを整理してみようと思ったが、心がまとまらない。

 これまでずっと、二人の間には決して越えることのできない海溝(かいこう)が横たわっていると思っていた。義母は背中を押してくれたけれど、この恋を、本当に成就させてしまって良いのだろうか。

 いつか終わる恋よりも、このまま家族として、義妹として傍にいられる方が、幸せなんじゃないか――そんな臆病な考えは、いつだって心の底に居座っている。

 かといって、エミリオが他の誰かと婚約した時、家族として傍で見守ることなど、自分にできるのだろうか。

 決心がつかない。女神様に祝福され、エミリオの好意を知り、義母にも激励されたのに、なぜ不安ばかりが尽きないのだろう。誰かに、アンに相談したかったが、彼女も今は旅行中だった。

 そうして煩悶(はんもん)しているうちに、いつしか夕方になっていた。ほどなくして、シドニー達が帰ってくる気配がした。

 扉をノックする音に、エイミーは我に返った。てっきりメイドかと思ったが、顔をのぞかせたのはエミリオだった。

「お帰りなさい。楽しかった?」

「うん、まあ……シドニーがはしゃぎすぎて、目を離せなかったけどね」

 苦笑まじりに答えてから、エミリオは少し躊躇(ためら)うように、手のなかの小さな包みを差しだした。

「……これ、港で見かけたんだ。似合うと思って」

 受け取って包みを開くと、紺碧(こんぺき)の硝子でできた、小さな魚の形の髪飾りが現れた。海の色を閉じこめたような、澄んだ青。

「綺麗……ありがとう」

 思いがけない贈り物に、胸の奥がじんわりと熱くなる。

(お土産を買うに適した場所でもない、って言っていたのに)

 それでも、こうして探してきてくれたことが嬉しかった。

「……何か、元気ない?」

 まっすぐに見つめられて、エイミーは息を呑んだ。まさか、義母との会話を勘づかれているのだろうか――そう思ったのも束の間、すぐに考え直す。まさか、そんなはずはない。

「元気よ。午前中、いっぱい泳いだから、疲れちゃったのかも」

 言い訳を口にすると、

「なんだ、一人で泳いだの? 僕も一緒に泳ぎたかったのに」

 エミリオはがっかりしたような表情を浮かべた。

「ごめんね。水着になるのが恥ずかしくて、誰もいないうちに泳いじゃった」

「エイミーの水着姿、見たかった」

 あまりにも率直な返事に、エイミーはかあっと頬を染めた。

「もう……恥ずかしいんだってば」

 ぷいっと顔を背けると、頭上でエミリオが小さく笑う気配がした。振り向くと、その笑みはいつもよりどこか優しく見える。エイミーは落ち着かない気持ちのまま、髪飾りをそっと両手で包みこんだ。

「そろそろ支度しないと。また後でね」

 そう言って、エミリオは扉(とびら)の外へと退(さ)がった。もう一度だけこちらを振り返ってから、彼は静かに扉を閉めた。

 鏡台の前でその髪飾りを挿し終える頃には、ちょうど晩餐の時間になっていた。

 弟は義母の言いつけをしっかりと守り、寄生虫館の感想を口にすることはなかったが、その機嫌はすこぶる良い。よほど楽しんできたのだろう。

 エイミーは明るく振舞いながら、その心は揺れていた。食事をするあいだ、義母に知られていると判っていても、ついエミリオに視線が吸い寄せられる。ランプの淡い光を受けて、銀色の髪がやわらかく煌(きら)めいて、本当に天使みたいだ。

(……こんなんじゃ、私も一目瞭然よね)

 意識を逸(そ)らすために、髪に挿した硝子の魚に、そっと指先で触れる。ひんやりとした感触が、火照った指先に心地良い。

 いっそ、エイミーの好感度が、エミリオに見えていたら良かったのに。

 そうすれば、彼の方から告白してくれたかもしれない。少なくとも、前にも後ろにも進めずにいる今よりは、何かが変わっていたはずだ。

(……って、私から向き合わなくちゃダメよね)

 他力本願を自覚し、そっと戒(いまし)めのため息をつく。そんなエイミーを、今度はエミリオがじっと見つめていることに、彼女は気づいていなかった。

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