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明るい夜の街

 日はすっかり落ちているというのに、城下町エントリアルドは異様に明るかった。大通りには役目を果たさんとする街灯が等間隔で並び、建物からは光が溢れている。おかげで、一切不便を感じない。

 そのような理由で今もなお、街は道行く人々の生活の声が溢れていた。小さな子供と手をつなぎながら買い物袋を抱える女性や、娘を肩車している男性。他にも若いカップルなど、様々な性別年齢の人々が道を行き来している。 

 人出が多い各通りの中で、城へと続く大通りの人の数は数段上をいっていた。道自体が広く作られているため、密度としてはそこまで窮屈に感じないのが救いと言えるだろう。しかし先程まで十数メートル先が見えていたというのに、人影が邪魔をして五、六歩先を確認するのがやっとだ。

 山奥の村で生まれ、かつ自身の事情により外に出ることも少なかったニーナには見たことのない数の人間だった。

「うわぁ……すごいっ!」

「そう? これくらい普通だと思うけど」

 ヒリュウはニーナのように周りの人間を物珍しげに眺めることもなく、すたすたと道を歩んでいく。対してニーナは、人にぶつからないように歩いているがために、中々先へと進めないでいた。だというのに三歩に一歩は人にぶつかり、頭を下げている。

 そんな彼女の姿に、ヒリュウはため息を吐いてみせた。

「ちょっとニーナちゃん、その歳で迷子とかやめてよね」

「わ、私だってこの歳で迷子になるのとかごめんですよ」

 強気に返してみたものの、いつはぐれてもおかしくない状態なのは確かだ。ヒリュウが度々振り返り確認してくれることでなんとか付いて行けているが、彼のペースで歩き続けられてしまえば見失うのは一瞬だろう。

 口だけは立派でも、身体は付いてこれていない。それは傍目にも明らかだった。

「仕方ない子だねー。ほら」

 差し出された手を見つめ、ニーナは訝しげに首をひねる。

「え? あの……」

「いいから、早く」

 戸惑っているうちにニーナの右手は強引に絡め取られ、一瞬のうちにヒリュウの左手の中に収まっていた。

「これでもう大丈夫だねー」

「あ……」

 ――変だ。

 ニーナはサッと顔を下げた。

 ここ最近機能をしていなかった心の温かい部分が急速に動き出し、頬を染めているのが自分で分かっていた。だからヒリュウの優しい声音を聞いても、ニーナはその様子を確認することができなかった。

(な、なんだろう、この感覚……)

 とてつもなく照れくさく、しかしそれでいて不快ではない。心臓が激しく脈打っている。もしかしたら傍目で分かってしまうのではないかと思うくらいの激しさだ。

 しばらくは声を発することもできなかったニーナだが、時間が経つにつれて慣れることができた。

 そして、一つの結論に至る。

「……お兄ちゃん」

「ん? 何か言った?」

「なんか……ヒリュウさん、お兄ちゃんみたいです」

 そう言った時、やはりニーナはヒリュウの顔を見れなかった。その為、彼の笑顔が引きつった事にも気づけなかった。

「……ニーナちゃん、お兄ちゃんがいるの?」

 ニーナは首を横に振る。

「いませんよ。両親と私だけの三人家族でしたから」

 脳裏には、両親と共に過ごした心安らぐ毎日がよぎった。たとえ村人に疎まれていても、家の中には確かに幸せが存在していたのだ。

「……そう」

 ヒリュウは短い返事の後、大通りにある街一番の大きな食堂に着くまで一言も話さなかった。無駄にしゃべるイメージがあったので、それはニーナにとって意外なことだった。といってもその沈黙は長くは続かず、席に着くや否や他愛ない会話が始まったのだが。

 食堂で夕食を済ませたヒリュウとニーナは、そのまま隣の宿泊施設に泊まろうという話になった。

「よーし! 今日はここで休もう! こんな時間から聞き込みしても成果得られるとは思えないしね。黒翼族探しは明日からってことで!」

「……」

 ニーナの視線はヒリュウの言う『ここ』に釘づけになっていた。

「あらあら? 何かご不満? 今日はいっぱい歩いたんだから、もう休もうよ。若いんだからそんなに生き急がないの!」

「そ、そうではないんですが……」

 目の前にそびえ立つ建物は、両隣と比べてひと際豪華だった。

 城下町エントリアルド。みすぼらしい建物などほとんどない。にも拘らず、その施設は群を抜いていたのだ。

 建物のてっぺんは夜空に溶け込んでしまっていてはっきりしないが、間違いなくこの街の中でも五指に入るほどの高さだろう。一階エントランスは開放的で、ひと際明るい。

 今や食料すら買えないニーナがこの建物に泊まるとなると、それを負担するのは必然的にヒリュウということになる。

「……私だけ別の場所に」

「うわぁ、俺もしかして警戒された? そんな節操ないように見える? そんな風に思われていたなんて俺、悲しいー」

「ち、違います!」

 慌てて否定するニーナの顔は少し赤い。ヒリュウに言われるまでそんなことは微塵も思っていなかったのだが。

「うん、知ってる。ニーナちゃんって危機感なくてすぐに人に騙されちゃいそうだもん。だから、こんな良い人っぽい俺に、警戒なんてしないだろうからねぇ」

 ヒリュウは懐から財布を取り出し、ニマリと笑う。

「ニーナちゃんの心配はこっちでしょ。ま、ニーナちゃん一人くらい養ってあげられるから、気にしなくて良いよー」

 どうやらまた、からかわれていたらしい。しかし、散々歩き通しで体力が、そしてヒリュウの相手で精神力が限界にきていたため、ニーナは何も言わず首を縦に振るだけだった。

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