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ふたり旅

 一通り食べ終えた二人は、お勘定をするために店の人を呼んだ。服の隠しから財布を取り出そうとするヒリュウをニーナが左手で制す。

「助けてくれたお礼にここは私が全額…………」

 そこでニーナの言葉は切れた。

「ニーナちゃん……?」

 数瞬の沈黙の後、ニーナはその場に崩れ落ち、床に頭をこすりつけんばかりにの体勢になった。

「ああっ! ああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ヒリュウはギョッとした顔をして、奇声を上げるニーナから距離を取る。

 ニーナに突き刺さるのは、食堂にいる人たちから放たれる視線。半泣きになりながらも、気づいて声を押さえるだけの理性は残っていた。

「あ……荷物……忘れた……」

 そう言ったニーナの声は涙声。

「え?」

「だからさぁ! 荷物忘れてきたの! さっきの町に!」

 半泣きを通り越し全泣きだ。

 あれだけの騒ぎを起こしておいて取りに戻れるはずもない。荷物は二度と戻って来ないだろう。

「ちょっとお客さん、もしかしてお金ないの?」

 騒ぎを聞きつけ、恰幅のいいおばちゃんが前掛けで手を拭きながらニーナ達の方へやってきた。おばちゃんはめんどくさそうに眉間に深い縦じわを作っている。

「んーん。俺はあるよ。お金がないのはこの子だけ」

 ヘラリとした顔でヒリュウはそう言いながら、視線でニーナを示した。

「その子の分もあんたが払ってくれるんでしょう?」

 おばちゃんが当然という声音で言ったのに気付いていながら、ヒリュウはそれを否定する。

「えー、俺とこの子は別に赤の他人だし、大した関わりがあるわけでもないんだよねー。俺が払う義理ってなくない?」

 ねー、とニーナに同意を求めてくる。

 瞳に涙を乗せたまま、ニーナは恨めしげにヒリュウを見上げた。

「……私にどうしろと言いたいんですか?」

「べっつにー。俺が払う理由がないよね、って話をしただけだよぉ。俺が助けてもらった側ならともかく、俺は助けた側。その上これから先離れ離れになってしまうような薄い関係の人に、そこまでしてあげる義理はないよね」

 主張は正しい。けれどニーナには、彼の楽しげな様子が癇に障ってしょうがなかった。

 口をとがらせてニーナはヒリュウを視界の外へと追いやった。代わりに食堂のおばちゃんへと顔を向ける。

「……ちなみに、払えない場合……私はどうなるんでしょうか?」

 すがる思いでおばちゃんに問いかけた。

 おばちゃんは頬に手を当てて、眉を下げる。

「うちとしても、食い逃げされちゃ困るのよね……。かわいそうだけど、警備隊の人に連絡する事になると思うわ」

 警備隊に連絡されたりしたら、さっきの出来事も合わさって、いよいよ大変な事態になりそうだ。

 ニーナに道は残されていなかった。

「ヒリュウさん……」

「なぁに?」

「私を旅のお供にいかがですか?」

 ヒリュウはにっこりと笑った。



 高く上った太陽とは対照的に、ニーナの気分はこれでもかというほど低かった。重い足を引きずるようにして、前を行くヒリュウの後を追う。

 ヒリュウは軽やかに振り返ると、無邪気な笑顔を見せた。

「ニーナちゃんが荷物無くしてくれてて、ラッキーだったなぁ」

「人の不幸を喜ばないでください。……はぁ」

 落としてしまった荷物の中には財布に服など、生きて行くために必要な品々が入っていたのだ。ニーナが持っている全財産といっても良いだろう。

 結局ニーナの手もとに残ったのは、買ったばかりで服のポケットに入れっぱなしになっていた薬だけだ。

「そんなに落ち込むなんて、一体何を入れてたの?」

「服とか、諸々」

「そんなの、また買えばいいじゃん」

「お金も一緒に入ってたんですよっ!」

 大声を出す一瞬だけ元気に戻ったが、すぐに塩に漬けられた野菜のようにしぼんでしまう。ヒリュウが反応するよりも先に、ニーナの口からはため息が漏れた。

 その様子は傍から見ると面白く、ヒリュウはカラカラと声を上げて笑った。ジト目を向けられたヒリュウが、笑い交じりに謝罪した。

「いったいいくら入ってたの?」

「……年単位で暮らしていけるくらいです」

「えぇ! そんなに!」

 ヒリュウの視線が町の方に向く。

「今から……」

「もうきっと回収されちゃってますよ」

 盗人の所持品として警備隊の手に渡ったか、あるいはどさくさにまぎれて誰かが持ち去ったか……どちらにせよ、簡単にニーナの手もとに戻ってくることはないだろう。

「でもまぁ、これでニーナちゃんにも黒翼族を捕まえる理由ができたわけだ。捕まえて付き出せばお釣りがくる」

「……そうですね」

 お金がなければ動きも取れない。賞金の件は置いておいたとしても、ヒリュウが黒翼族を探すと言う以上、ニーナに選択肢はなかった。

「あれ? でもどうしてそんな大層な額を持ち歩いてたの?」

 ふと思いついたようにヒリュウは言った。

「……」

 詳しく説明する気になるほど、心を許したわけじゃない。

「……家にあった物、すべてをお金に換えたからですよ」

 ニーナは事の背景を説明せず、簡潔に述べた。

 立ち止ったままのヒリュウを追い越し、数歩先に歩みを進めて行く。

「ふぅん」

 納得しているのかいないのか。どちらとも判別しがたい返事だ。

「それじゃあさぁ、家が空っぽになっちゃうよねー」

「そうですね」

「ニーナちゃんってまだ若いよねー」

「なんですか、いきなり」

 振り返った先のヒリュウは、あの胡散臭い笑顔を潜めてニーナの後を付いてきていた。

「今、その家って人、住めるの?」

 最初は質問の意味も意図も分からなかった。しかしヒリュウの質問を額面通りに受け取った上で、脳内で質問に答えようとした時にようやく理解が追いついた。

「……住めないですよ。家の物はすべて換金したって言ったじゃないですか」

 彼は言外に、家族はどうしているのかと聞きたかったのだろう。そんな質問の意味に気づいていながら、ニーナはあえて聞かれた内容にのみ返答した。

「そう」

 ヒリュウはそれ以上何も言うことなく、代わりにニーナの頭をぽんぽんと優しく撫でた。

「なんですか?」

「んー」

 返事になっていない返事を残したヒリュウは、ニーナを追い抜かし再び先を歩み始めた。

 ヒリュウを追いつつ道の先に目をやると、かすかに街が見えてきた。

「あ、見て下さい! 街が見えてきましたよ!」

 ニーナが指さすと、ヒリュウも合わせてそちらに目を向ける。

「どれどれ……って、ちっさっ! ニーナちゃん、よく見えたね!」

 ヒリュウが手を垂直に額に当てて、目を凝らす。

「見えるけど……まだ随分遠いねー。あそこに着くまでに夜になっちゃうよぉ!」

「じゃあ少し急ぎましょうか」

「……ニーナちゃん、意外に体力あるね。とても空翼族の女の子とは思えないよ」

 ギクリ、とニーナの心臓が嫌な跳ね方をした。

(そういえば、空翼族は体力ないんだった!)

 重要な事を思い出し、どうつくろえば良いのかと思案を始めたニーナ。そんな彼女の肩に、ヒリュウの手がポンと乗った。

「ニーナちゃん…………それだけつらい旅をしてきたんだね」

 彼は初めて真剣な表情を見せた。改まった彼の態度に、ニーナにも緊張が伝染する。

「でもねニーナちゃん、無理はしちゃだめだよ」

 ニーナの手をヒリュウは力強く握る。その手の熱さに、胸がドキドキと加速した。

「はぁ……」

「せっかく年頃の女の子なのに、筋肉ムキムキになったら…………男に相手にされなくなっちゃうぞぉ!」

「なっ!」

 からかわれていたことに気づき、ニーナはヒリュウの手を振りほどいて、拳を振り上げた。

「この……っ!」

「うっわぁっ! 冗談だって! 大丈夫だよ! そういう女の子が好きって人もいるからぁ!」

「そういう意味で怒ってるんじゃありません!」

 ぷぅっと頬を膨らませるニーナ。その姿はちっとも怖くなく、むしろ可愛らしい。だからヒリュウは当然、声を立てて笑うばかりだ。

「もうっ!」

 笑顔と笑い声。視覚からも聴覚からも楽しさが伝わってきて――自然、ニーナも笑みこぼれた。

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