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人探しと土地探し

(何もしていないのに、犯罪者扱いなんて……酷い)

 理不尽に苦しめられてきたニーナにとって、空翼族の扱いは他人事ではない。自分が無害であると主張しても、誰もそれを聞き入れてはくれない。数が力の社会では、大多数が異端で危険と感じるならば、それがまかり通る。今朝自分が受けた理不尽な仕打ちは、空翼族にとっては当たり前のことなのだろう。そんな社会で生きるために彼らは翼を隠して生きている。他の種族も能力がばれないように翼を隠すことがあるが、空翼族ほど気を張って隠す種族はいないだろう。

「あのさー、もしかして知らなかった……なーんてことないよね?」

 空翼を持つ者の常識だし、と彼は小さく付け加えた。

 真意の読みとれない軽い口調。しかし視線はそんな優しいものではなかった。奥底まで侵入し、秘め事を簡単に持ち去ってしまいそうな視線に、ニーナは恐怖と罪悪感を混ぜ合わせたような感覚に陥った。

「……」

 即座に否定するのがベストな対応だったと理解した時には、すでにタイミングを逃していた。

(”空翼族の常識”なんだもん。知っているフリをすれば良かった)

 常識が無いと不信感を与えれば、ニーナが本当は空翼族でないとバレてしまう可能性がある。しかし期を失した今、何か下手な事を言おうものなら逆効果だ。

「……モンダ……私、出身がモンダ村なんです」

 頭をフル回転させた結果、ニーナは自分の出身地を口にした。

 モンダ村と聞いたヒリュウは目を瞠り、しかし瞬時に笑顔に戻って一つ頷いた。

「あぁ、なるほどね。それなら知らなくてもしょうがない、のかな……俺にはよく分からないけどさ」

 彼がそれ以上追及してこなかった事に、ニーナの心から少しだけ緊張が抜ける。

 モンダ村は他の村とほとんど交流のない閉鎖的な村だ。独特の習慣で暮らしているので、そこの出身者がものを知らなくても納得される。あまり歓迎されるようなことではないが、今回に限っては良い反応を引き出せたようだ。

「じゃあじゃあ、もしかして今世界にはいくつの種族が存在してるのか、とかも知らないの?」

 話題が移ったのを感じ、ニーナの身体は弛緩した。

「いえ、それはさすがに知ってますよ」

「じゃあいくつか言ってみてよ」

 なんだか馬鹿にされている気がしなくもないが、正直に答えることにした。

「金翼、銀翼、白翼、桜翼、空翼、炎翼、緑翼の七種……ですよね」

「おぉ! 正解! そうだねー、公に認められているのは七種類なんだよー」

 なんとなく感じていたものが確信に変わる。彼は絶対に自分を馬鹿にしている、と。

「……その言い方だと、公に認められてない種族が存在するように聞こえるんですけど」

「そう? まぁそのつもりで言ってるんだから間違ってないよ」

 ヒリュウはクイッと顎で壁を指した。示された先を見ると、古びた木の壁に、最近の物と思われる一枚の張り紙がきれいに貼ってあった。

<黒翼族を探せ! 捕らえた人には報酬あり>

「……えぇ!」

 紙面を視線で撫でたニーナは、報酬の部分で奇声をあげざるを得なかった。報酬の欄に書かれていた額は、家一軒買った上で一生遊んで暮らせるレベルのものだ。規格外の高額に、胡散臭ささえ感じてしまう。

「なに……これ? こく……よく……黒翼族? ……あっ!」

 報酬額は置いておいて、重要なのは”黒翼”。その文字を見て思い出すのは昨夜の怪しい人影。存在しないと頭から思っていたので、見間違いだろうと一番簡単な結論づけをしていたが、このように話題となっているのならば話は変わってくる。

「そ。本当に居るのかどうかは知らないけどね」

「私、見ました」

「存在しないとも言いきれないし…………は? 見ました?」

 出会った時からヒリュウにずっと浮かんでいた余裕が、揺らいだ。

「どこで? いつ? どんなだった?」

 椅子から立ち上がり、テーブルを倒さんばかりに詰め寄ってくる。まさかここまで食いつかれるとは予想外だった。

(あーでも、額を考えれば当然か)

 一攫千金を狙うとしてもこれほどの高額はない。それが手に入る可能性があるのなら、瞳を燃やして詰め寄るのは当たり前の反応だろう。

「ちょ……っ、落ち着いてください」

 近づきすぎているヒリュウの顔を右手で押し戻しながらニーナは言った。

 昨夜のことを思い出す。片方の人間は翼を使っていなかったので分からないが、飛び去っていった方の翼は間違いなく、黒。

(夜だったから分かりにくかったけど、翼の色はたしかに黒かった)

「昨日の」

「ええええぇぇぇぇ! 昨日!」

 話し始めて僅か四音で遮られた。

「じゃあ捕まえられるじゃん! 探しに行こう! 今すぐに!」

 本当にすぐにでも食堂を飛び出していきそうなヒリュウの服の裾を掴み、ニーナは努めて冷静な声を掛ける。

「人の話は最後まで聞いてください。……すぐに飛んでっちゃったので、もうどこにいるのか分からないんですよ」

「でも、見たんだよね。うわぁ! ホントに居たんだ……」

 いくらか落ち着きを取り戻したヒリュウ。ニーナはそっと服から手を放した。

 よし、という掛け声とともにヒリュウは拳を握る。

「俺、黒翼族を探しに行く」

「今からですか?」

 ヒリュウは黙ってテーブルに視線を落とした。そこにはまだまだ食べられる食材が並んでいる。

 もう一度、よし、と言って再び椅子に腰掛ける。

「まずは腹ごしらえだ!」

 無理やり口に詰め込むのかと思いきや、ペースは変わらずゆっくりとしたものだった。

 目の前の欲望に忠実なその態度に猛烈な違和感を覚える。その違和感がニーナに問わせた。

「あの……ヒリュウ……さんは何してたんですか?」

「え? 俺の”誰でもできるのに大金が手に入る素敵な仕事”の話?」

「あ、その話聞きたいです――じゃなくて」

 胡散臭くて蒸せそうな話にも、掴みどころのない目の前の男がどのようにして生活を成り立たせているのかにも興味はあるが、頭に浮かんだ疑問はそれではない。

「私を助けてくれた時、何か理由があってあの街にいたんじゃないんですか? ……なのに、私のためにこんな小さな村に来てしまった。そして今度は、見つかるかも分からない黒翼族を探しに行こうとしていますし……」

 助けられた時から今の状況に至るまでの流れを確認すると、目の前の状況に合わせて動いているという事は分かるが、明確な意図が見えてこない。

「んーっと……つまり、俺の目的が気になっちゃう感じ?」

 ニヤニヤと笑いながら言われると、からかわれているように感じて全力で否定したくなるが、その反応すらもヒリュウの思惑通りの気がしてしまう。ニーナはできるだけ感情を抑え込んでうなずいた。

 ヒリュウは穏やかな笑みを浮かべて言った。

「俺の目的は人探しだよ」

 案外あっさりと白状した。その上、なんてことはない。誰にでもありそうな理由だ。拍子抜けしてしまう。

「あららら? なーに、その顔。俺が人探ししてちゃおかしい?」

「いえ、おかしくはないんですけど……。というか、人を探してるなら、なおさらこんなところに居ちゃだめじゃないですか」

 こんなところという表現は失礼にあたるだろうが、しかしこんな開けてない村に人が集まるとは思えない。人を探すならもっと適した場所があるはずだ。

 しかしニーナの懸念をヒリュウは軽く手を振って否定する。

「いーのいーの。もともと見つかるか分かんないんだから」

「…………」

 もしかして、とある考えが頭によぎる。

「そ、正解。意外に勘が良いんだね、ニーナちゃん」

「……何も言ってないんですけど」

「顔に書いてあるから。もしかして――死んでる可能性もあるんじゃ、ってね」

 ヒリュウはニーナの頬をツンとつつく。ニーナはそれを左手で払いのけた。

「うわ、冷たい反応」

 そう言って彼は傷ついたような表情を見せた。

 ヒリュウの表情はほとんど変わらない。笑顔をベースに、困った顔や意地悪な顔を意図して乗せているみたいだ。

 ニーナ自身は他人と仲良く接する機会などそうなかったが、他の人間同士が集団の中で色々な表情をのぞかせるということは知っている。幼い頃は皆の和に入りたくて、一日中こっそりと観察していたのだ。

 ヒリュウの表情は記憶の中のどれとも合わず、奇妙という表現がふさわしかった。

「それで、どんな人なんですか? その人は。私も見つけたら声掛けてみますから、教えてください」

「白翼族の女の人だよ。美人で綺麗な」

 ヒリュウは頬を緩ませた。

(あれ?)

 勘違いかもしれない。けれど、ほんの少しだけ、ヒリュウの表情の変化に変化が見えた。

(もしかして恋人……とか)

 あまり詮索をするものではないかと思い直し、ニーナは話を進めた。

「あの……それだけの情報じゃ、とてもじゃないですけど見つけられないですよ」

「じゃあ白翼族の女の人を見かけたら、俺に声掛けてよ」

「いやいやいや。ヒリュウさんを探してる間に女の人の方がどっか行っちゃいますよ」

「俺を探すって言っても、そんなの数分程度でしょ?」

「……?」

 話がかみ合っていない。

 どうやらヒリュウはニーナと一緒に街に居る前提で話を進めているようだ。対して、ニーナはそれぞれ旅をしていて、そこで出会った場合のことを言っていた。

「もしかして、私がヒリュウさんと一緒に旅をすることを前提で話しています?」

「え? 違うの?」

「違いますよ!」

 だん、と両の掌をテーブルに叩きつけると、乗っていったコップの水がゆらゆらと揺れた。

「当たり前じゃないですか! 私には私の目的があるんですよ!」

「そーだ! ニーナちゃんの目的って何? 俺は答えたんだから教えてくれるよねー」

「あ、えっと……それは、あの」

 目的は土地探しだ。自分が自分でいられる場所。それがニーナの旅の目的である。

 しかしそうと答えようものなら、自分の生い立ちを一から十まで説明しなくてはいけなくなる。

(嫌だ)

 隠しておきたい。虐げられてきた過去の自分も、嘘で塗り固めている今の自分も。

 詳しい説明などする気はない。

 簡潔でかつ嘘じゃない言葉を思案していると、ヒリュウが声を上げた。

「分かった! 男漁りだ! 婿候補を探して旅をしてるんでしょ!」

「どっからそんな発想が! すごい想像力ですね! ……違いますよ。私の目的は……そうですね、ただ単に世界を見て回って綺麗な場所を探すこと、ですかね」

「というのは仮の目的で、真の目的は……」

「真の目的とかありませんから。普通に、いろんな場所を見て、素敵な場所を見つけるのが私の目的ですって」

「仕方ない、信じてあげよう」

 何様のつもりだ。

 ニーナが抗議の声を挟む暇すら与えず、ヒリュウはさらに言葉を続ける。

「目的地は定まってないわけだよね? だったら俺と一緒に旅しようよー。一人より二人の方が絶対に楽しいってー」

 一理ある。この騒がしい男と一緒に旅をすれば、退屈はしないだろう。しかしニーナには秘密がある。空翼族ではなく、違法薬物で翼を染めているという秘密が。一日一錠の薬を飲み損なえば、翼は夜明けには元に戻ってしまう。四六時中一緒に居るとなると隠すのは難しくなるのではないだろうか。目の前の賑やかな男との旅を想像してみると、そう悪いものではなさそうだが……。

「――やっぱり無理ですよ」

 ニーナはそう結論を出した。

「えー」

 ヒリュウは納得していない声を上げるが、それ以上は追及してこなかった。

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