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青年の言葉に潜む意味

 どこを飛んできたのか、目を閉じていたニーナには良く分からなかったが、たどり着いた場所は民家が十数軒とちょっとした医療施設、それと小さな食堂がある集落だった。

 着地と同時に手早く翼をマントにしまい込んだ彼は、ついでにニーナの翼も隠してしまった。抗議の声を上げると、彼はきょとんと首を傾げる。

「……何言ってるの?」

「だから、人の翼を勝手にしまわないでくださいって言ってるんです」

 別にしまっても現実的な問題はないのだが、気分の方には大いに問題がある。せっかく染翼をして翼を堂々と見せられるようになったというのに、隠してしまっては今までの生活と同じではないか。

 ニーナの主張を聞いたヒリュウは目を丸くした。

「え? 自殺願望でもあるの? なーんだ、それならそうと最初から言ってよー。俺が助けたのって全部無駄だったってことじゃんー」

 彼は怒っていると知らしめるかのように、頬をぷくっと膨らませた。ニーナよりもいくつか歳上に見える青年だが、そんな仕草をしてもあまり違和感はない。

 見た目年齢に合わない仕草よりも、彼の言葉の方が気になった。

「自殺? そんなわけないじゃないですか!」

 ニーナは強く否定した。もしも自殺を考えていたのなら、わざわざ村を出て実行せずに、村人全員の目のつくところで果てていただろう。

(自殺なんか……するもんか)

 両親との思い出を置き去りにしてまで村を飛び出したのは、両親が命を掛けてまで連れだそうとした外の世界で生きたかったから。思いに応える為にも、まだ死ぬわけにはいかない。

「……自殺じゃないのに、翼を見せたいの? 何? マゾヒスト? うわぁ……」

 彼の眼が眇められ、その視線はニーナの全身を上から下までじっくりと這っていった。

「その若さで……目覚めちゃったんだね」

「何を言っているの?」

 憐れみの視線を受け取ったニーナは反射的に聞き返すが、「うん、うん。いいんだよ、隠さなくても」とより一層同情的な反応を引き出してしまった。

 誤解を解こうと説明しても、ニーナの意見は伝わらず、話はかみ合わないままだ。そんな不毛なやり取りに終止符を打ったのは、間抜けな音だった。

 ――グウゥゥゥ……キュルルルルゥゥ…………。

 音の出所を正確に察知したニーナは慌ててお腹を押さえるが、出てしまった音が戻ってくるはずもない。顔に熱が集中した。

 顔を上げて目の前の男の反応をうかがう。聞こえていなわけがない。それでも聞こえていなければいいと祈る。

「あ、は……」

 けれどそんな祈りはまったく通じず、彼もまたニーナとは違う意味で腹を抱えてしまった。

「あ、っく……ははははははは……」

 身体をくの字に折り曲げ、浅い呼吸を繰り返している。乙女の羞恥心は今にもはじけ飛んでしまいそうだ。

「ご、ごめんごめんー。……あー、そう言えば俺も朝食まだだったんだよねー。よかったら、一緒にどうかな?」

 真っ赤な顔をしているニーナを見かねての誘いだったのだろう。しかし彼のピクピクと小さく痙攣している口元のせいで、厚意を素直に受け取れない。

「ほら、行こう」

 返事も聞かず、彼はニーナの手を引いて歩き出してしまった。仕方なしにニーナも顔を染めたまま後を付いていく。

 集落には外部の人間が食事を出来るところは、食堂が一つと宿が一つだけ。当然のように二人の足は食堂の方へと向かった。

 朝食の時間にしては少し遅いからなのか、それとも元々客の入りが悪いのか、店内にはいくつかの空席があった。ヒリュウは開いている四人掛けの席へと腰を下ろした。ニーナも替えの向かいの席に続いて座る。

「あ、そうだ! あらためて自己紹介でもしとく? 俺、ヒリュウ。よろしくねー。えっとー……好きな事は、楽しいこと。嫌いな事は、退屈なこと。好きな食べ物は、おいしいもの。嫌いな食べ物は、口に合わないもの。今興味がある事は……君のこと!」

 唐突に自己紹介を始めた彼は一通り話すと片目をぱちりと瞑ってみせた。整った顔立ちのため、妙に似合っている。しかし、本当に自分を知ってもらう気があるのかは疑わしい。結局具体的な事は何も言っていない。

「私の名前はニーナ。……さっきは大変なところを助けてくれてありがとうございました」

「良いって、良いって! 別に大したことしてないし」

 ヒリュウはフォークを持っていない方の手をひらひらと振った。

 口の周りに食べかすを付けていることをのぞけば、中々の男前だ。ブラウンの瞳は男らしさの中に優しさを感じさせ、常に笑みを浮かべている口元は安心感を与えてくれる。そしてその美貌をより派手にさせているのは、炎翼族の翼を連想させる真っ赤な髪の毛だ。ふわふわの猫っ毛が、少し距離を取って見てみれば本物の炎が燃えているように思える。

「ねぇねぇ、ねぇねぇ、ちょっと聞いて良い?」

「なんですか?」

 ニーナはそう言いつつ、水の入ったコップに手を伸ばした。乾いた喉にしみわたっていく。

「なんで警備隊に追われてたの?」

(この人……知らずに助けてくれたの……?)

 事の起こりから見ていたのであればニーナが悪い事をしていないのは分かっただろう。けれど彼の言い方ではそれは否定される。

(変な人)

 追われているニーナを発見して助けたというのは腑に落ちない。町の警備隊に追われているのだから、傍から見ればニーナに非があるように見えるだろう。その状況でどうしてヒリュウが助けに入ったのかが謎である。

「ニーナちゃん?」

「あ……」

 澄んだブラウンに覗きこまれ、ハッと我に返る。疑問を忘れてヒリュウの問いに答えた。

「良く分かりません。たぶんなんですけど……私、なんか泥棒と勘違いされちゃってたみたいで……それで……」

 何故警備隊に追われていたのか。改めて問われると、自分でも説明ができないという結論に至った。

 きっかけは何となく分かっている。あのパンを手にした時だ。けれど、それがどうして警備隊が出動するほどの事態につながるのかまでは理解できない。

(もしかして……何か風習が違うの? 商品を手に取る前にお金を払わなければいけないとか?)

 そんな疑問が頭に浮かぶが、同時に他の人がどのように売買していたかも思い出される。ニーナがしたのと同じように手に取ってから支払いをしていた。

 ニーナが思考を行き詰まらせているのを、ヒリュウはやや半眼になって眺めた。

「ふーん、勘違いねぇー」

 ヒリュウはメインである肉料理を口に運んで咀嚼する。それと同時に、ニーナに向けられていた視線が空中に向く。

 彼はゴクンと一気に飲み込み、意味深な顔を作ってニーナに言った。

「それさ、たぶん勘違いじゃないんじゃない?」

「…………そ、そんな事! 私、本当に何も盗ってません!」

「盗んだか盗んでないかなんて、そんなの関係ないよ。店の人間にとって大切なのは盗めるか盗めないか、だからね。……俺たち空翼族ってさ、瞬間移動で物持ったまま外に出られるでしょ。だから、何もしてなくても泥棒扱いなんだよ」

「そんな……っ!」

 ニーナは二の句がつげなかった。しかし、ヒリュウの言葉が真実だと身を持って経験している。

 ヒリュウの言葉を受けてようやく、ニーナは先程の彼とのやり取りの意味理解した。

 ――人の翼を勝手にしまわないでください。

 ――自殺願望でもあるの?

 翼を見せて歩けば、容赦ない攻撃に合う。ヒリュウはそう助言してくれていたのだ。

 違法行為に手を出してまでした染翼。そうしてようやく、誰にも咎められることなく胸を張って生きていけると思っていたのに。

 大きな落胆がドスンとニーナの心を押しつぶす。それと同時に込み上げてきたのは、熱い憤りだった。

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