ヒリュウの笑顔
ティーグルの手によってアジトに運び込まれたヒリュウが目を覚ましたのは、すっかり日が落ちてからだった。
洞窟のくぼみには複数アジトが存在していたらしく、その中の普段ティーグルが使用している場所にニーナ達は案内された。
「うぅ……」
「ヒリュウ!」
「ヒリュウさん!」
横になっているヒリュウのうめき声に反応したのは皆同じだったが、その中でもティーグルとニーナの反応は速かった。
ティーグルと共にヒリュウの顔をのぞいていると、ピクリと瞼が動き、緩慢な動きでそのブラウンの瞳が姿を現す。
「ヒリュウさん、分かりますか?」
「ヒリュウ、ごめん。俺だ。ティーグルだ、分かるか?」
そんなに急かしてもヒリュウが困るだろう。周りで見ていた方はそう思ったが、ニーナ達の気持ちも理解できなくはないので黙っておいた。
「ニーナ……? あれ…………あ、あんた!」
焦点を結び、目の前にいる人物が何者なのかを理解したヒリュウは飛び起きた。そしてそのままティーグルに向かってビシッと指を指す。
「ティーグル兄さんのそっくりさんっ!」
「……そのやり取り、もう一度やらないとダメか?」
今までは心配していたというのに、ヒリュウの、この場の空気にはまったくなじまない言葉に、一気に脱力した。
ティーグルが何度兄本人だと説明しても納得せず、それを見かねたマリアが助け舟を出す。
「あのね、私達白翼族には人を生き返らせる能力が備わっているの。私がティーグルを生き返らせのだから、ここにこの人が居るのは何の不思議もないのよ、分かってくれる?」
きょとんと、ヒリュウは目を丸くした。
「……は?」
状況をまったく理解できていないヒリュウに、順を追って説明していく。そうしてようやく、今の状況を飲み込めたようだ。
「えっと、つまり……兄さんはやっぱり一度は死んじゃってて、それをマリアが助けた、と。で、俺も死んじゃって、今度はそれをミューが助けてくれた、と」
「そういう事です」
「え? 俺死んだ記憶無いんだけどー」
「それは俺もだ。マリアから聞いて初めて知った。だから気にするな」
話は理解できたようだが、状況を受け入れるまでには時間が掛かるらしい。
「死んだ人間が、死んだ時の事を覚えていないのは無理のない話よ」
そう言ったのはマリアだ。
「どうしてそう言い切れるのかは……私達の能力に深く関わることだから、詳しくは話せないのだけれど、覚えてないのは仕方ない事だと思ってちょうだい」
「そうそう。俺も昔同じ事を言われたんだよな」
ハハハッと軽く笑ってティーグルは頭を掻いた。
「……兄さんにも話してないってことは、追及しても無駄ってことだよねー」
ヒリュウがため息まじりにそう言うと、マリアが満足げに笑みを見せた。
「ところで」
ヒリュウの視線がニーナに移る。
「それはどういう事なのかな?」
彼の視線はニーナの背後、つまり翼へと向けられていた。
「あ」
ニーナはこの場所に入った際にマントを脱いでいた事をすっかり忘れていた。隠そうとしても隠す物が手もとにない。
「それ……金色化した人間のやつだよね? ニーナ」
ヒリュウの瞳は、ニーナの心の奥へと簡単に侵入してくる。説明などしていないのに、すべて見抜かれているようだ。
ニーナは覚悟を決め、彼の目を見つめ返す。
「……ヒリュウさんには、まだ話してませんでしたよね。私がオッドウィングだってこと」
「オッドウィング?」
「左右の翼の色が違う人間の事です。私は金と銀のそれでした。……私が旅を始めた理由でもあります」
――不吉だわ。
――気味が悪い。
――近づかないで。
脳内に木霊する幼い頃から掛けられてきた言葉の数々。言葉と共に投げられた視線も、冷たく痛いものばかりだった。
「気味が」
「そうきたかー!」
気味が悪いですか? と、問うつもりだった。勇気を振り絞り、肯定されれば感情の回路が粉々に砕け散ってしまうのではないかというほど、ニーナには重要な問いになるはずだった。
しかしそれは頓狂なヒリュウの声にかき消された。
「いやー、ミューを助けた時からさ、金翼か銀翼だと思ってたんだよ。で、多分銀翼なんだろうなって感じてたんだけどー。……うわー、おしい! あとちょっとだったのに!」
本気で悔しがるヒリュウに、ニーナは声も出ない。
(というか、けっこう前からバレてたのか……)
自分の不用意さに落ち込みそうだ。相手がヒリュウだったのが幸いだったとしか言えない。
オッドウィングだと知っても変わらない彼の態度が、ニーナの不安を霧散させた。
「で?」
唐突に笑みを引っ込め、ヒリュウは首を傾げる。
「オッドウィングだから片翼だけに金色化現象が起きてるのは分かったよ。でも、問題はどうして金色化なんかしちゃったのかってところなんだよね」
ニーナが考えていたところとは別の場所に、ヒリュウの論点はあったらしい。
「バッカじゃねぇの」
言葉通り、本気で馬鹿にしたような声色だった。ホーンズだ。
「お前が死んだからキレて金色化したんじゃねぇか」
「え……?」
「ちょっと! ホーンズ!」
何を言い出すのかと抗議の声を上げるが、ホーンズは半眼になり「本当のことだろ」と言うだけで堪える様子はない。
「ニーナ……」
「違いますよ! キレてとかじゃないです。ただ単に、戦いが厳しくて仕方なくなっちゃっただけですから。理性的な判断に基づいてますから!」
あの時の自分の状況など知られたくない。
憎しみから金色化した上に、我を忘れて暴れまくってしまった。ヒリュウがそれを見る事は無いにしても、出来ることなら隠しておきたい。
「いや、あれはキレてただろ」
「あの時のニーナ姉ちゃん怖かった」
ホーンズだけでなく、ミューまでがそんな事を言いだしてしまった。
「ニーナ」
ヒリュウは身体を起こし、立ち上がろうとする。
「ヒリュウさん、まだ」
「もう平気だよ」
ニーナが止めようとするが、それよりも早くヒリュウは立ちあがっていた。そのままニーナに近づき、硬く変形してしまった翼を撫でる。
「ごめん」
あまりに近くだったせいで、ニーナに彼の顔は見えない。
「こんな風にしちゃって……俺が弱いから……」
「やめてください。謝りたいのは……こっちなんですから」
ヒリュウに面倒ばかり掛け、最後は死なせる事になってしまった。
今ヒリュウが生きているから謝ることができるけれど、生き返ることがなければニーナはどうしようもなく自分を責めただろう。そしてきっと、すぐに後を追っていた。
「ごめん、俺」
「ヒリュウ、この場面でその顔は無いだろう」
そう言ったのはティーグルだ。
彼の言葉が気になり、ニーナは顔を上げ……ようとしたが、ヒリュウによって阻まれた。
「ヒリュウさん?」
「ごめん。ちょっと待って」
「そりゃあ見せられねぇよな」
ホーンズの呆れ声にニーナの疑問は深まるばかりだ。
「笑顔の多い方ですけど、そこまでの満面の笑みは初めて見ました」
リンリの言葉によってヒリュウがどんな顔をしているのかは分かった。しかし――。
(笑み?)
笑うところだっただろうか? そんな話ではなかったはずだが。
「ご、ごめん。本当……あー、俺自分の笑顔が不謹慎だって、初めて思ったよー」
良く分からないが、ヒリュウは笑っているらしい。それも、リンリが言うには満面に。
「うん、あのね。分かってるんだよ。こんな風にしちゃった原因は俺で、俺はもっと反省しないといけないって」
否定の声を出そうとするが、それよりも早くヒリュウは言葉を続けていく。
「でも、俺が死んだ事で金色化までしてくれるなんてさ……すっごく嬉しい」
「は……い?」
「愛されてるな、俺って。そう実感できるからさ」
「な、ななななななな?」
なに言ってるんですか、と言いたいのに上手く舌が回らない。
あまりの恥ずかしさにヒリュウから距離を取ると、確かに彼の顔は緩みまくっていた。
「だ、って、あれは……」
否定したいのに否定の言葉が見つからない。当然だ。否定できない内容なのだから。
「ありがとね、ニーナ」
ヒリュウはそう言った。いつもとは違う、本物の笑顔で。




