命の柱
ニーナとホーンズは彼の態度に顔を見合わせた。ヒリュウの話を聞いていたから、てっきり兄はヒリュウを憎んでいるのかと思っていた。しかしどうやらそういう話ではないらしい。
「ヒリュウを始末しようとしていたんだよな?」
念のためホーンズが聞くと、ティーグルは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
「仕方ないだろう! 弟が嬉々として人を殺しているんだぞ。あんな……昔はあんなに良い子だったのに、俺のせいで変わってしまった。俺が不甲斐なく死んだから。そのせいで……ヒリュウは気が狂って残酷な振舞いをするようになってしまった。……殺すしかなかったんだ。それが俺の、兄貴としての役目だから」
ニーナの中の殺意が失せた。代わりに生まれたのは胸を圧迫するほどの悲しみだった。
「どうして最初に話さなかったんですか? 話し合っていたらきっと気づいたはずです。ヒリュウさんは狂っていない。昔と変わらないって」
「……怖かったんだ。この前モノフロムでヒリュウが私刑を加えているところを目撃してね。憎しみをこめて人を痛めつけているヒリュウを見て、思ってしまったんだよ。俺の知っているヒリュウはどこにもいないって。……だから怖かった。あらためてもう俺のヒリュウがどこにも居ないと認めるのが怖かった」
似ている。この兄弟は、人を大切にするくせに人類稀に見る不器用さだ。
兄も弟も、どちらも相手を想う気持ちはあるくせにそれが変な方向に暴走して、良い結果を生まない。
「俺は間違っていたのだろうか? ヒリュウは……俺の弟は、君たちから見てどういう人間だった?」
彼の問いかけにニーナははっきり答えた。
「優しくて、不器用な人です」
「にやにやしてて適当な奴だけど、周りをよく見てたよ」
「そうか」
弟に対する肯定的な評価に安心したらしい。
「俺は……」
「放してって言ってるでしょ! こんな状況になってまで僕を捉えてる意味なんて無いんだから!」
ティーグルの声に可愛らしい少年の声が重なる。見ると拘束されているミューが暴れているようだった。
「放してやれ」
ティーグルの言葉で、盗賊がミューの腕を放す。そのままミューは引き寄せられるようにこちらに来た。
「ニーナ姉ちゃん、僕を呼んだ?」
「え?」
「ううん、ニーナ姉ちゃんは僕を呼んでるんだ。僕を必要としてるんだよ」
ニーナには何を言ってるのか分からない。けれどミューの状態を理解した人間が一人居た。マリアだ。
「これは……みんな、ヒリュウが助かるかもしれないわ!」
「お姉ちゃんの幸せは僕の幸せ……」
白い光。金色化の時のものとは違う。もっと温かい光だ。
「ミューくん?」
手のひらだけだったはずの光が、彼の全身に広がっている。
ミューは返事をすることなく、まるで何も聞こえていなように一心に力を使い続けている。
「……何が起きてるの?」
「白翼族の奥義、とでも言えるかもしれないわね」
マリアの淡々とした返答を周りにいた人間は黙って聞いていた。
「彼は命と白翼を懸けて、ヒリュウを生き返そうとしているの」
「い、命……?」
驚いて問いかけたニーナにマリアは険しい視線を投げた。
「白翼族の能力は、代償が何もないわけじゃないわ。それは知っているかしら?」
ニーナはゆっくりと首を振り、否定を表した。
「仕方ないわね。あまり知られていないことですもの。無理ないわ。……あのね、通常の能力に対する代償は疲労なのよ」
「疲労?」
疲れ、ということだろうか? それは代償というほど特別なことではないのでは……?
ニーナは首を傾げた。それを受けてマリアが言葉を付け足す。
「怪我や病気を治す程度なら疲労で済むの。けど、生き返すとなると話は別。いつも使っている能力と似て非なるものですもの」
ついに光はミューの身体の大きさを越えた。しかし光は止まる事なく、確実に上に上にと伸びていく。
数十秒後、それはもう光でできた柱といっていい高さまで達していた。天を貫く白く輝く柱。薄暗さに慣れた森を明るく照らす。
「これ……」
すっかり明るくなった空を見上げて、ニーナはいつかの記憶と重ねた。
――あの夜の光と同じ。
夜を昼に変えた奇妙な現象。それは、今まさに見ているこの光と同じだった。
(白翼族の能力だったんだ……)
光を発する現象はこれだけじゃない。金色化だって同じように輝きを辺りに巻く。だというのに、ニーナには金色化ではないという確信めいたものがあった。
金色化だったなら、自分はあの現象を穏やかに眺める事などできなかっただろう。
ついに光がミューを覆い隠した。もはやミューとその隣に横たわっていたヒリュウの姿は光の中に収まり、傍から様子を確認する事は出来ない。
「ミューくんは、大丈夫なんでしょうか?」
「それは……本人の能力次第ね」
「そんな……」
「……私の時は、そんなに大変じゃなかったんだけどね」
「え……?」
ミュー達に向いていた視線を思わずマリアへと移した。
「ヒリュウから聞いてるかもしれないけど、私も昔は白翼族だったのよ」
マリアは微苦笑した。
確かにヒリュウは白翼族の女性を探していると言っていた。その女性こそがマリアなのは既に分かっている。
「っ! 見て!」
マリアの声に緊張がこもる。ニーナは再びミュー達の方に注目した。
「あ……」
成長を続けていた光が、勢いを弱め収束へと向かっている。上から徐々に影を取り戻していく。光のベールを失い、状況が露わになる。
「……そういう、こと」
ヒリュウへ能力を使い、荒く息するミュー。その小さな身体から生えている翼は――黒。
つい先ほどまで一点の汚れもない白翼だったそれは、もはや白翼だったとは考えも及ばぬ色に変わっていた。
「ニーナ姉ちゃん……こっちに」
呼吸と言葉とが混ざって聞きとりにくかったが、どうやらミューは自分を呼んでいるらしい。
駆け足で向かうと、すぐに手を掴まれそのままヒリュウの身体へと導かれる。
――トクン、トクン、トクン。
命の音が、彼の中で確実に刻まれていた。
「もう、大丈夫だから。あ、な、泣かないで……」
「え……」
瞳からこぼれおちた雫に、指摘されて初めてニーナは気づいた。
泣いていた。ヒリュウが死んだ時には流れなかった涙が、今になって流れた。
軽く袖で拭い、ミューに笑顔を見せる。
「ありがとう……本当に、ありがとう。ミュー君」




