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さよならの代わりに

「あのね、僕はやっぱり個人って大切だと思うんだ」

 一夜明けた山の中。朝だというのに太陽は見えず、わずかな光が足下に注がれているだけだ。

 保護されたリンリは桜翼族としてあるべき場所へ、黒翼になってしまったミューはティーグル達と共に行く事になっていた。

 リンリを呼び出し、ミューは話を切り出した。

「それを言うためにここに来たのですか?」

「だってもう、きっと二度と会う事はないから」

 社会的立場のあるリンリと、表には出られないミュー。この先の人生で関わる確率は限りなく低い。

「君の言いたい事も分かる。僕だって一人じゃ生きていけないもん。けど、一人じゃ生きていけないのって僕や君だけじゃない、みんな同じじゃないかな?」

「私の言っている一人というのはそう意味ではありません。社会的役割を果たし、支え合う事を言っているのです。私は……私達の能力では、守り花になること以外で人のためになる事は出来ません」

「出来るよ!」

 声が思わず大きくなる。

「だって、僕は君と出会わなければ君みたいに考える人が居るって分からないままだったもん」

 リンリの表情がわずかに変わる。驚いているようだった。

「桜翼族じゃなくて、君と話したから僕は考えることができたんだよ。君、個人だったから」

「だとしても、それが何の役に立つんですか?」

 珍しく早口のリンリ。その言葉と同調するかのように、風を受けた落ち葉がくるくると転がった。

「うーん……それはまだ分からないや」

「え?」

「でも、他人に影響を与えるような考えを持っているんだから、君は個人として人のためになる人間だよ」

 そんな事今まで言われた事がなかった。ただ自分にある能力は身を守るための予知能力だけだと、そう信じて疑わなかった。

「君の言った事について考えてたんだ。僕だって組織に使ってもらわないと役に立たない人間だから。でも……本当に大きな力っていうのは、自分が心から使おうとしないと使えないものだっていうのが分かった」

 ミューは翼を動かし、黒くなったそれを見つめる。

「僕が僕だったから、ヒリュウを救えた。ニーナ姉ちゃんに悲しい思いをさせずに済んだ。僕は……僕だった事を嬉しいって思えるよ」

 穏やかなその瞳に、後悔などかけらも感じられない。二度と社会で生きられない日蔭の存在になってしまったというに。

「私は」

 小さいけれど、力のこもった声だった。

「私はまだそんな風に考えられません。誰かに必要とされ、使ってもらう以外の生き方なんて想像がつきません」

 俯いたままリンリはそう言い切った。

「そ、う」

 やっぱり駄目だった。そう落胆した時だ。リンリが急に早足で歩き出した。

「ちょ、いきなりどうしたの?」

 慌ててミューが後を追うが、リンリは止まらない。すたすたとリンリが進んでいく先は洞窟の、アジトの中。

 とある部屋に入り、ようやく止まった。

「ティーグルさん、お話があります」

 部屋にはティーグルとマリアとヒリュウが居た。

「はい、なんですか?」

 リンリの剣幕は、ティーグルを思わず敬語にしてしまうほどだった。

「私が……必要ですか?」

「なんの話ですか?」

「私を拉致したんですから、私の事、必要ですよね?」

「いや、まぁ」

「私、ここに残ります」

「……え、えぇ?」

 残るという発言は、その場にいたリンリ以外の人間を困惑させた。

「俺、返事何もしてないけど……」

「良いですよね?」

「……はい」

 ティーグルから同意を引きだしたリンリはホッと息を吐き、唖然としているミューを振り返った。

「今の私にはまだ貴方の考えが分かりません。けれど、一緒にいたらきっと分かるようになると思うんです。だから、これからよろしくお願いしますね」

「え? 良いの? 必要とされていなければ生きられないって言ってたのに」

「はい。ですから、この私を必要としてくれる場所で生きてみようと思いました」

 リンリの目には小さな希望が宿っていた。

「あーあ、これじゃあ謝礼はパァか……」

 ボソリと呟いたヒリュウの頭を、マリアが素早くはたいた。



「……たまには、家に帰れよ」

「兄さんこそ」

「馬鹿、俺がそうそう帰れるわけないだろ。死んだ事になってんだから」

 山を越えた場所でヒリュウとティーグルは話していた。

 平野の先にニーナとホーンズが歩いているのが見える。すぐに追いつくからと、先に行っていてもらったのだ。

「父さんも母さんも心配してたぞ。ヒリュウが出ていったまま帰って来ない、ってさ」

「って、家に帰ってるじゃん!」

 ヒリュウが素早く突っ込みを入れると、ティーグルはしれっとした態度で話を続ける。

「そりゃあ帰るさ、まだ俺が行方不明って公にされる前だったからな」

「何企んでたのさ?」

 ティーグルが生きていると分かった上で発表された行方不明。絶対に兄が何かを企んで進言したものだ。長年の付き合いからそうだと確信していた。

「ん? お前を探すためさ」

「俺?」

 前を見ると、先でニーナが振り向いている。手を振ってやると大きく振り返してきた。

「俺は黒翼になっちまったマリアに責任を取らないといけないからな。もう……父さんの後は継げない」

 黒翼族の存在が明るみになれば、白翼が持つ奇跡の力も見つかってしまう。使い手の命を奪いかねない力だとしても、それに縋る者は必ず現れる。そのような事態が想定されるから、黒翼は姿を隠すしかないのだ。まだ白い翼を持つ同胞たちのために。

「ナキア王国はお前が支えていくんだ、ヒリュウ」

「兄さん……」

 今さらそんな事を言われても。

 ティーグルが国王になるのはほぼ決まっていたことで、ヒリュウは何も知らない。どうしていけばいいのかなんて分からない。

「そんな情けない顔をするなよ。……どっち道お前はナキアに帰るんだろう?」

 ティーグルは、道の先にいるオッドウィングの少女と空翼の青年を見やる。

「はみ出し者が暮らしやすい国だもんな、ナキアは」

「だから俺は空翼が標的にされる事を知らなかった」

「良いことじゃないか。平和ボケ出来るって幸せな事だぞ」

「兄さんは変わってるよ……」

 自分がそのボケのせいで死んだというのに、それを幸せと言えるなんて。少なくともヒリュウには同じ事を言える自信はなかった。

「あーあ、兄さんが国を収めれば絶対に良い国になるのにな」

「ヒリュウなら……今のヒリュウなら、俺だって同じ想いだよ。仲間のために命を掛けられるお前ならな。……俺の行方不明が出てもナキアに戻って来ない時は、どうしようかと思ったけど。絶対に戻って来ると思ってたのにさ」

「何があろうと戻るつもりがなかったからねー」

 もう二度と故郷には、特に王城には戻るつもりはなかった。息子を息子に殺された父と母を見るだけの精神力は、ヒリュウには備わっていなかったからだ。

 ニーナ達はもう随分と遠くへと行ったようだ。小さくて豆粒ほどにしか見えない。

「そろそろ追った方が良いんじゃないか?」

「……うん」

「なんだ、俺と離れたくないのか?」

「うーん、まぁ……そうだよね。七年間も会えなかったわけだし」

 言いつつも、ヒリュウは翼で空を打った。活発な赤がティーグルの目を刺激する。

「じゃあ、元気でな」

「うん、兄さんもね」

「おう」

「ミューとリンリを頼むよ」

「おう」

「あと」

 マリアによろしく。と言おうとして止めた。

 ヒリュウの口が笑みを描く。

「……義姉さんに、よろしく」

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