兄対弟
「これではっきりした。キミは兄さんの偽物だったわけだ。あまりにもそっくりでびっくりしたよ」
「信じてもらえないとは残念だよ、ヒリュウ」
「気安く呼ばないでよね。赤の他人のくせに!」
片や文字通り高みの見物。片や襲いかかってくる連中の相手をしている。
しかし会話の流れが切れる事はなく、淡々と続く。
「そう言うなって、俺は本当にお前の兄貴なんだからさ」
「兄さんは死んだ!」
「知ってるよ。死んだのは俺なんだからな。その死に関してはお前より詳しいくらいだ」
そこで一旦沈黙が入った。そして同時に、ヒリュウが近くにいた盗賊の最後の一人を倒し終えた。
「君の目的は何? 死んだ兄さんの真似までして、一体何がしたいの?」
「そろそろ否定するのにも疲れてきたな。だーかーらー、俺はお前の兄貴だって! 正真正銘、本物のティーグルなんだって!」
なんと言われようと信じる気はない。
一度でも信じてしまった自分がどうかしていた。死んだ人間が生き返るわけもないのに。
「そうだよ。死んだ人間が、生き返るなんて事があるわけないんだ」
声をひそめ、ボソッと呟いた。
「あるわけない……か。お前がそう思うならしょうがないな」
ティーグルと名乗る男の、その場に留まる目的で動かしていたであろう翼が、大きく空を打った。
徐々に上昇している様子を見て、ヒリュウは彼がついに攻撃に打って出る事を悟る。
次の瞬間には頭部が強い衝撃に見舞われた。
「……ッグ!」
身構えていたはずなのに避けられなかった。斜め上に現れた彼に顔の左側を蹴られたらしい。
長話をし過ぎたせいで戦いに対する態勢が整っていなかったのだと、強い一撃を受けて気が付いた。
(戦いの中で油断するなんて最悪のミスだ)
相手が空翼でそれ程力がなかったから良かったものの、相手が悪ければ今の一発で勝負はついていた。
鈍く痛む頭部無視し、気を引き締めて相手に飛び掛かる。
空翼族を相手に戦う時は瞬間移動にのみ注意すれば良い。突然現れ攻撃をし、反撃される前に消えてしまう。そんな彼らに対して有効なのは、先を読んで攻撃する事。
攻撃をしようと近づき、殴るふりをした。そのまま体を反転させて、相手が瞬間移動をすると予想した自分の真後ろを向いて待ち構える。
……遅い。
不審に思うと同時に気配が現れた。ヒリュウの背後だ。そう気づいた瞬間に、脳ではなく体が反応していた。迫る身の危険を反射的にかわし、身を反転させる。
冷や汗が一筋頬を伝う。
「よくかわせたもんだ。昔は避けられなかったのにな」
「……どうして」
確かに、昔は今の攻撃を避けられなかった。
十年ほど前、ヒリュウが七歳の時だ。兄に空翼族との戦い方を学び、そのすぐ後に兄相手の実践練習で学んだ知識を生かして戦った。そして兄は今目の前に居る男と同じようにして、ヒリュウの攻撃の裏をかいたのだ。
しかしどうしてそのことをこの男が知っている? 仮にヒリュウのフェイントの裏をかけたとしても、昔のことなど知っているはずがないのに。
「お前の言いたいことは分かる。どうして昔のことを知っているの、だろ? もういい加減認めればいいさ。俺が……」
「嘘だ!」
叫ぶように言い捨てて、ヒリュウはティーグルを騙る男へと向かっていった。戦術などもう頭にはない。黙らせる。それだけを目的として、体が反応するままに攻撃を重ねていく。
ヒリュウ手数の多さに、男は瞬間移動をする暇を失った。かわしてさばいていた拳や蹴りも、徐々に手で防ぐことをし始めている。
「これで……」
体勢を崩し、次の一撃は確実に男の顔面を捉える。……はずだった。
「やめて――――――ッ!」
突如黒い何かが二人の間に割って入った。ヒリュウの止められなかった拳が、その黒いものに突き刺さる。
あまりにももろい手ごたえだった。何か壊してはいけない大切なものを、壊してしまった。そんな感覚だった。
何が起こったのか把握しようと黒いものの正体を見極める。
マリアだった。
本当なら男の顔面に当たるはずだった攻撃は、マリアの美しく整った顔を砕いていた。幸い、鼻と頬の間だったため無残に崩れてしまってはいるが命にかかわることはなさそうだ。
「マリア……」
ヒリュウの中を、今まで一度しか感じたことのない恐怖が駆け巡った。親しい人間が自分の手で命を落とす、という恐怖が。
「ヒリュウ……お願い。彼に……手を、出さないで……。せっかく……助けたんだもん。もう、殺さないで……」
ろくに動かせない口で、マリアは彼の命乞いをした。言い終えた彼女は、ゆったりと瞼を閉じた。翼が活動を停止し重力に良いようにされそうになったところを、ティーグルを名乗る男がしっかりと受け止る。ショックで気を失ってしまったらしい。
そんな二人の様子を眺め、ヒリュウは翼以外の動きを停止させていた。
(じゃあ、この人は本当に兄さんなの?)
マリアも偽者という可能性もある。しかしそれならば自分に殺意があるのはこの二人ではなく、お膳立てをした誰か、ということになるはずだ。が、二人の偽物を使ってまで自分を殺させる理由が思い当たらない。もっと簡単で手っ取り早く殺せる方法はいくらでもあるのだから。
(あぁ、クソッ!)
考えても考えても、納得のできる答えなど出てこない。それはつまり、納得のできない答えこそが、現実だと示していた。
「ヒリュウ」
低い声にビクリと体が跳ねた。
「強くなったな」
「え……」
あまりに予想外の言葉に、つい口から息のような声が漏れた。それは今言うことだろうか? それも戦っていた相手に。自分の恋人を殴りつけた相手に。
強くなった。その言葉にどんな意味が込められているのかを見極めようと相手の男に視線をやった。
「マリアが止めに入ろうと思うほど、俺は追い詰められているように見えたんだな。事実、お前の強さは俺の予想を超えていた。炎翼族の強さは、俺なんかじゃ測れないってことなのか」
そこで言葉を切った。
マリアの顔から視線を上げ、ヒリュウをまっすぐ見つめる。
「それとも殺した人間の数だけ強くなったのか」
「……っ!」
彼は動いていない。マリアを抱えたまま自分に向かってくるような愚かな真似はしない。
それなのに彼から発せられる明確な殺意に気圧され、体が一気に臨戦態勢に入った。
(兄さんだもんな……)
彼が兄でないとの否定は、もう出来なくなっていた。
それならばしょうがない。そんな諦めがヒリュウの中に生まれた。
自分が殺した兄。なぜ今目の前に居るのかは謎だが、幽霊になってでも自分に復讐したかったのだろう。そんな解釈でも、納得できてしまいそうな自分がいる。
なにせ自分は、嫉妬に狂って兄を――結婚間近で幸せの真ん中に居た兄を殺したのだから。
――ここで、殺されても良い。




