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ヒリュウ、十二歳

 ヒリュウの話を聞き終えた時には、みんな疲れきっていた。

 ニーナはヒリュウを慰める言葉を言おうとしたが、何も言えなかった。

(自分が殺したって言ってたけど)

 話の中のヒリュウは確かに悪い者だった。でもそれは子供の無邪気さが行きすぎた結果だ。

 悲痛な表情の面々が沈黙する中、何者かの影が現れた。

「ヒリュウ、貴方まだこんなところに居たの?」

 驚きを含んだ声がかけられ、皆一斉にそちらの方を向いた。そして、一様に絶句した。

 誰もが目を疑うその光景。どうして彼女がここにいるのか。どうして彼女がその色の翼をしているのか。

「マ、マリア……? マリアなんだよね?」

 いち早く硬直状態を脱したのはヒリュウだ。けれど彼もまだ混乱の中に居た。

 ヒリュウの記憶によるとマリアの翼は白だったはずだ。様々な場面が大切な思い出として蘇ってくるが、そこに登場する彼女はすべて白翼で。

 ――翼の黒い彼女なんか見たことがなかった。

「久しぶり。あ、でもさっきも会ったわね。本当ならゆっくり話をしたいんだけど、残念ながらそうはできないみたい。ヒリュウも、それからそのお仲間さんも急いでここから逃げなさい」

「何言ってるの? それよりその色はどういう」

「ここに居たのか……。てっきりもう逃げてしまったかと思っていたよ。ダメ元でも探しに来てみるもんだ」

 また別の、今度は男の声がした。

 探すまでもなく、彼はフッとマリアの横に現れた。

「あ、あんたはっ!」

 ホーンズがこわばった声を上げる。

「ティーグル・トラン・ナキア!」

「兄さん!」

 ホーンズの声に重なるヒリュウの声。

「兄さん、だと?」

 ホーンズはヒリュウを見るが、ヒリュウの方はその視線をまるで無視し、目の前に現れた男を見つめ続けていた。



 七年前。ナキア王国。

 第一王位継承者のティーグルが二十歳。その弟のヒリュウが十二歳の時だった。

「え? 婚約?」

「そう。ついにマリアと結婚することになったんだ」

 歳の離れた兄の結婚。それは当然の事で、容易に受け入れることができた。国の発展のためにも、王子であるティーグルは早い結婚を望まれていたのだから。

 しかし相手に納得できない。

「大病院とはいえ、たかが医者のマリアと兄さんが結婚なんてできるの?」

 言葉に棘があったのは幼いヒリュウでも気づいたが、それを取り除く技術はまだ習得していなかった。

 ティーグルは苦笑した。

「たかが、って言ってもな、彼女の技術は素晴らしいものだ。俺より立派なくらいだ」

「そういう事言ってるんじゃなくて、問題はマリアの家柄だよ」

 マリアは平民の娘だ。王族と結婚なんてできるはずがない。せいぜい愛人がいいとこだろう。

「だから随分時間がかかったよ。本当ならもっと早く彼女を迎えたかったのに……」

 兄の悲しそうな顔を見て、ヒリュウは自分が悪い事を言ったのだと理解した。理解したのに、まだ言い足りない。

「考え直した方が良いんじゃない? 王城に迎えたって堅苦しくってマリアがまいっちゃうだけだよ」

「ヒリュウ、お前はこの結婚に反対なのか?」

「……」

 頭では賛成のはずなのに、なぜだか口から出てくる言葉は結婚を反対しているかのようなものばかりだ。

(だって、嫌なんだもん)

 何かよくわからないモヤモヤとしたものが、素直に祝福させてくれない。

「マリアが兄さんと結婚したって幸せになれっこないんだ。だって絶対に王城に住まないといけなくなるし。俺とだったら……俺が平民になれば良いだけだから問題ないけど」

 その言葉でティーグルはすべてを理解した。

「……お前、やきもち焼いてるのか」

「……っ!」

 カッと顔が赤くなるのを感じた。図星を指され、ばつが悪かった。

 どうにか誤魔化さないと。そう考えたヒリュウはとんでもない行動に出た。

 ティーグルの腕を掴み、部屋から引っ張り出した。廊下の大きく開いていた窓。そこから勢いよく舞い上がる。

「おい、ヒリュウ!」

「うるさい、バカ!」

 ヒリュウの幼稚な言葉とは裏腹に、行動はいたずらでは済まされない域にエスカレートしていく。

 運の悪い事に、ヒリュウは最も力とスピードがある炎翼族だった。空翼族のティーグルが空間を把握し瞬間移動をする暇を得られないほどの勢いで飛んでいく。

(少しくらい困ればいいんだ)

 およそ一時間。ヒリュウは夢中で飛び続けた。王城からまっすぐ南へ飛んできただけだから、帰りに迷うような事はないだろう。

 岩石ばかりが立ち並ぶ荒野でティーグルを下ろし、こう言った。

「兄さんのバーカ! もう帰ってくるな!」

 本気じゃなかった。ちょっと困らせたいだけだった。

「お……い、ヒリュウ。待て!」

「待てって言われて待つわけないじゃん」

 ただ連れられてきただけだというのに、実際に飛んでいたヒリュウよりも息が上がっていた。

 この時に気づければ良かった。ティーグルは、自分よりもはるかに弱い存在なのだと。

 ヒリュウは身を翻し、王城へと飛び始めた。ティーグルに追いつかれないように、全力で。

 帰る途中に王城から追ってきた兵士の人とはち合わせしてすごく怒られた。そしてティーグルを置いてきたと言ったら、青い顔をして飛んでいった。そんな彼の翼は金翼。

(あーあ、あの人が迎えに行ったんじゃ、きっとすぐに戻ってきちゃうだろうな)

 日常が続いていくと信じて疑わなかったヒリュウに、悲しい知らせが届いたのは翌日の事だった。

 夜になってもティーグルが帰って来なかった事を疑問に思いつつもそれほど気にせずに寝てしまったヒリュウは、日が昇る前に起こされた。

「ティーグル様がお亡くなりになりました」

「……ん?」

 寝ぼけて聞き間違えたのか。それともまだ夢を見ているのか。どちらかだと思いこんでいた。

 やけにはっきりとした夢だと思いながら相槌を打つ。

「お会いになられますか?」

「ん」

 深く考えずに、案内されるがままに付いていったティーグルの部屋。そこでティーグルが横になっていた。羽はむしられたのか、ぼろぼろになっていて、顔も変形していて一瞬誰だか分らなかったくらいだ。

「え?」

 一気に覚醒する。夢にしてはあまりに酷過ぎる、と。

 ティーグルを見て、ヒリュウはその場に座り込んでしまった。

「何者かに襲われたようです。彼らが発見したときにはすでに……」

 彼ら、と目で示されたのは昨日の帰りに自分を怒鳴りつけた兵士だった。

「なんで……?」

 ティーグルが襲われた理由が分からなかった。

「空翼族だからです。空翼族を理由もなく襲う人間が……理不尽にティーグル様を……」

 そんなバカな事があるのか? 信じられなかったが、こうして現実に起きてる以上、認めるしかない。

 知っていれば、絶対にこんな事をしなかったのに。

 無知の罪は重い。ヒリュウは大きな代償を払ってそれを知った。

 次の日にティーグルの死体と、そしてマリアの姿が消えていた。婚約者であるマリアがティーグルと二人にしてほしいと申し出たため、数分だけ許可したらしい。その短い間に消えてしまったという。

 それから半年後、ヒリュウもまた王城を去った

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