盗賊襲来
「みんな早く上に!」
ヒリュウはそう言うと、翼を広げた。
ホーンズ、ニーナ、ミューそしてリンリ。四人が地を蹴り空中へ逃れたのを確認し、最後にヒリュウも空へと舞い上がる。
五人の足元を、濁流が凄まじい勢いで流れていく。休憩していた場所は、今や不透明な水に覆い隠されてしまった。
「大雨で川が氾濫したんだね。気づくのがもう少し遅かったら危なかったよー」
「それにしてもニーナはよくわかったな。近くに来るまで全然音なんて聞こえなかったぞ」
「そういえばニーナって目も良かったよね。前もすんごく遠くの町見えてたしさ。目も耳も良いなんてまるで……ッニーナ!」
グイッと痛いくらいに腕を引かれた。
ニーナが居た場所に別の人が存在していた。空翼族だった。
(盗賊だ!)
盗賊は一人ではない。周りを見て、いつの間にか囲まれていたことに気付いた。
「空中に出たことで目立っちゃったんだね。どうする?」
「戦うしかないだろう。相手は空翼族、一か所に留まらず動き回らないと危険だ」
ホーンズはそう言うと同時に、ミューとリンリを自分の傍に引き寄せた。
「ニーナ、お前もこっちに来い。戦いはひとまずヒリュウに任せて、一旦避難するぞ」
「えー、俺にだけ任せるのー?」
「困るのか?」
「まっさかぁー。…………むしろ好都合さ」
楽しそうにそう言うと、ヒリュウは空翼族に向かっていった。
ヒリュウが戦い始めるのを困惑したまま見つめるニーナ。
「おい、とっとと逃げるぞ」
「でも!」
ヒリュウの行動パターンは知っていた。戦いを楽しめるほど強く、空翼族の敵には容赦しない。強さの点で彼に不安はないが、今回は相手が空翼族だ。
「ヒリュウさん戦えないかもしれない! ホーンズはミュー達を連れて先に逃げて。私はヒリュウさんに加勢するから」
「おい、何をバカな」
ホーンズが止めるのも聞かず、ニーナは空翼族に向かっていった。ヒリュウ一人にも劣勢だった彼らは、ニーナの参戦に一瞬ひるんだ。しかし相手がまだ幼さの見え隠れする少女だと知ると、断然強気になる。
「おい、ちょうどいい人質が飛び込んできたぞ」
「そっちの女から捕まえろ!」
標的をヒリュウからニーナへと変え、盗賊たちは襲いかかってくる。
「ちょっとニーナ、邪魔しに来たの?」
ニーナに向かった盗賊の進路にヒリュウが割って入り、殴り倒す。
「私も戦います。ヒリュウさんだけに任せるわけにはいきませんから」
「……俺って自分で思ったよりも信用なかったんだ。ショック」
言いつつも翼を休めることはなく、次々に襲いかかってくる敵を倒していく。
ニーナもヒリュウに倣い、一か所に長く留まらないように注意しながら盗賊を倒していく。ヒリュウほど力がないため一人一撃とはいかないが、危なげなく敵を沈めてゆく。
「なんだこの女……強いぞ」
「なめてかかるな。おそらく薬で化けているのだろう。金翼だと思って戦え!」
「へぇ。やっぱりニーナって薬飲んでたんだ」
バレた。戦いになったらいずれバレると覚悟はしていた。バレないようになど戦えるはずもなかった。
しかし思っていたほど焦っていない自分が居る。ヒリュウならきっと、自分が薬物を使用していたところで軽蔑なんかしない。そう感じていた。
(……今は戦いに集中しなきゃ)
油断していて勝てる相手ではない。そもそも空翼族の男性とニーナでは、力やスピードにそれほど差はないのだ。相手が盗賊で戦い慣れている事を考慮すれば、互角になってしまうだろう。
盗賊の一人がニーナの腕を掴んだ。すぐさま解きにかかるが、なかなか解けない。
動けない隙をついて、もう一人いた盗賊に思い切り腹を殴られる。
「っうぐ」
「ニーナ!」
その様子に気づいたヒリュウがすかさず助けに入った。
「もうっ! 邪魔しに来たわけじゃないなら、簡単にピンチに陥らないでよ。……なんか俺が殴られるよりも気分悪い」
「すみません、助かりました」
「こいつら……。もうアレをやるしかない!」
太陽が届きにくい森を強い光が包み込んだのは何年ぶりだろうか。もしかしたら、初めてかもしれない。
「何、あれ……」
ニーナは呆然と呟いた。
「書物で読んだ記憶があるよ。空翼族は窮地に立たされた時に、その翼が金色に変化するんだって」
「そんなことが……」
ニーナは絶句した。
辺りを貫く光が消えた後には、人影が三つほど。中空に浮かぶその姿をジッと見つめ、あることに気が付いた。
(翼が……)
本来人の翼は鳥の羽に似ているのだが、今の彼らの翼はそれとは明らかに違う。硬い骨で縁取り、その間に膜を張った様な異形。そして何よりニーナを驚かせたのはその色だった。
彼らは空翼族だったのだが、今の色は金。
「書いてあった通り、コウモリみたいだねー。どうやら金色化についての俺の記憶は正しいらしい。となると少し厄介かも」
「金色化? いったい何が起こってるんですか?」
「ニーナは知らないの? そっか、知らないのか……。そう焦らなくていいって。別に俺にとっては全然問題ないし。うーん、でもニーナにはちょっと荷が重いかな。もう十分だから、俺のかっこいい姿を目に焼き付ける作業にでも集中してな」
理解できない言葉を残し、ヒリュウは一人で彼らに向かっていってしまった。
「な、なんなんですかー!」
納得できないニーナではあったが、それでもヒリュウの後を追いかけるような真似はしなかった。頬を膨らましながらも、その背中に視線を投げることしかしない。
(ヒリュウさんが厄介って言ってたんだもん。きっと私が行ったって足手まといになるだけだ)
しかしヒリュウの指示した通りに避難するのではなく、目の届く範囲で遠くに移動しただけだった。
戦いの状況が先程までと違うことに気づいたのは、ヒリュウが二人目を倒した時だ。気絶させることが目的だったはずのヒリュウの攻撃が、いつの間にか相手の命を奪いかねない鋭い攻撃に変わっていた。相手もまた、その一撃を完全に食らったはずなのに気を失うこともなく、平然と反撃している。
「うそだ……」
空翼族にそんな耐久力はない、とニーナは理解していた。ヒリュウのような例外も確かに存在しているが、彼らの強さはおそらくそれとは違う。
(金色化っていったいなんなの……?)
恐ろしい形状の翼が彼らの背中から生えていた。見ているだけで不安が渦を巻く。
ニーナは無意識に胸の前で手を握っていた。




