桜翼族の生き方
くぼみのたくさんあった場所の一つに、幸いにも外に通じるくぼみが存在していた。そこから脱出し、外でホーンズとリンリの目覚めを待っていた。
ほんの十数分でホーンズが、それから数分おいてリンリが目を覚ました。
驚いた事に、リンリは混乱することもなく冷静に状況を理解してくれた。まだ子供と言える年齢なのにその対応は見事としか言えない。
「では、皆さんは私を助け出すためにここにいらしたんですね」
「そういうこと。もう安心して良いからねー。ちゃーんと元の場所に返してあげるから」
ヒリュウが優しく話しかけると、リンリはひとつ頷き小さな声で「ありがとうございます」と言った。
「それにしても酷い連中だよ。こんな子供をさらうなんて……怖かったでしょ?」
同年代という自覚がないのか、自分が子供である事は否定するくせに、ミューはリンリを子供と認識していた。
「怖くはありませんでしたよ」
リンリは落ち着いた声色で発した。
「え? 嘘だ。だって無理やり連れて行かれたんでしょ?」
「それは私の能力を必要としてくれた証拠ですから」
彼女は動じない。
「でも……誘拐されたのに?」
今度はニーナが問う。
「はい。今回の出来事は予知されていませんから。恐怖になりえません」
「……あぁ」
以前も彼女はそう言っていた。命にかかわる事は予知されるから、予知されなかった出来事に関しては特に警戒する必要がないと。
予知能力というのは一見魅力的なものだが、今回の事を受けて考えが変わった。
「誘拐される事すら、予知に引っかからないんだ……」
危害を加える気がなかったというだけで、誘拐という犯罪が予知されない。本当の危機にしか使えないのでは、日常では役に立たないじゃないか。
「使えない能力だと……そう言いたいんですか?」
予知能力だけでなく、読心術でも使えるんじゃないだろうか?
的確にニーナの思考を突いたその言葉に、居心地の悪い気分になった。
気まずさからなかなか彼女の目を見れなかったニーナだが、ためらった末に見た彼女の顔は平時となんら変わりのないものだった。
「ニーナさん、貴女の考えは正しいです。私自身、桜翼族の能力は中途半端で使いどころのない能力だと感じています」
「そんな事ねぇだろ。オレ達に比べりゃよっぽど素晴らしい能力だ。なんたって社会で必要とされるんだしな」
ホーンズは皮肉気に口元を歪めた。よく見ると、その瞳には羨望とも取れる色が浮かんでいる。
リンリは翼と揃いの髪を揺らしながら首を振った。
「それは勘違いです」
「何が勘違いだって言うんだ? 事実必要とされているから、守り花なんて役職があるんだろ」
「ですが、社会が必要としてくれなければ、この能力は無価値でした」
リンリの語尾が強くなる。
「己の命の危機にしか効力を発揮しないなんて……それでは、無能と一緒じゃありませんか。肉体強度も低くて、特殊能力も無いようなもの…………支えなしには生きていけないひ弱な種。それが桜翼族の正体です」
自分の種を語っているとは思えない辛辣な言葉に、ホーンズも黙り込んでしまった。
(幸せな種だと思ってたのに……)
ニーナは自分の無知加減の底が分からなくなった。モンダ村を出るまで、空翼族が理不尽な扱いを受けている事も、何の問題もなさそうな金翼族の壁も、人々に必要とされる白翼族が感じてしまう違和感も、社会的地位まで用意されている桜翼族の少女が抱える闇も、まったく想像できなかった。
「君は……社会に必要とされたいの?」
「されたいのではなく、されなければ生きていけないのです。元々個人的にしか役に立たない能力を、高位の役に置き私達の命の危機が全体の危機を示すようにしてくれた事で、ようやく予知能力は活かされているのです」
相変わらずリンリの背は生真面目なほどまっすぐのびていた。冗談を言っているとは到底見えない。
ミューには彼女の言っている事がなかなか理解できないでいた。
「嫌じゃない……? ……だってさ、おかしいと思わないの、個人としてじゃなくて、その種族としか見てもらえないんだよ? 君は、君として見てもらいたいと思わないの?」
「それは……一人でも十分に生きていける人間だけが望んでいいことだと思います。ミューさん、貴方がどのような人間かは存じ上げませんが、私自身は一人で生きていけはしないと感じています。組織に属し、必要とされる以外に生きる術を知りません。だから今後もし、今日のように拉致される事になっても、それはそれで桜翼族としての役目を果たせる機会と考える事ができます。それが……桜翼族として生を受けた私の生き方です」
個人として見てもらえなくても良い。そんな生温い表現では追いつかない彼女の覚悟。
(大人だなぁ……)
ニーナは声も出さずに感心していた。自分よりも三つ四つ下だろうに。すでに老成してしまったかのような悟り具合だ。
ヒリュウやホーンズも黙ってリンリを見ていた。しかし、彼らの表情はニーナとは違う。感心するよりも憐れみが先立ってしまうのだ。この若さで、いったいどれほどの苦労をすればこう成長するのか、と。
「僕には……」
ミューが呟く。
「僕にはそんな風に受け入れられないや」
ミューの言葉は風にさらわれ、空に溶けていった。




