マリア
山を越えるための道は、二本存在していた。
一つは常に外を歩くことになる道だ。道というのも名ばかりで、基本的に足場が悪い。山をぐるりと周るように伸びていて、急いでも二日はかかる。
もう一つの道は山の途中に空いている洞窟から中に入るというものだ。中は暗く、準備なしには入れない。そしておそらく山賊の住処となっている。
ニーナ達の当初の予定では、外の道を通る予定だった。
しかし守り花の救出のため、山の内部に入る必要が出てきた。
「すみませんけど、灯りを貸してくれませんか?」
ニーナは負傷者の手当てを終え荷物の整理をしていた男に話しかける。目的が守り花救出だと知っていたのですぐに貸してくれた。
「んじゃ、しゅっぱーつ! ……んもうっ、ホーンズってばまだそんな顔してるの? 決定事項に不満を言うなんて男らしくないぞ!」
男らしさなど微塵も感じさせない口調でヒリュウが言う。
「うるせぇ、黙ってろ。文句なんか言ってねぇだろ」
「そんな凶悪な顔してたら言わなくても分かるって」
「四六時中府抜けたツラしてるテメェに言われる筋合いはねえ」
「俺は地顔だよ」
ホーンズはしぶしぶといった様子だったが、渡された灯りを持って先頭を歩き始めた。ニーナ、ミュー、ヒリュウと続く。
一人ひとつ持っているとはいえ、灯りは心もとない。
しばらくは四人の足音のみが響いていた。道を進むに連れて気温が下がっていくように感じ、ニーナは腕を抱いた。
「ニーナ、寒い?」
後ろでその様子を見ていたヒリュウが声をかける。
「少し……」
小さく返事をした。その時だった。
「うわっ!」
先頭を歩いていたホーンズから悲鳴が上がる。それから数拍置いて、何かが割れる音が聞こえた。
目の前に居たはずのホーンズが忽然と姿を消していた。
「ホーンズ?」
「来るな!」
緊迫したホーンズの声。
一歩足を踏み出した途端、体が傾ぐ。
(地面がない!)
固い地面を踏みしめるはずだった足は、何もない空中へと投げ出された。
チラリと足下に視線をやるが、そこには何もなかった。いや、暗くて何も見えないだけだ。
数瞬先に待ちうける自分の運命を思うと身がこわばった。きつく目を閉じる。
「……っ、おい! 自分の体くらい自分で支えろ」
「あれ?」
絶対に落ちると思っていたのに、なぜかニーナは元通りの場所に居た。
弱い風が、ニーナの頬をなでていく。顔を上げると、ホーンズが呆れた顔でニーナを支えていた。
よく見ると、ホーンズ翼を上下させ体を宙に浮かせていた。足場が無くなったのは勘違いではなかった。
「あ、ありがとう」
「二人とも大丈夫?」
ヒリュウとミューが駆け寄って来た。
「こら走るんじゃねぇ。ニーナみてぇになるぞ」
「それを言うならホーンズも同じでしょ」
ニーナの足が地についていることを確認したホーンズは、自らも地面に足をついた。
「この先で地面が無くなってる。油断して灯りを落としちまった」
先程聞こえた何かが割れるような音は、灯りの音だったらしい。
「行き止まりってこと? じゃあこの先に進むには……」
「上か下に行くっきゃないね」
ヒリュウの言葉に、三人は頷いた。
「どっちに」
「居たぞ! 侵入者だ!」
洞窟内にこだまする大声。下から勢いよく人が飛んできた。
「っく、盗賊か」
「一人ならなんとでもなるって」
飛び出してきた男に続いて、ひとり、もうひとりと現れる。
「三人でも同じだっての!」
ヒリュウはすばやく持っていた灯りをニーナに渡して、単独で山賊と思われる奴らに向かっていく。
「一人目っ!」
言いながら拳を繰り出す。しかし、当たらなかった。
「え……、……っぐ」
ヒリュウの視界から男が消えた。直後、真横から衝撃を受ける。蹴りだ。側頭部にモロに食らった。が、それは大した威力に感じない。
「ヒリュウさん!」
「平気平気。大したことないから」
「おいヒリュウ、そいつらは空翼族だ。気をつけろ」
暗く、相手の色まで確認できないこの状況でのホーンズの助言は、ヒリュウにとってありがたかった。
「ってことは今のは瞬間移動だったわけか」
「そうだ。瞬間移動には瞬間移動で対抗しろ」
「冗談でしょ、こんな奴らになんて使うまでもないって!」
「馬鹿か! 相手をなめるな」
言ったホーンズがニーナとミューの目の前から消えた。
ホーンズが参戦し、二対三の状況になる。
「もー、ホーンズは心配性だなぁ」
「てめぇは油断が過ぎるんだよ」
「足踏み外して、灯り落として、敵を呼び寄せた人に言われたくないなー」
笑顔のまま嫌みを残し、ヒリュウは再び相手に向かっていく。青筋を浮き上がらせたホーンズも、今はそれどころではないと判断し何も言わなかった。
戦いはしばらく続いた。あと一歩のところまで追い詰めると必ず一人が邪魔に入ってきて、決定打を与えられないでいた。
と、その時――
「三人とも戻りなさい」
落ち着いたアルトが場に広がった。
ニーナが居る位置から数メートル離れた空中に、一人の女が飛んでいた。
「マ、マリア様」
三人の男の動きが止まる。それにつられて、ヒリュウとホーンズも女の方を向いた。
「……マリア、だって?」
ヒリュウが呆然と呟く。
「マリア……本当にマリアなの?」
「ヒリュウさん?」
ニーナの声など耳に入っていないように、ヒリュウはふわふわと無防備に女の方へと近づいていく。
「っ! マリア様に近づくな」
男たちがヒリュウを抑えようとするが、
「三人とも聞こえなかったの? 私は戻るようにと言ったのよ」
その場を仕切る声に制される。
男たちがヒリュウを解放したのを確認すると、彼女はスーッと上昇し、ある一つのくぼみへと入っていった。男たちもその後を追う。
「待って、マリア! マリアなんでしょ! ねぇ……マリア――――――ッ!」
必死になって叫んだ声に、彼女は答えなかった。




