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伝えたい気持ち

「ちょっとヒリュウさん、聞いてくださいよ!」

 買い物を終えたニーナは、慌てた様子で部屋に飛び込んだ。そのすぐ後ろにミュー、そしてやや距離を置いてホーンズがゆったりとした様子で続く。

「なぁに? 何かあったの?」

「それがですね」

 ニーナは買い物袋を素早く床に置き、窓から指差して興奮気味に話を始めた。

「昨日のあの食堂で火事があったんですよ」

「火事?」

「そうなんです。なんでも、店主で料理長の人が死にかけたらしいんですよ」

「死に……かけた?」

 ヒリュウはきょとんとした表情でニーナに問いかける。

「はい。火事自体は大したことなくて、調理場が焼けただけで済んだみたいなんですけど、壮絶な暴行を受けてたらしく自力で動ける状態じゃなかったみたいです」

「そんな状態なのに助かったの?」

「私も同じことを感じたので、聞いたんです。なんでも、通りかかった人が助け出して、その上手当てまでしてくれたそうなんですよ」

「……そうなんだ。運が良かったんだね」

 ヒリュウは人の良さそうな笑みを浮かべて、そう言った。

 その笑顔を見て、不意に胸が苦しくなった。そして、熱が顔に集まるのをニーナは感じる。

(あ、あれ……? なんで? ヒリュウさんの笑顔っていつもの事なのに)

 昨日苦しそうなヒリュウさんを見たから、元気な姿にホッとしているんだ。そうだ、そうに決まっている。と、誰に聞かれている訳でもないのに、心の中で言い訳を並べ立てた。

 自分の中に起こった感情を認めまいとして、ニーナは頭を振る。

「ヒ、ヒリュウさんは優しいですね。わ、私なんてざまあみろって思っちゃいましたよ…………まぁ死ななくて良かったとは感じてますけど」

 動揺を隠そうとした結果、早口でそんな事を言ってしまった。

「俺なんかより、ニーナちゃんの方が優しいと思うよ。今こうして俺の前にニーナちゃんが居ることがその証拠だよ」

 ヒリュウの真意をつかみかね、首をかしげる。

「昨日俺の意識がないうちだったら、俺の荷物から財布抜いて逃げることだってできたのに、そうしなかったでしょ」

「……はい?」

 意味を理解するのに時間がかかった。

(私が……逃げる?)

「その顔だと、考えてもみなかったって感じだね。ほら、やっぱり優しい」

「ちょっと待って下さい。私が逃げるって……そんな事するわけないじゃないですか」

「しても良かったんだよ。君は弱みに付け込まれて連れてこられただけなんだから」

「違う! 私は自分の意志でついて来たんです!」

 ニーナは叫ぶように言う。

 脅されただなんて思ってない。助けられて感謝していたくらいだ。

「……俺が怖くないの?」

「こ、怖くなんて……」

 はっきりと否定する事は出来なかった。事実、怖いのだ。普段は普段で妙な余裕があるところが怖いし、乱闘になった時の異常な強さと冷酷さには恐怖せざるをえない。

 ヒリュウの表情がわずかに止まった。笑みが固まっていた。

 ほらやっぱり、とでも言いたげな顔だ。

「こ……わいですよ、そりゃあ。でも、それ以上に優しいと感じてます」

 怖いということは否定できない。けれど、それだけじゃない気持ちが自分の中にある。

 それは以前感じた――ヒリュウについて行っても良いのかという疑問の答えでもあった。

「ヒリュウさんは、なんだかんだでいつも私を助けてくれるじゃないですか。初めて会った時だって、頭ぶつけた時だって、マントが破けた時だって!」

「でも俺はニーナちゃんに自分の手の内のすべてを見せてるわけじゃないよ。隠し事だってたくさんある。それを知らずに、優しいだなんて断言できるの?」

「します! ヒリュウさんは優しい人です」

 ヒリュウを信用していいのか。今ならはっきりと肯定できる。何を隠していたとしても、ニーナに見せた優しさや気づかいは嘘じゃない。

「……そう」

 ヒリュウは一言だけそう言った。

 ヒリュウに見放されてしまうのではないか、どこへでも行けば良いと言われてしまうのではないか。

(付き放さないで……)

「……私は、ヒリュウさんと一緒に旅を続けたいです。それが私の意志です」

「ニーナちゃん……。本当に良いの?」

 以前はヒリュウの思考を見抜くような目が怖かった。その時と同じ瞳。けれど今は平気。それどころか、見透かして欲しいと思う。

 ――ヒリュウを心から信じている事を、信じてほしい。

 彼の瞳をまっすぐに見つめ返して、答える。

「はい!」

 ニーナが言うのと同時に、ヒリュウが腕を伸ばした。その腕の中に、小さなニーナはすっぽりと収まる。

「わぁい! ありがとう、ニーナ!  大好き!」

「ちょ……っ、ヒリュウさん!」

「そういうのは人のいない所でやれ」

 二人の……というより主にヒリュウの気分が最高潮のところで、冷めた声が掛かった。

 ギギギとぎこちない動きでニーナが首を回すと、そこにはホーンズとミューの姿があった。

「何? 何するのホーンズ!」

 ホーンズによって目隠しをされたミューが腕を振りほどこうと必死でもがいている。

 顔を真っ赤にして口をパクパクするニーナに、ホーンズは呆れた表情になった。

「なんで居るのかなんて聞くなよ? ここは元々オレが取っていた宿だぞ」

 今すぐ消えてなくなりたいと、ニーナは切実に思った。

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