蔑視の代償
今回、暴力表現が含まれています。
苦手な方はご注意ください。
読むことができない方は後書きをご覧ください。
今回起こった事を説明してあります。
一方、ニーナ達が出ていくのを見送ったヒリュウは、ホッと一息ついた。
(意識が戻るのがもう少し遅かったら……危なかったかも)
急いで自分の荷物からソレを探しだし、一粒だけ手にとった。そのまま口に含み、枕元にあった水で体内に流し込む。
一日でも忘れれば、翼はすぐに色が戻ってしまう。
そして、病院で細かく調べられても、分かってしまうことだろう。病院を拒絶したのはヒリュウ本人だが、一夜明けた今では複雑な思いだった。
(あそこまで酷くなるとは思わなかったしね……)
頭がズキンと痛む。
(酷い夢をみた)
まだマリアが居た頃の夢。そしてまだ兄を好きだった頃の夢だ。
マリアも兄も、もう居ない。
幼かった頃、意地を張って一人で寝ると言い出し、夜中になって泣き出した自分のもとに兄はやってきた。転んでけがをした時も、風邪で寝込んだ時も、いつだってその優しさで心を支えてくれた。
(優しかったな、いつも)
思い出の中の彼らを思い浮かべると、ガラにもなく悲しくなる。
そんな自分の感情に気づいて、笑みを作った。
楽しいから笑うのではない。笑って楽しいと思い込むのだ。
無理やり動かした筋肉がぎこちない笑顔を作る。両手で軽く揉み、筋肉を少しほぐす。
満足のいく出来と感じたと同時に、ヒリュウは立ち上がった。ミューが治した体は、いつもより調子が良いくらいだ。
いつもは背に羽織るだけのマントを頭からすっぽり被り、ヒリュウは扉から外に出た。
目的地は案外近場にあった。
(そっか、あの食堂の斜向かいだったのか)
自分の居た宿の位置を確認しつつ、ヒリュウは人ひとりが通れる程の裏道に入った。
食堂の裏口を発見したヒリュウは取手に手をかけ、押し引きしてみる。開く様子はない。
(やっぱり鍵かかってるよね)
今の音で気づかれた可能性がある。解錠に時間はかけられない。扉から距離を取りスペースを作った上で、ヒリュウは鍵穴の部分に蹴りを入れた。二度三度繰り返すと、扉が大きく揺れた。
素早く中に入る。目が合った。
「なんだ、お前!」
「君がこの食堂のオーナー?」
「なんなんだ、いったい」
「いいから俺の質問に答えて」
ヒリュウの強い口調に押されて、全身に白い服をまとった男はたじろいだ。
「答えられないなら質問を変えてあげるよ。……昨日の夕方、俺たちの食事に毒を盛ったのは君かな?」
その言葉を聞いて、相手の男は一転強気になった。
「お前昨日の空羽野郎か! ヒビって損したぜ!」
「俺の我慢がきれないうちに質問に答えた方が良いと思うよ」
「空羽の脅しなんかに屈するか。てめぇらなんか怖くねぇんだよ。……昨日きっちり殺しておけばよかったぜ」
ヒリュウの眉がピクリと動く。
「そう、君が……。君のおかげで大変な目に遭ったからね……お礼に来たんだ」
風が吹き抜けたのかと錯覚するほど、ヒリュウの動きは速かった。
男の腕を掴みそのままありえない方向へとねじ曲げる。
「ぐわあぁ……」
折れた腕を揺さぶり、男の悲鳴を引き出した。
「痛い?」
「うっうぅ……」
「ふふっ。苦しそうだね。大丈夫、すぐには殺さないから」
蒼白となった顔面を見て、ヒリュウは口元に笑みを浮かべる。
「大した事してるつもりはないんだけどね。そんなに怖い?」
コクコクと、首が飛びそうな勢いで男は頷いた。
「腕を折られたくらいでそこまでビビるくせに、どうして人を殺そうとするんだろうね。……あぁ、君たちにしてみたら空翼族は人じゃないのか」
笑顔の仮面が剥がれ、冷たい瞳と低い声で男を責め立てる。
「……い、命だけは」
「許すつもりはないよ」
にべもなくそう言い放った。
命が惜しいらしく、それでも男は言葉を続ける。
「た、確かにあんたを殺そうとした。でも今あんたは生きてるじゃないか。なんで俺が殺されなきゃいけないんだ……」
ぴたりとヒリュウの動きが止まる。
「……それもそうだね。運が非常に良かったとはいえ、俺は生きてる。ここで君を嬲り殺すのは不公平だ。ありがとう、言われるまで気づかなかったよ」
ヒリュウの反応に、男の体から力が抜ける。そのため、次の攻撃を無防備なままくらった。
ヒリュウは殺さないよう手加減しつつ、男の顔面を殴る殴る。ポロポロと白いモノが次々にこぼれる。折れた歯だった。
「こんなものか」
血まみれになった顔面を眺めた後、今度は男の折れていない方の腕に手をかけた。何年も料理を作り続けてきたであろう男の手。その指を、一本一本丁寧に折ってゆく。
ヒリュウは激痛に苦しむ男の反応をきちんと気にかけていた。気絶でもされたら、意味がない。
もがく男の脚を捕まえて、太ももに一撃。
「うーん……折れてはないかな」
感触としては、よくてもヒビ程度だろう。
「まぁ、いいや」
男を無造作に放ると、調理場をゴソゴソと漁る。そこで見つけた包丁を手に、男の無事な方の脚を持った。
「これで最後だよ。耐えられるかな?」
返事はただのうめき声だ。
耐えられようが耐えられまいが、ヒリュウには関係のないことだった。
ヒリュウは男の足首の腱を切断した。
主の血のついた包丁を放り投げる。カランカランと音を立てて転がった。
調理油を見つけたヒリュウは自分と男にかからないように気をつけながら、けれど適当に撒いていく。最後の仕上げに火を放ったら、そこはもう大火事状態だ。ヒリュウの髪と同じ色のモノが熱をまき散らしながらユラユラと揺れている。
男は事態を把握するほどの余裕がない。そんな男に、一方的に言い放つ。
「俺はこれ以上何もしない。君の命を奪わないでいてあげる。運が良ければ、助かるんじゃないかな」
それは、ヒリュウに腕を折られた食堂のオーナーが命乞いをしている時の事だ。
半開きになった扉を不審に思った男は、そっと中を覗き込んだ。フードを目深にかぶり、相手からは顔が見えないようにした上でだ。
赤い髪と空色の翼、危険性と穏やかさという二つの性質を見せる青年が、金翼の中年男性をいたぶっていた。
「……っ!」
あまりに残酷な場面に、声が上がりそうになるのを抑え、その様子を注視する。
青年は、男性が抵抗できなくなってもいたぶるのをやめようとはしなかった。
「どうかしたの、ティーグル」
背後から掛かった女の声に、ピクリと肩を震わせる。ティーグルと呼ばれた男は素早く振り向き、人差し指を口に当て視線で建物内を指した。
緊迫を感じ取り、女も音を殺して扉の中を覗き込む。
「えっ……」
「しっ! ……声を上げるな。あいつは危険だ。見つかったらきっと……俺たちだってただじゃすまない」
「でも、そんな……」
女の方は明らかに動揺していた。
ティーグルは、そんな彼女の不安を和らげようと肩に手を置く。けれど、その手は震えていた。
「いっ……。痛いわっ……」
「あ、すまない」
青年の行動を見ているうちに、我知らず力が入ってしまったようだ。
凄惨な暴行を加え、火を放ち、命が助かるのが絶望的な状態を作り出した上で、止めだけを運に任せる。
それはティーグルには、青年の残虐性から来るお遊びにしか思えなかった。
怒りによる頭痛を感じながらも、青年が満足げにこちらに向かってくるのが分かり、女とともにその場を離れた。
青年が完全に去るまでの時間。それはティーグルにはとても長く感じられた。
青年が戻って来ない事を確認した彼らは、急いで食堂の中に掛け込んだ。
一人になったヒリュウは薬を飲み、昨夜の食堂へと向かう。
そこにいたオーナーに暴行を加え、止めを差さずに食堂に火を放って立去った。
それを目撃していたティーグルという名の男とその仲間の女が、ヒリュウが去った後に食堂に飛び込んでいった。




