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少年の事情

 ヒリュウが目を覚ましたのは夜明けとほぼ同時だった。

「ヒリュウさん!」

 一晩中ヒリュウを見守り続けていたニーナは安堵と歓喜から少し大き目の声を上げる。その声に反応して、ヒリュウの手を握っていたホーンズと長椅子の上で丸まっていたミューが目を覚ました。

「ヒリュウさん、どこか具合の悪いところはありませんか?」

「ん……? ニーナちゃん? どうしたのそんな顔して」

 ヒリュウは起き上がろうとして、自分の左手の状況に気づいたらしい。握りしめている手を軽く見た後、今度はその手の主に目を向けた。

「……? どちら様?」

「オレはホーンズ。縁あってお前を看病していた」

「看病?」

 首を小さくかしげるヒリュウにニーナはホッとした。

(いつものヒリュウさんだ)

「あのさー、俺昨日の記憶が全然ないんだけど……なんかあったの?」

「あったなんてもんじゃないよ! 死にかけたんだよ!」

 割って入ってきたミューを、ヒリュウは怪訝な目で見つめる。

「どうして君がここに? ねぇ、ニーナちゃんいったいどういうこと?」

 ヒリュウはしっかりミューを覚えていた。

「感謝してください、ミュー君はヒリュウさんを助けてくれたんですから」

 ニーナはホーンズが宿を貸してくれ、ミューが能力を使って治してくれた事を説明した。

 しかしその際、ヒリュウを苦しめていた毒薬……ロインドについては話さなかった。なんでもなさそうに振舞ってはいるから、おそらくヒリュウはうなされていた時の事を覚えていないのだろう。覚えていないのなら、思い出させない方が良い。三人で話しあって決めたことだ。

「へぇ、俺そんな大変な事になってたんだ」

「軽く言わないでよね、本当にギリギリな状態だったんだから」

 口を尖らせるミューに、ヒリュウは微笑みかける。

「ありがとね、少年。助かったよ」

「おい、オレにも感謝の一言くらい言ったらどうだ。一晩中手を握っていてやったんだぞ」

「えー……。どうせ握ってくれるならニーナちゃんのほうが良かったのになぁ。もしかしてホーンズってこっち側の人?」

 右手の甲を左頬に当てたヒリュウを見て、ホーンズは勢いよく立ち上がった。

「それはこっちのセリフだ馬鹿野郎! 誰が好きこのんで男の手なんか握るか! テメェが放さないからついてやったんじゃねぇか! テメェこそこっちなんだろ!」

 ヒリュウに習い、ホーンズも同じようにポーズをとった。

 ヒリュウはにっこりと笑う。

「そうだよ」

「は……何を」

 予想外のヒリュウの反応に、ホーンズは対応できなかった。ニーナもミューと顔を見合わせる。

 そんな様子に満足したのか、ヒリュウは唐突に言った。

「なんか食べたいなぁー。……あ、プル買ってきてよ」

 南の国の特産物の名を挙げ、ニーナ達を困らせる。

「プ、プル?」

「売ってるわけがないだろう、バカ。土地を考えて言え」

「えー、でも俺あれが食べたい! 食べたい食べたい食べたい!」

 駄々をこねるヒリュウに、ニーナはため息しか出ない。普段なら、何バカなこと言ってるんですか、と流せたもののあれだけのコトの後だ。できる事なら叶えてあげたいと思ってしまう。

「……しょうがないですね。探すだけ探してみます」

「正気か? 探さなくても分かることだろ。あるわけない」

「私だってそう思いますよ。けど……ヒリュウさんが食べたいって言ってるんですから」

 ニーナはマントを取り、手慣れた様子で羽織った。

「僕も行くよ! 一人より二人の方が効率が良いでしょ」

 ミューもニーナに続いて扉へと向かう。

「おい、オレを一人にするな」

「俺と二人だよ」

「オレをこいつと二人にするな! おぞましい」

 ホーンズも慌てて外へ出る準備をする。

 それを見たニーナが足を止めた。

「ヒリュウさんを一人にするわけには行きませんし……二人が探しに行ってくれるなら、私はここに残りますよ」

「俺は別に一人でも平気だよ、ニーナちゃん。みんなで行ってきてよ……その方が見つかる可能性も上がるだろうし」

 言葉の最後に本音を感じ取ったニーナは、分かりましたと一言残して部屋を出た。



 ニーナとミューが並んで歩き、その後ろをホーンズがついて行く。早朝だが、店を開く人が準備を始めているため、人影が存在している。

「ミュー君、ありがとう。ミュー君には感謝してもしきれないよ」

 最初は邪険にしてしまったのに現金な話だが、ヒリュウを助けてもらった事に心からの謝辞を述べた。

「気にしないで。だってニーナお姉ちゃんに助けてもらった命だもん。これくらい大したことないよ」

 屈託なく笑う表情はまだまだ子供らしく、昨夜人一人の命を救ったとは信じられない。

「そういえば小僧、所属はどこだ? 外泊許可など下りていないんだろう。帰らなくて良いのか」

 ホーンズの言葉に、ミューは歩みを止めた。

「良いんだ。僕はもうあの施設には戻らないから」

 施設、というのはあの病院の事だろう。

 白翼族のほとんどは病院で人生を送る事になる。治癒能力を生かして、生涯にわたり社会に貢献するために。幼いころから住みこみで技術を学ぶのはもはや当然の事と化している。

 しかし、ミューはニーナを追って来たと言っていた。

「何かあったの?」

 白翼族の常識的な行動とは言い難い振舞いをするミューに、ニーナは優しく聞いた。しかし少年は俯くばかりで、言葉を発する気配はない。

 すると後ろにいたホーンズが「はっ」っと馬鹿にした声を上げた。

「そんなことができると思ってんのか? 治癒能力という特技はあれど、白翼族は弱い種族だ。群れから外れては生きていけねぇだろ」

「……」

 ミューはうつむいたまま黙り込む。

「ちょ……ホーンズ!」

「本当のことだ」

 ニーナの批難などお構いなしに彼は言葉を続けていく。

「白翼の連中は決められた場所で能力の訓練を受け、病院で働き一生を過ごすと聞いている。それ以外の生き方なんかねぇはずだ」

 ミューが勢いよく顔を上げた。

「分かってるよ! でも、僕嫌だったんだ。あそこに居るの……。僕は白翼族だし、ホーンズの言う通りの生き方しか知らない。それは事実だけど、それでも僕は嫌なんだ。もう、あそこに居たくない。怖いんだ」

「怖い?」

「うん、自分の存在がなんなのか分からなくなるんだ。誰も彼も、僕たちの顔を……ううん、翼を見れば、治してくれ治してくれって言ってくる。きっとね、言ってる人は僕のことが見えてないんだよ。白い翼を目印として持つ便利な道具、とでも思ってるんじゃないのかな? 誰も僕という人間を見てくれないんだ。だからね、時々分からなくなる。僕は本当に人間なんだろうか、って。感情のままに行動することが許されるはずなのに、自由はなくて」

「贅沢な悩みだな」

 ミューの言葉を遮り、ホーンズが言う。

「羨ましい事だ。オレもそんな風に悩んでみたいよ」

 言葉の内容は皮肉のようだが、不思議な事に口調がそう感じさせない。

「ホーンズ?」

「ニーナ、てめぇは知ってるだろ。オレの仕事がどういうものか」

 その言葉にニーナは沈黙した。するしかなかった。

 二人きりだったなら、とニーナは歯痒く思う。二人だけなら、あの時の約束を反故にして、何か掛けられる言葉もあっただろうに。

「それよりも、だ。プルの実を探すんだろう。アテはあるのか?」

 ニーナは苦笑する。

「一軒ずつしらみつぶし……かな」

 ホーンズは眉間にシワを寄せたまま、盛大なため息をついた。

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