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運命の再会

 売人の男――彼はホーンズと名乗った。

 話を手短に済ませたニーナは彼にヒリュウを預け、部屋を飛び出した。それから十数分。病院の場所が全然分からない。

(どうしよう……。このままじゃヒリュウさんが死んじゃう……)

 視界が歪む。目から熱いしずくが流れ落ちていった。手でぬぐうことをせず、瞬きだけで視界を開こうとするが、絶え間なくあふれ出るそれのせいで一向に改善されない。

「お姉さん」

 姉を呼ぶ声が聞こえる。迷子か何かだろう。しかしニーナには、時間的にも精神的にも、他の人間に構うだけの余裕がなかった。

「お、お姉さん!」

 声が耳に届くと同時に、マントをキュッと引っ張られた。

(こんな時に人違いされるなんて……)

 イライラを胸に抱えながらも、できるだけ怖がらせないように声の主を見た。

 そこに居たのは、子供と大人の間の、まさしく少年だった。黒髪に紫の瞳を持つ彼は、ニーナが想像していたよりも、いくらか大人だ。

(この歳で迷子なの……?)

「どうしたの、ぼく? 迷子かな?」

 感情を表に出さないようにしてやさしく問いかけると、少年は意外にも首を横に振った。

「お姉さん、僕のこと忘れちゃった? ……あれ、お姉さん泣いてる! なんで泣いてるの、どこか痛いとこあるの? 僕が治してあげるよ」

 大きな紫の瞳がニーナをのぞきこんでくる。

 そこでようやく、ニーナは目の前の少年と面識があることを思い出した。

「あぁ! あの時の……」

 四日前、エントリアルドでニーナが助けた白翼族の少年だった。今は濃い色の布で覆われていて見えないが、おそらくその下には純白の翼があるのだろう。

「思い出してくれた? 僕ね、お姉さんを追って来たんだ」

 嬉しそうにニーナに抱きつく少年。しかし生憎、ニーナには和んでいる暇はない。

「ごめんね、今君に構ってる余裕がないんだ」

「君じゃないよ、僕にはミューって言う名前があるんだ」

 ぷくっと頬を膨らませる様子に、ニーナは可愛さではなく苛立ちを覚えた。

「あのねミュー君、お姉さん今すごく忙しいの。君に構ってる暇はないの、分かる?」

「分かった。僕お姉さんに協力するね!」

 全然分かっていない。

こんな事に時間を取られている暇はない。今は一刻を争う事態なのだ。

(早く病院を探さないと……ヒリュウさんが死んじゃう……!)

「お姉さんどうして泣いてたの? 怪我なら僕治せるよ」

「いいって、怪我なんかしてないし……」

 今必要なのは怪我を治す力ではなく、病気を治す方の力だ。

「…………ねぇ、もしかして病気とかも治せる?」

 半信半疑よりもっと疑いに寄った期待で、ニーナはミューに問うた。

「治せるよ。お姉ちゃん、怪我じゃなくて病気なの?」

 あどけなく首を縦に振った様子を見て、現状に対する認識が変わった。この少年と出会えた事が運命としか思えない。

 ニーナはミューの手を取る。

「お願いミュー君! 助けて欲しい人が居るの!」

「お姉さんの頼みなら、僕なんだってするよ」

 ニーナはミューの手を引き、駆け足で宿屋へと向かった。



 部屋に入ったニーナの目に入ってきたのは、想像を絶する光景だった。

「遅い。……手遅れになるところだったぞ」

 ホーンズはヒリュウの枕元で椅子に腰かけ、どういうわけかヒリュウの手を握っていた。

「ものすごくうなされてんだよ、俺を兄貴だと勘違いしてるらしい」

 手を放そうとすると、

「……いか、な、いで……お兄ちゃん……」

 まるで子供が親にねだるかのように、必死にそう言った。

「さっきからこの調子だ。おかげで看病も満足にできねぇよ」

 結局手を放す事ができなかった彼は、持ち上げかけた腰をもう一度下ろした。

「ミュー君、看てもらえる?」

「うん」

 ミューを見たホーンズが半眼になる。

「そんなガキに治せるのか?」

 実のところニーナも疑問に思っていた。白翼族とはいえ、こんな子供に治せるのだろうか。

 ミューはヒリュウのそばに寄ると、両手を彼にかざし始めた。

「いったい何を」

「黙ってて」

 ホーンズの言葉を遮り、ミューはゆっくり息を吐き出していく。頭、胸、腹……と、順番に手が滑っていった。

 瞳を開いたミュー。その表情には恐怖が浮かんでいた。

「……ミュー君、どう?」

「ひどい状態だよ。毒を飲まされてる」

 毒と聞いて真っ先に思い浮かんだのはさっきの食堂だ。

(やっぱり毒だったんだ……)

 あの状況で突然倒れたのだ。毒だということは想定内だった。

 脳裏に浮かぶのはヒリュウにぶつかろうとしてきた大男。あの男が食堂の人間にヒリュウが空翼である事を吹きこんだに違いない。

 ニーナは強く唇をかんだ。後悔が身体の中で大きくなっていく。

 ――マント無しで歩くのをもっと強く止めれば良かった。

 ――料理に感じた違和感を早く伝えていれば良かった。

 こんな事態に発展するなんて予想できなかった。しかしそれは言い訳に過ぎない。防ぐチャンスはあったのに、それをしなかった。その選択をした、のだ。

「おい、今は落ち込んでてもしょうがねぇだろ」

 俯くニーナの頭に手を掛け、軽くゆすった。

「それで小僧、治せるのか? 治せないのか?」

「治せるよ。体の方はね」

「体?」

 首を傾げるニーナに、ミューは素早く頷いた。

「そう。僕たち白翼族は治癒能力を持ってるけど、それはあくまでも肉体的なものだから、精神の方は治せないんだ……」

 疑問がひとつ。

(毒って精神を蝕むの?)

 疑問が顔に出ていたのか、すぐさまミューが補足する。

「普通の毒なら神経系とか内臓系に影響が出るんだけど、今回はその類の毒じゃない。この人が飲まされたのは、猛毒……ロインドだよ」

「ロインド?」

「そう。ロインドは本人の一番触れられたくない記憶を刺激して、死にたいと思わせる効果があるんだ。健康な肉体の機能を死ぬまで低下させるんだから、すぐには死なない」

(記憶……? だからお兄さんがどうとか……)

 いまだにうなされ兄を呼ぶヒリュウ。彼の症状と毒薬の効果が結びついた。

「じゃあ……ヒリュウさんは治らないの?」

「……僕にできることはするよ。体も治すし、毒も取り除くからこれ以上苦しむことはない。でも……服毒してから今までに受けたダメージは消えないんだ。体が治ったとしても、精神の方は治せない。元の人格を保っていられるか……それは分からない」

「そんな……」

(あの時私がもっと早く言っていれば!)

 妙なにおいに気づいていたのに、何もできなかった。その結果としてヒリュウさんをこんなにも苦しめてしまった。

「ヒリュウさん、ごめんなさい……」

「お姉さん……泣かないで。僕がきっと治すから。それまで待ってて」

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