予期せぬ再会
しばらくして、ようやく食事が目の前に出された。
「やーっと来た!」
「なんだか、すごく待たされた気がします」
ニーナ達よりも後に入ってきた人の方を見ると、すでに食べ始めている。
「これも一種のサービスだったりして! 空腹は最高の調味料って言うし!」
「……その前向きさ、私も見習いたいです」
ヒリュウはいただきますと言いながら、さっそくチキンにかぶりついた。
空腹にメインは重いと判断したニーナはスープを飲もうと、器を口に寄せ、そこで手を止めた。
(なんの料理だろう?)
ひき肉と野菜と思われる透き通った物体が浮かんでいる。
(あれ? でもこのにおいは……)
スッーと鼻に抜けるにおいだ。けれど、それらしきものは中に見当たらない。
気のせいだったのかと思い、口に運ぼうと器を持ち上げる。と――。
ガシャン。
「うっ……っく……」
「え……」
皿が床に転がり、無残にも砕けた。中に入っていたチキンスープが床を汚す。
「ヒリュウさん!」
慌てて立ち上がりヒリュウに近づくニーナ。ヒリュウは頭を押さえて、テーブルに突っ伏してしまった。
「ヒリュウさん! ヒリュウさん!」
「だ、れ……?」
「私です、ニーナです。しっかりしてください!」
呼吸も荒く、明らかに異常な状態のヒリュウ。
ニーナは途端に怖くなった。
(どうしよう。どうしたら……?)
自分一人ではどうすることもできない。白翼族のような治癒能力も、病気を診て治療する技術も、何もない。
「すみません! ツレの様子がおかしいんです!」
声を張り上げて、周りに助けを求める。けれど、こちらに近寄ってくる人は誰もいない。遠巻きに見ているだけで、動いてくれない。
(どうして?)
苦しんでいる人が居るのに、誰も助けてくれないのはどうしてだろう。それどころか不審な目が自分達に向けられているような気さえする。
ニーナがその原因に気づいたのは、呻くヒリュウを再度確認した時だった。翼が見えていた。
もう一度周りを見て、絶望した。
(ここに助けてくれる人は……いない)
ヒリュウのマントをすばやく整え、脇に腕を差しいれ彼の体を持ち上げる。体格差のせいで、ニーナはどうしてもふらついてしまう。
「ヒリュウさん、この近くの病院ってわかりますか?」
「……」
返事はない。
ヒリュウの足を引きずらせながら、食堂の出入り口へと向かい歩いて行く。
人の群れはニーナ達を避けるように動き、奇妙な道ができる。恐れや侮蔑、関わりたくないという負の本能から生み出される道。ニーナにとっては幼いころから歩き慣れた道だった。
「……いい」
ボソリと小さな声で呟くヒリュウ。
「病院には……ハァ、ハァ、……、行かない」
「そんなこと言ってる場合ですか? そんなに弱ってるんですよ」
ヒリュウの言うことを無視して、ニーナは食堂を出て病院を探した。けれど、視界に入る範囲では見当たらない。
「この街に来たことあるんですよね、だったら病院も……」
「っ……いいってば!」
ニーナの言葉を途中で遮り、ヒリュウはニーナを突き飛ばした。しかし、自力で立つことさえできないヒリュウはそのまま地面に倒れこんでしまう。
「うっ……」
「もう、ヒリュウさん! 手間かけさせないでください。そんな状態で病院に行かないだなんて……死にたいんですか?」
言いながら、ニーナは不安になっていく。
――死。
このまま放っておけばヒリュウは死ぬかもしれない。その事実を、ニーナは自分の言葉であらためて認識した。
「ハァハァ。……っく、フゥ。……死? それも……別に……ハァ、悪くは……ない。……ッ!」
上体を起こす力すらなく、そのまま地面に寝転がったまま荒い呼吸を続けている。
「――おい、早くそいつを病院に連れていけ」
急に掛けられた声に反応して、ニーナはピクリと体を震わせた。
振り向くと、深い青の髪がまず目に入る。肩で切りそろえられた髪に几帳面さを感じた。
(あれ? なんか最近、同じような感想を抱いた気が……)
そうだ。彼は一度自分を助けてくれて、その上で中途半端に置き去りにした空翼族の売人だ。しかし彼に恨み事を言う気はない。彼はニーナを空翼族の女の子だと勘違いして助けてしまっただけなのだ。
「何をぼさっとしてるんだ。そいつを死なせたいのか?」
売人の男はヒリュウを慎重に抱き起こし背負った。
誰にも助けてもらえなかったニーナとしては心強い。以前の彼の対応から察するに、自分はともかく、ヒリュウが空翼族である以上、協力してもらえるだろう。
「……だ、れ?」
「誰だって良いだろう。今は貴様を病院に連れていくことが最優先だ」
「……やだ」
「貴様の言うことを聞く義理はない。小娘、病院に連れていくぞ、案内しろ」
「と、言われましても……」
病院の場所はヒリュウしか知らない。探すには時間がかかる。
ニーナの様子を見た男は舌打ちひとつ。ぐったりとして動かなくなったヒリュウを右手で支えつつ、空いている片手をニーナに差し出した。
「つかまれ。ひとまずこいつを休ませられる場所に連れて行く」
「はい?」
「早くしろ」
「は、はい!」
断りづらい迫力に押され、ニーナは男の手を掴んだ。
その瞬間、目の前に見えていた景色が大きくぶれた。聞こえていた喧騒もふと途絶える。
(この感覚……)
一度だけ、体験したことがある。
(瞬間移動……?)
ニーナは男の手を握ったまま、見たことのない簡素な部屋に立っていた。
「もういい。放せ」
男はヒリュウを抱え、ベッドへと横たわらせた。ヒリュウの呼吸は荒く、話せる状態ではない。
「とりあえず、ここで休ませよう。医者は……呼んでくるしかない、か」
「ありがとうございます、助かりました」
「礼なら、こいつが治ってからにしろ。ここは食堂の向かいにある宿屋だ……お前、医者を呼んで来れるか?」
「……」
返事ができない。病院の場所が分からないニーナに、呼んで来られる確証はなかった。
「なら、看病は出来るのか?」
「……すいません」
「ッチ。使えない奴だ。ある程度時間がかかっても良いから、医者を連れて来い。いいな」
「え……場所が……」
「とっとと行け」
神経質そうな黒い瞳が細められ、ニーナは押し黙るしかなかった。




