秘密の縛鎖
食堂で注文を終えたニーナは、人の多さを確かめるように右へ左へと視線をやっていた。
「ここもすごい人ですね」
「時間も時間だしねー。空席が見当たらないよ」
ヒリュウが言った通り、数多くある席の中で開いているところがない。
「あ!」
とあるものを視界に収めたニーナが声を上げる。
「どうしたの?」
嫌なものを発見してしまった。
ニーナ達が座っているテーブルの奥の奥、厨房に近いところにその男は居た。
ニーナの視線を追ったヒリュウがきょとんと、ニーナに問う。
「誰? 知り合い?」
「知り合いじゃありませんよ。ヒリュウさん、覚えてないんですか? さっきヒリュウさんにぶつかってこようとした人ですよ!」
「……あぁ」
話題にされていることに気がついたのか、男がこちらを見てくる。ニーナは瞬間的に目を逸らす。それにヒリュウも続いた。
視線が不快だったのか、男は立ち上がり店の奥へと入っていった。……席を変えてくれるよう交渉でもするのだろうか。
意識して男の方を向かないようにするために、視線を店員に合わせた。
店員たちはみんな翼を薄布で覆っている。店を衛生的に保つために行われる、飲食店ではよく見られる光景だ。他にも医療施設などで行われている。
席で食事している人の中に薄布を纏っている人を見つけて、ニーナは目を引かれた。
(あ……白翼)
目を凝らせば、透けて何色か判断できる。
ふと、ニーナの中で疑問が浮かぶ。
「ヒリュウさん。ヒリュウさんの人探しはしなくて良いんですか? せっかく大きな街なんだし、探してみれば良いんじゃないですか?」
エントリアルドでも探せば良かったのではないだろうか。あそこほど大きな街はそうないのだから。
自分のことではないにも拘わらず、ニーナは少し後悔していた。
「……………………あぁ!」
ヒリュウは自身の顔の前で、両掌をぱんと合わせた。
「ねーさんのこと! 黒翼族探しに夢中ですっかり忘れてた!」
「……は?」
(忘れてた? というか、ね、ねえさん? 恋人じゃなくて?)
お姉さんを探しているというのは初耳だ。しかし、忘れてたくらいなのだからヒリュウにとってどうでもいい話なのだろうか? 家族を探すのがどうでもいい……?
自分で考えても混乱するばかりで答えが出ない。とりあえず段階を踏んで聞いてみることにした。
「あの……『ねーさん』と言うのは、姉という意味の『ねーさん』ですか?」
「それ以外に何かあるの?」
彼は、さも当たり前のように、小さく首をかしげた。
「ヒリュウさんは家族を探していて……忘れたんですか? さっすがに、家族を忘れたらダメでしょ!」
「いやー、俺目の前に楽しいことがあったら全力で楽しむようにしてるし。ニーナちゃんで……ニーナちゃんと遊ぶのが楽しくて忘れちゃったんだよ」
ブラウンの瞳を細めて笑うその姿は、絵画から抜け出してきた人間のように美しく魅力的だった。ニーナは一瞬見惚れかけて、しかし思い直す。
(今この人、私で、遊ぶのが楽しいって言いかけたじゃない!)
それに、ヒリュウが優しいだけの男じゃないということは知っている。何度か目の前で見ている。あの残虐性にあの強さ。怒りの矛先が自分に向いたらと思うと、ゾッとした。
(あれ? …………強さ?)
ふと自分の思考に疑問が浮かぶ。空翼族は強い種族ではない。それはニーナがフリを続ける上で気にしていることでもある。あまり速く飛んではいけない。あまり強い力を発揮してはいけない。
(普通の空翼族なら、私より強いはずない……!)
ニーナはようやく、自分がヒリュウに抱いている違和感に気がついた。
――強すぎるのだ、彼は。
あまりにも今さらな事だった。強さなら、最初に助けてくれた時から分かっていたはずなのに。
しかし自分の隠し事にばかり気を取られていたために、ヒリュウの様子に疑問を抱けるほどの余裕は存在しなかった。
「ニーナちゃん? どうしたの、そんなに見つめられたら、さすがに照れるんだけど……」
「……な、なな、なんでもないです」
慌てて目を逸らす。ドキドキと、心臓が音を立てて加速していく。
ニーナはヒリュウの隠している何かに気づいてしまった。――けれど、言えない。
(下手な事を言って、私が染翼しているってバレたら……)
違法行為に手を染めていることに幻滅されるかもしれない。元の翼を見せてくれと言ってくるかもしれない。そしたらきっと……ヒリュウの、普段は温かみを含んでいる瞳が、冷たい軽蔑の目に変わってしまうだろう。
拒絶されるのが、怖い。だから言えない。
あの冷たい視線を知り合いから浴びせられるのが、何より恐ろしかった。




