破れたマント
逃げるように城下町エントリアルドを出て、三日半。空がオレンジ色に染まった頃、ようやく次の街が見えてきた。
「あー、やっと街が見えてきましたよ」
「んー? 俺にはまだ道が延々と続いてるようにしか見えないんだけどー」
木々が生い茂る中、誰が作ったのか自然にできたのか分からない一本の道を二人は並んで歩いていく。
目の前を流れる川は底が透けて見えるほど澄んでいて、見えてはいても人が多く集う街まではまだ距離があることを感じさせる。
とても跨いでは行けそうにない幅なので、二人は辺りを見回した後、翼を広げた。羽ばたかせるたびに体が宙に浮いてゆく。
「狭いから気をつけてねー。翼が木に当たったりしたら危ないから」
「平気ですよ。子供じゃないんですから……っと、とと」
ヒリュウが注意したそばから、ニーナは木にぶつかりかけた。なんとか避けたと同時に、ビリビリと裂ける音がする。
「あ」
ニーナの背中を覆っていた布が、破れて木に引っ掛かった。
「わ、わ、わ」
破れた布が邪魔をして上手く翼を動かせない。そして翼が動かないということは、重力によって地面に引っ張られるということだ。
落ちてはなるものかと無理に動かすと、さらに布が裂けていき、完全に切れた。逆らう力がなくなり――ニーナの体は急上昇した。
「アダッ!」
鈍い、音がした。
頭上にあった太い枝の存在に気づかなかったわけではないが、落ちないようにするのが精一杯で、上の方まで対処ができなかった。結果的に頭のてっぺんを強かに打ち付けることとなった。
「うわー、痛そう……」
ヒリュウの声を無視して、ニーナは頭を両手で押さえ、体を丸めこむ。
「……っ、……~っ! ……っ!」
声を出す余裕もないほど痛かった。
ふらりとヒリュウが近寄ってくる。そしてニーナの瞳をのぞきこんだ。
「あ、泣いてるぅ」
涙目のニーナ。それを大変楽しそうな笑顔で眺めるヒリュウ。
笑顔がこれほど神経を逆撫ですることがあっただろうか。
「う……っさい! あっち行ってて!」
いつの間にか肩と腰にあったヒリュウの手を外そうと、両手でヒリュウの体を押した。
「やだニーナちゃん、八つ当たり?」
「うるさいってば!」
人が痛がっているのを笑顔で見てくる人間に対して苛立つことが八つ当たりなのだろうか。極めて正当で正常な感情だろうと、ニーナは思う。
「ほらほら、落ち着いてー。痛くない、痛くない」
まるで小さな幼児に接するように、優しく彼は言った。
「大丈夫? まだ飛べそうにない?」
問われて初めて、ニーナは自分が翼ごと縮こまっていたことに気がついた。ヒリュウが支えてくれていなければ、すでに下に落ちていただろう。
「……ありがと」
言い方がつっけんどんになってしまった。
しかしそれをヒリュウは笑顔で受け流し、
「どういたしまして」
と柔らかな声音で言った。
しっかりとした翼取りで進んでいくヒリュウと、ややフラフラしながら彼の後をついて行くニーナ。ほどなくして川を渡り終える。
地面に足がついた時、ニーナはようやく安堵した。
「ふぅ……」
「おつかれ。ニーナちゃん、頭大丈夫?」
「平気……とまではいきませんけど、まぁ耐えられる痛みです」
ヒリュウはニーナに近づき、身長差を活かしてニーナの頭を見下ろした。そのまま不用意に手を伸ばす。
「痛っ!」
声を上げたのはヒリュウだ。ニーナに思い切り手を叩かれたのだ。
「何するのニーナちゃん!」
「お願いです! お願いですから今は触らないでください!」
ニーナは痛みを思い出し涙目になりながらそう訴えた。
(ヒリュウさんだったら冗談で思いっきり押してきそうなんだもん!)
「腫れてるかどうか触ろうと思っただけなのにぃ……」
「腫れてます! 触らなくても腫れてるのが痛みで分かるくらいです! だから触らないでください」
打ち付けた後、本当は触るのも恐ろしかったが、どの程度の傷なのか確認をしないわけにもいかなかったので、ズキンズキンと痛む部分に手を触れた。つま先まで駆け巡る痛みに、目がちかちかしてしまった。けれど幸いな事に、血は出ていようだ。
「それよりニーナちゃん、どうしよっか、ソレ」
ヒリュウはピッと指差した。
気が遠くなるような痛みを軽く流されるとそれはそれで腹が立つ。が、自然とヒリュウが指した方向へ視線を移してしまった。そして、疼くが我慢できないくらいの痛みを気にしている場合じゃないと気がついた。
「……困りました」
マントのあった場所には、ボロ切れとしか言いようのない残骸があるだけだった。




