空翼族、ヒリュウ
「私の予知に出てくる頻度で一番高いのは金。次いで銀です。人数が多いことが要因だと思います。あとは炎と緑が出てくるのは、彼らの戦闘能力が高く、傭兵などの仕事をしているのが理由です。……空翼族はその……」
リンリはチラリとニーナの方を見やる。それに気づいたニーナは、彼女の視線をたどりハッとした。ほんの少し、乱れた箇所から翼が見えていた。ほんのわずかな隙間だが、近距離だと色が分かるくらいだ。
「何? リンリちゃん、空翼族はどうして予知に出てくると思うの?」
ニーナは翼を隠しながら、できるだけ優しく笑顔を作りながらそう言った。
「それは……」
リンリはためらいながらも口を開く。
「……空翼族は、すでに取り返しのつかないほど社会から孤立しています。そのため本来受けられるはずだった社会的恩恵を受けられず、生きていく上で不自由をする場合があるのです。彼らは生きるために……罪を犯さざるを得ないのです」
リンリの表情に変化はなく淡々としていたが、非常に気を使って話しているのが、ニーナには伝わってきた。
「そうだねー。空翼族は悪くない。悪いのは……社会と、自分で考えもせずに当たり前を受け入れてる奴らだねぇ」
横に立っていたヒリュウを、何気なく見上げたニーナは背中を何かが這いまわるような不快感に襲われた。
――恐怖だ。
彼はいつもと変わらない笑顔だったけれど、目だけが、笑っていない。
「あの……ヒリュウさん……?」
「ん? なぁに?」
話しかけるといつもの調子だ。
(勘違い……だったのかな? …………ううん、そんなわけない)
それにヒリュウが怒る理由に、心当たりがあった。
――空翼族。
ニーナは本当に空翼族なわけではない。だから彼らがどう扱われてようとも、問題に直面しなければ気になどならない。その気になれば、翼の色を元に戻せば良いのだ。
けれどヒリュウは違う。彼は空翼族なのだ。肉体的には弱いのに、誰も助けてくれない。それどころか、差別され、それが当然のことのように扱われる。
おそらくヒリュウにも昔何かあったに違いない。そう考えたニーナは強引に話を変えることにした。
「黒翼族が予知に出てこないってことは、戦闘能力が低いか数が少ないか……あとは、存在しないか……ってことになりますね?」
「おそらく、としか言えませんが」
リンリはこくりと頷いた。
と、バタバタと足音が聞こえてきた。
「居たぞ! 侵入者だ! 確保しろ!」
「待て! そばにリンリ様がおられる。リンリ様の安全が最優先だ」
先程倒してきた警備兵が目を覚ましたか、もしくは気絶しているところを誰かが発見したのだろう。広い廊下を湧きでる虫の如く、うじゃうじゃと集まってくる。
「時間切れだねー。ありがとう、リンリちゃん。参考になったよ」
パチッと片目をつぶってみせるヒリュウ。その態度があまりにも余裕綽々だったからか、ニーナは苛立った。
「ヒリュウさん、緊急事態なんですからもっと真面目にしてくださいよ」
「えー。俺、今すっごく真面目なつもりだったんだけど」
「じゃあ、ものすごく……ものすんっごく、真面目な態度になってください」
「……んー。考えとくね」
つまりやらないということだろう。
そうこうしているうちに、本格的に大変な事態になっていた。囲まれていた。リンリが近くにいるから無理に距離を詰めようとはして来ないものの、前にも後ろにも人、人、人だ。
「ニーナちゃん、手」
言葉と行動が同時だった。ニーナの手を掴み引き寄せると、ヒリュウはバサァッと見せつけるように翼を広げた。
「ニーナちゃんが真面目にって言うから、俺ちょっと本気でやるね!」
ふにゃふにゃした笑顔を保ったまま、彼はニーナを抱えてまっすぐ警備兵の群れに突っ込んだ。
「ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
(捕まえようとしている相手に飛びこんでいくなんて無謀だ!)
ほとんどぶつかる勢いで向って行くことになったニーナは固く目を閉じた。
しかし、予想していた衝撃はない。ただブンブンと右へ左へ引っ張られる。
(……聞こえてくる打撃音が……うぅ、想像したくない)
ニーナが目を閉じている間、ヒリュウは向かってくる相手を一人一撃で沈めていた。
「こ、こいつ……! おい、応援を……ガハッ」
「あー、ごめんねぇ。加減をちょっと間違えちゃった」
顎が、原形をとどめていない。
「こいつ、クズ翼族のくせに恐ろしく強いぞ!」
警備兵の一人がそう言った。
ニーナの中で、小さな違和感が胸をよぎった。
「へぇ、この期に及んで蔑称で呼ぶなんて……君には、力加減を誤ってしまいそうだよー」
言いながら、その男に近づいてゆく。もちろん間にいる他の警備兵を倒しながらだ。
「ひぃっ!」
圧倒的な強さを目の当たりにして、情けなくも男はその場にへたり込んだ。
「……あれ? もしかして戦意喪失? うーん、困ったなぁ……戦う相手じゃなけりゃ、うっかり殴っちゃったとは言えないしなー。あぁ、そうだ。気づかず踏んでしまったことにしよう」
男が身を縮こまらせようとしたその一呼吸前に、ヒリュウは男の喉元を踏みつけていた。キューッ、と空気の漏れる音がした。
「ヒ、ヒリュウさん! 逃げるのが先です!」
「……そうだね」
ニーナはこの場を離れるよう促した。しかしそれは自分の安全の確保というより、警備兵の安全の確保と言った方が正しい気さえする。
先程話していた時にも感じたように、ヒリュウは空翼族に対して敵意を持っている人間には冷たい。……いや、冷たいと表現できるほど穏やかではない。もっと積極的な敵意や憎悪だ。
自分にとっては恩人に当たるが、本当について行って良いのだろうか?
ヒリュウに連れ出されながら、ニーナはそう思った。




