桜翼族を訪ねて
「へぇ、ここに桜翼族が居るんですか?」
「居るだろうねー。会えるかは分からないけどさ」
一夜明け、ニーナとヒリュウは街の端にある二階建ての大きな建物の前に来ていた。周りに商店などがないため人気は少ない。建物の方も立派な造りだが派手さはなく、周囲は落ち着きを見せていた。
昨日白翼族に話を聞くのに失敗してしまったが、めげることなく次の種に聞き込みをすることにした。
今日は、桜翼族がターゲットだ。彼らは予知能力を持っているため、村や街、場合によっては国の重要な役職についている。
「守り花に会うことができるのって、この街の住人でもそうはいないだろうし、俺たちが会うのは難しいだろうねぇ」
守り花とは、桜翼族の多くが就く役職のことだ。予知により周りの人間を守るその性質と、花が由来のその種族名を合わせて付けたらしい。
ヒリュウが目の前にある扉を押す。木で作られた、しかし厚みを感じるそれ。まるで人を拒んでいるようだと、ニーナは感じた。
しかし扉は拍子抜けするほどあっさりと開く。
建物の中に入るとすぐに、また扉があった。その前には金翼族の男が二人立っている。服は動きやすそうな警備隊のものだ。金の糸による刺繍が、ジャケットは胸のあたりから裾まで、ズボンの方は裾の部分に大きくされている。
「ここになんの用だ」
「用事のない者をこの先に通すわけにはいかない」
いかつい顔と声で歩みを阻まれ、ニーナは無意識にヒリュウの陰に隠れた。
「ここの守り花に会いたいんだけど、ダメ?」
圧倒されてしまったニーナとは違い、ヒリュウは堂々と尋ねる。
「ダメだ、ダメだ。そんなこと許可できるわけないだろう」
「そっかぁ。それなら仕方ないね……」
ニーナの目にはわずかに見えただけだった。ヒリュウが手刀で一撃ずつ彼らの首の後ろを叩いた。二人同時に崩れ落ちる。
「ヒ、ヒリュウさん!」
「だぁいじょうぶ。ちゃーんと手加減してるから」
「そ、そういうことじゃなくて! いえ、この人たちのことを心配してないわけじゃないんですけど……私が言いたいのはこんな侵入者みたいな真似して良いのかっていう話なんです」
「平気平気。この二人が意識を取り戻す前に街を出るつもりだから問題ないよ」
そう言って警備の二人が守っていた扉を開けた。ためらいながらもニーナは後に続く。まず左右に階段があって、そこから二階に行けるらしい。廊下もまっすぐのびている。
「どっち行きます?」
「こういう場所ってさ、お偉いさんが上の階にいるもんだと思うんだよねぇ」
そう言うとニーナの手を引いて右の階段をのぼりはじめた。
「ヒリュウさん! 手!」
「何かあった時のためだよ。俺たち見つかったらまずいんだから、はぐれちゃったら困るでしょ」
当たり前だとでも言いたげな様子で手を引くヒリュウとは対照的に、ニーナは妙に気恥かしかった。
エントリアルドに到着した時もつないだが、つないですぐはどうも恥ずかしさが全身を駆け巡ってしまう。
(深い意味はないんだろうけど……)
頼りがいを感じ、安心感を与えてもらえる。嬉しいけれど、それを認めたくない。複雑な気分だ。
声を出さないヒリュウに倣い、黙したまま彼の後を付いていく。
すると――
「どちら様ですか? 見かけない顔ですね」
二階に上がった直後、いきなり話しかけられた。
「……っ!」
突然声を掛けられ、ニーナはヒリュウの手を思い切り握った。
「大丈夫」
ヒリュウににっこりと微笑まれ、身体の力を抜く。けれど加速した心臓が急に落ち着くはずもなく、未だに早鐘を打っている。
声の主を視界に収めたニーナは、感嘆の声を上げそうになった。
(うわぁ……美人可愛い)
そこに居たのは昨日助けた白衣の少年と同じ年頃の、桜色の翼を持った女の子だったのだ。なにより驚かせたのは、その容姿。小さな顔に大きな瞳、小さな鼻、形も血色も良い唇。翼と同じ色の髪と瞳が淡い雰囲気に拍車をかけている。
ニーナはハッと我に返る。
見惚れている場合じゃない。早く逃げなければ。そう思ってヒリュウを見上げるが、彼はニーナの手をスッと放し、優雅な動きで桜翼族の少女にお辞儀をした。
「こんにちは、可愛いお嬢さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど良いかな?」
「……内容によります」
彼女は警戒する様子を見せずに答えた。
「ちょっと、ヒリュウさん」
こんな年端もいかない人に聞いてもしょうがないじゃないですか、と小声で言う。すると、ヒリュウはまぁまぁとニーナをなだめた。
質問をしようと、ヒリュウは少女に合わせて身をかがめた。
「時間がないから単刀直入に聞くけど、黒翼族って聞いたことあるかな? 黒い翼の人間なんだけど」
「時間がないそうなので簡単にお答えします。黒翼族なる者を、私は見たことも聞いたことも、そして予知したこともありません」
「予知?」
ニーナが聞き返すと、少女は顔をニーナの方に向けた。
「私たちが自分の命に関わる危機を予知するのは知っていると思いますが、その害を成す者として金翼、銀翼、炎翼、緑翼、空翼は出てきたことがあっても、桜翼と白翼……そして今聞いた黒翼族が出てきたことはありません」
「なんで……?」
彼女の様子に違和感を覚えた。
「なんでそんなに親切に教えてくれるの?」
自分達が招かれざる侵入者であると自覚している。怪しまれても仕方ない立場だというのに、彼女の態度はあまりにも無防備だ。
「聞かれたからです」
当然です、とでも言いたげに彼女はまっすぐ見つめてきた。
「そうじゃなくて……」
「ニーナちゃん、ニーナちゃん。言いたい事は分かるけど、それじゃあ多分彼女には伝わらないって。あのさ、……えーっと……ごめん名前を聞いてなかったね」
ヒリュウがニーナから会話をさらい、彼女に向かって優しく話しかける。
「リンリといいます」
「そっか。名前も可愛いね。リンリちゃんの予知でさ、俺達が出てきた事ってあるー?」
「いいえ。ありません」
「だよね。ってことだよ、ニーナちゃん」
流れが読めないまま、唐突に手もとに戻ってきた会話。しかしまったく意味が分からない。
「あー、まだ分からないって顔してるー。察しが悪いよー」
ニヤリと意地悪く笑う彼に、ニーナは口をとがらせる。
「分かりませんよ。そんな短い会話じゃ」
「私の予知に出てくるのは、私に対して敵意や悪意を持つ者なんです。……桜翼族の予知能力は、本人の身を守るためのものですから」
そう言った彼女は寂しそうに目を伏せた。
「今日貴方がたがここに来るとこは予知されていません。それは私の命に関わらない出来事という事です」
そこまで聞いて、ようやくニーナの理解も追いついた。自分に危害を加える存在でないから、平気で会話ができる。そういう事だろう。




