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ヒリュウの夜

 空色の翼を隠すことなく投げ出し、ヒリュウは大きなベッドで横たわっていた。

 ニーナの怪我の手当てが終わった後、おのおのの部屋に戻って明日に備えることになったのだ。ちなみに手当ては宿の人がしてくれた。高い金を払っているのだから、そのくらいのサービスは当然と言えば当然だが。

 慌ただしく、しかしなんの収穫もなかった一日を終えて、ヒリュウは考えていた。ひとつの疑問が脳内を占めている。

(ニーナちゃん……すごく速かった)

 あの時――白翼族の少年を助けた時、自分よりも早くに反応していた。それはどうにも解せない。

 ニーナは空翼族の少女だ。それならば自分よりも速いわけがない。

 そこまで考えたとき、ひとつの仮説が浮かんだ。

(もしかして……空翼族じゃない、とか……まさかね)

 あんな世間知らずで、頭が悪そうな女の子が違法薬物に手を出しているなんて到底信じられない。それに何より、今日染翼の薬の話をした時、彼女はその存在を知らないようだった。

(そうだ、考えすぎだよ。それに仮に薬を飲んでたとして、なんでよりによって空色なんかに染めるかな。空色にすることにメリットなんかないのに)

 空翼族に対する扱いを考えれば、誰も好き好んで空色にはしない。染翼が違法な理由だって、元をたどれば空翼族が他の種族になりすますのを防ぐことが目的だ。

(わざわざ空色に染める人間なんて、狂ってるか、何か目的があるか、よっぽどの無知か………………あぁ)

 そうだ彼女は無知だった。

空翼族になりすますことにメリットはなく、デメリットは山ほどある。しかし、それを知らなければどうだろうか。

(買う……かも。いや、買うね。絶対)

 そこまで断言できるのには理由がある。買い手が少ないため、値段が他の色のものよりも安いのだ。

 ヒリュウはそこまで考えて、うんと頷いた。

 一つの疑問に答えを出すことができたが、次いでもう一つ浮かんできた。

(だとすると、彼女は結局何色なんだろ?)

 自分から見たと言いだしたのだから黒翼族ではないだろう。そしてあの素早さを考えると、桜翼、空翼、白翼はありえない。かといって炎翼や緑翼があの程度のことで怪我をするのも、またありえないことだ。

(ニーナちゃんは金か銀だ)

 簡単な消去法。数の面から考えてもおかしくない。むしろ順当。

(そうか……彼女は金もしくは銀なのか…………)

 しみじみそう思った時、ヒリュウの胸に何か苦い物が広がった。紙が水を吸い取るように、じわり、と。

出会ったばかりなのだから、隠し事くらい当然あるだろう。ヒリュウにも隠し事の十や二十あるのだから、ニーナを責めることなどできない。頭では、理解できている。けれどどうしても、彼女が隠し事をしていたことが不愉快だった。

(深呼吸、深呼吸)

 深く息をつき、気を落ち着かせる。そしてそっと両手で顔をはさんだ。きっと今の自分は笑っていない。ヒリュウは天井に向かって笑顔を作る。

(大丈夫、大丈夫。笑顔、笑顔)

 顔の筋肉につられて、心もだいぶほぐれてきた。

(彼女がどの種族だっていいじゃないか、それは俺が気にする事じゃない)

 気にしない、気にしない。心の中で五、六度言い聞かせる。すると、本当にどうでもいいような気になってくる。

(うん、大丈夫)

 いつもの笑顔を取り戻したヒリュウは、数分前の苛立ちを、もう思い出せなくなっていた。

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