ニーナ、翔る
ヒリュウの提案通り、様々な種族からの聞き込みを開始した。
しかし、金翼、銀翼の二種族だけで八割を占めるのだから、出会う事から一苦労だ。
通りを歩く人の背に目をやるが、多くの者はマントの中に翼を仕舞っているし、出している者は金か銀。目当ての色は見当たらない。
「んじゃあ、まずは一番簡単な白翼族から行こうか。えっと病院は……」
(そうか。白翼族の能力は治癒だから)
病院と呼ばれる医療施設は、ほとんどの場合白翼族が仕切っている。数少ない白翼族だけでは手が足りず、金や銀(やや銀が多い)が手伝っているのだが、中枢は白ばかりだ。病院に行けば確実に会えると予想される。
ヒリュウが歩き出すと、あまり距離が開かないようにニーナも後を追った。
街の住人が怪我や病気の時に世話になる施設のためか、その建物は街のちょうど真ん中に位置していた。おそらく建設された当時は白く、清潔な印象を与える建物だったのだろう。しかし今や変色し、やや黄色掛かってしまっている。
ちょうど入口から出てきた白衣の人。けれどニーナもヒリュウもその人物に話を聞こうとは思わなかった。なぜならその人物はまだあどけなさの残る少年だったからだ。
「へぇ、あの歳でもう働いているんですね」
「どうだろう、まだ見習いじゃないかなー」
その時――ギシリと嫌な音がニーナの耳に聞こえた。
(え……何? けっこう近い)
金属と金属がこすれるような、それでいて鈍い音。
(……錆びてる?)
そうだ、とニーナは納得した。これは錆びた金属の音だ、と。
音は終わらない。ギリギリと重くこすれた音が続いている。
「あの、なんか……」
なんか聞こえませんか? とヒリュウに言うつもりだった。言えなかった。
ヒリュウを見上げた時に、ちょうど目に入ったのだ。徐々にずれている病院の看板が。
驚いたニーナが声を上げる前に、ガクンと看板が大きくずれる。ニーナの視界に、先程の白衣の少年がちらつく。
看板の真下に少年は居た。自分の頭上で何が起きているのか気づいていない。
助けなきゃ、とニーナの善意が意識したとき、すでに体は動きだしていた。
隠せと再三言われた空色の翼を広げ、渾身の力で翔る。
「ニーナちゃん!」
ニーナに遅れること数拍、ヒリュウもようやく事態を理解した。そんな彼の横を、ニーナは駆け抜ける。
(間に合って!)
両手を広げ、少年の体を抱きしめた。自分のスピードを制御しきれなかったニーナは、少年を抱えたまま転がった。直後に、ドカンという音がニーナの鼓膜を震わせる。
状況を確認しようと後ろを振り返ったが、何も見えない。砂煙がニーナの視界をふさいでいた。
「ニーナちゃん、無事?」
そこにやや笑顔のヒリュウが小走りにやってきた。
「この状況でその顔はないと思います」
「……地顔だもん」
軽口を叩けるニーナにヒリュウは一安心する。その時顔がわずかに弛緩した事で、自分の笑顔がややこわばっていたのだと自認した。もっともそれは近くにいたニーナにすら気付かない僅かなものだったのだが。
ニーナは少年を抱き起こし、自らも立ち上がった。
「大丈夫? 怪我はない?」
ニーナが問いかけると、少年はぶわっと泣きだした。
「えぇ! ちょっ……え……ど、どこか怪我してる? 痛い?」
「ニーナちゃんが子供泣かせてるー」
そう言ったヒリュウの声は冗談めいたものだった。
「私? 私じゃないでしょ! え? 私じゃないよね……?」
ヒリュウの声色がどうであれ、少年が泣いているのは事実だ。
どうしようと困っていると、少年がニーナの手をぎゅっと握った。
「お姉さん……」
「え?」
「……ありがとう」
いまだに涙が止まらないものの、少年はニーナにお礼を言った。そればかりかニーナを気づかって、健気にも笑顔を作ろうと頑張っていた。
「怖かった」
少年がそう言ったことで、ニーナはようやく涙の理由を理解した。
「……そうだよね」
一歩間違えれば死んでいた。その恐怖はきっと相当のものだろう。
ニーナは少年の頭を撫でてやる。
「もう大丈夫だから」
「……ニーナちゃん。落ち着いてきたところ悪いんだけどさ、もうそろそろこの場を離れた方が良さそうだよ」
ヒリュウに促されて周りを見てみると、すっかり人に囲まれていた。あれだけ大きな音がすれば必然的に人も集まってくるだろう。
しかし解せない。少年の命を助けたのだから、こそこそする必要はないはずだ。
それが顔に出ていたのか、ヒリュウは自らの背中を指して口をパクパクさせた。
〈つ・ば・さ〉
そうだった。先程勢いよく飛んでしまったため、ニーナの翼は上着からはみ出していたのだ。
(空翼族だと思われている以上、ここに長くは居られない)
きっとどんなことをしても、白い目で見られてしまうのだ。
「ごめんね。私、もう行かないといけないから……」
「待って! お姉さん、怪我してる。だから、手当てさせて」
ニーナ本人は必死だったので気づいていなかったが、両方のひじとひざ計四か所をすりむいていた。
少年はニーナの怪我に手をかざそうとするが、ヒリュウがそれを阻んだ。
「ニーナちゃん、急いで。……悪いね、少年。俺たち急ぐから」
ニーナの腕を引っ張って、そのまま空中へ舞い上がるヒリュウ。
「ちょっ! 翼!」
「平気だよ。街から少し離れたところまで飛んで、隠してからまた入ればいい」
宿のある方向とは逆に向かって、ヒリュウはニーナを連れて飛んだ。




