黒翼族を推測
行動の結果に満足を覚えたニーナに対し、ヒリュウは平坦な声を上げる。
「あーあ、結局黒翼族に関しては、未だ有益な情報はなし、か……。本当に居るのかなー?」
ヒリュウは珍しくため息を混ぜてそう言った。
これだけなんの情報もないとなると、ニーナが見た人影すら黒翼族だったのか怪しくなってくる。ヒリュウもそう感じているのかもしれない。
「でもニーナちゃんは見てるんだよねぇ?」
ヒリュウの問い方に、疑いの要素は強くない。再確認といったところだろう。
ニーナはコクリと頷く。けれどその動きは弱々しいものだった。
見間違いだったのかもしれない。唯一の根拠である記憶は、時の流れにどんどん漂白されてしまって、頼りないものになり果てている。
「となると、あと考えられるのは――薬物による染翼、かなー」
「え……?」
ヒリュウの言葉に、ギクリと全身の筋肉が硬くなる。そして息を飲んだ。
(大丈夫。私のことがバレてるわけじゃない)
大丈夫、と何度も自分に言い聞かせて平静を装った。
「あ、もしかしてニーナちゃん染翼って知らない?」
黙り込んでしまったニーナに、ヒリュウは何となしに問い掛ける。
「……」
知ってると言うべきなのか、知らないとしらを切るべきなのか……ニーナは迷った。隠し事が漏れてしまわないように、心の中を見透かされないように、あえてヒリュウのブラウンの瞳を見つめた。
「…………ふふっ」
彼は唐突に笑い声を漏らす。
「何がおかしいんですか?」
「いや、だってさ……」
ニーナとは対照的に、ヒリュウはくつろいだ様子で笑っている。
「確かに、無知は罪だよ」
いきなり哲学的な話が始まり、ニーナは曖昧に、はぁ、と気の抜けた返事を返した。
「でもさ、知らないことを知った風にしたとことで、何も得られないんだよ。知らない事は、素直に『知らない』って言えば良いんだよ」
(勘違いされた! いや、でもこれは好都合かも……)
「世の中にはね、普通に生きていると耳に入って来ない事が山ほどあるんだよー。染翼もそのひとつだねー」
「せん、よく……ですか。何なんですか、それ」
ニーナは知らないふりをする事に決めた。
「文字通りだよ。翼をー、自分の好みの色に染めちゃいましょ、ってこと。でもま、違法なんだけどね」
知ってます。と心で思いながらも、口から出るのは別の言葉だ。
「……そういえば翼を染めるって聞きませんね。違法なんですか? 髪を染めるのとたいして変わらないと思うんですけど」
自分がもし何も知らなかったら。そう考えてニーナは慎重に言葉を選んでいく。
「どちらかというと肌を染める感覚に近いんだと思うよ。肌って染めるものじゃないでしょ、普通の感覚として。俺も翼は染めるもんじゃないって思ってるしー」
「じゃあ私が見た黒翼族は、黒い翼を持っているのではなくただ翼を染めてるだけだったってことなんですか……」
自分の見たものを正直に話したニーナに落ち度はない。けれどヒリュウをがっかりさせてしまったのではないかと思うと、少し申し訳なくなった。
「可能性はあるんじゃないかな」
ヒリュウは一旦言葉を切った。
「――もし、翼を黒くする薬があるならねぇ」
「あるんですよね?」
「さぁ?」
ヒリュウは人の良さそうな笑顔を浮かべ、肩のあたりで両の掌を上に向けた。
「俺は聞いたことないよ、翼を黒くする薬なんて」
「じゃあなんでそんな事を?」
「……んー、ここからは俺の勘……いや、経験……じゃなくて、えーっと推測?」
「なんでもいいんで話を先に進めて下さい」
「んもうっ、せっかちなんだから! じゃあ簡潔に説明するけど、存在する薬をいっぺんに飲んだらどうなるのかな、って思ったんだよぅ」
「いっぺんに?」
薬には大きく分けて、七種類ある。金、銀、炎、緑、桜、空、白それぞれの色に染めるものだ。七種類の薬すべてを同時に服用するなど、自殺行為に等しい。どんな恐ろしい副作用があるか分かったものではない。
「そんなことしたら……」
「どうなるのかな? 俺は、知らないよ」
ニーナ自身、薬は用量を守って飲んでいる。どうなるのかは想像すらできない。
「試してみたいとも思わないくらい怖いことだって思うんだけどさー、やらない人間がいないとも限らないでしょ。だから、あくまで可能性なんだけどね」
「もし……そうだとしたら、目的はなんなんでしょう?」
わざわざ薬をそんなふうに使ってまでして翼を黒く染める目的は、ニーナには思いつかなかった。
「もともと非合法な薬を、さらに危険な使い方をするなんて正気の沙汰とは思えないよ。俺には理解できないな。……まぁ、ともかく」
ヒリュウは椅子から立ち上がり、横にかけておいた上着を手に取った。
「探してみない事にはなんとも言えないよ。……はい、これニーナちゃんの」
ニーナはヒリュウから上着を受け取ると、そのまま翼を覆うように羽織った。立ち上がり、簡単に服を整える。
「どうするんですか?」
「城下町だし、いろんな種族が居るんだよねぇ。だから午後からは、できるだけ違う色の翼を持つ人に話を聞いてみようと思ってさ。手分けしても良いんだけど……」
ヒリュウはニーナの顔をジッと見つめ、そして頷いた。
「よし、やっぱり一緒に聞き込みをしよう! ニーナちゃんみたいな世間知らずをひとり、それぞれの習慣を持つ人たちと合わせるのは不安だし」
「……ヒリュウさん、時々すごく失礼ですよね」
「そう思うんだったら、少しでも早く常識を身につけようね。はい、ちゃんと隠すー」
ヒリュウの大きな手がニーナの背中にまわり、わずかに引っかかっていた上着を直した。着方が雑で翼が見えていたらしい。
「ありがとうございます……」
「どういたしましてー」
手早く荷物を持ち早々に部屋を出るヒリュウ。それに続いてニーナも足早に部屋を後にした。




