第34話 私の役割×数刻前の不信
「はぁ、はぁ……はぁっ!」
倒せど倒せど敵の数は減るどころか増えていくばかり。最初に恐怖を感じて消極的だった人間ですらも周りの圧に押され引き返す事ができなくなったのか、狂気じみた瞳で剣を振るい、魔法を放つ。
戦いは人を壊す。体も、心も。
エドガー君をヒールしているために、他のメンバーは傷ついても治療無し、休みなしで動き続けている。皆、限界も近い。
特に私と共に最前線を維持しているフリューゲルさんの負担は大きく、傷の数も見る見るうちに増えていく。体のリミッターを外して超人的な力を出せる彼ですが、当然その分の負担は常人の比ではなく。今もこうして立っていられるのも、大切な人を守りたいがための心の強さあっての事。体の限界など、とうに超えているはず。
「どうした女もどき!! カッコよく助太刀に来た割にはこのざまか! 大した成果も出せないとは、ユニークスキルとやらも噂程ではないな! お前では、ここにいる誰も救うことはできない!」
疲弊していく私たちを見て、トリスタンの勢いは増す。戦いじゃなく口先ですが。
そのバカみたいな言葉に取り巻き達も頷いて馬鹿にした目で見てきますが、その声に士気を上げて無闇に突っ込んでくる人間はおらず。絶妙に頭が切れる相手ですね。
まぁその煽りも、私の役目に対して全く的外れなわけですが。
その時、ハルバードが少し震える。
合図が来た。
地面に向けて思い切りハルバードを叩きつけ、衝撃波を生み出し、敵と自分たちの間に距離を作る。そのままエドガー君の近くまで全員を下げて、一団となる。エステルさんに結界魔法を張ってもらい、一息つく。
「私一人では誰一人欠ける事無く、この場から脱出するのは難しい。ですが……狙い通りです」
「あぁ? 負け惜しみか! 生意気な事を言ったくせに何も守れないダメ人間なんだよ!! ブスな上に性格も悪いなんて救いようがねぇな!!」
「本当に救いようがありませんね……あなた方は。私がここに来て、もうどれくらい経つでしょうか? ヴァルフリート家の付き人を務めている私が何も策を練らず、勝機もなく、単騎でこの場に来たと本気で思っているんですか?」
そう言って見せると、先ほどまで余裕だった全員の表情が凍り付く。
普通なら救援者が1人来ただけでも焦る。しかし私1人しか救援は来ず、領地の堺の監視人からは連絡も来ていない。これだけの時間が経てば、『こいつは1人で来たんだ』と『思い込みたくなる』のが、悪事を働いた人間の心理。救助任務において、そんな事は普通ならあり得ない。しかしそんな甘い状況にさえも縋り付き、真実だと思い込む。哀れですね。
「さっきから見てもらえればわかると思いますが、私は足が速いです。ユニークスキル【フォース・オブ・シンギュラリティ】のおかげで身体能力が超人的になります。すなわち誰よりも早く、この場に駆け付ける事ができる。瞬間回復能力もあり、毒も効かず負傷する事はありません。マナ、気力、体力が尽きるまで動き続ける事ができます。誰よりも早く戦場に駆け付け、誰よりも長く戦線を維持できる。そんな私の役割は──【時間稼ぎ】ですよ」
「……戯言だ……そんなものは戯言だ!!! 殺せっー!!!!!」
トリスタンの叫びを皮切りに殺傷能力の高い魔法攻撃が四方八方から飛んでくる。禁断の魔法のようなものまでも飛んできていますが、どうでもいい。
届くことはないのですから。
刹那、空から爆炎が降り注ぐ。
視界の全てが眩い光りに覆いつくされ、全ての魔法攻撃は劫火に飲み込まれた。結界魔法の中にいて、さらにはこれほどまでに距離が離れているのに熱い。汗が噴き出し、まるで真夏の太陽の下にいるかのように。
爆炎が徐々に収まり、1人と1匹の飛竜の影が写る。
燃え上がるような深紅の刀身の大剣。純白のマントのついた群青色の鎧。竜に跨るその姿は伝承に登場する『英雄』そのもの。
「みんな、待たせたね。助けに来たよ」
飛竜【サラマンダー】に跨り、晴れ晴れとした笑顔を向けてきたのは、【ニック・フリューゲル】。
スカイ国を救った英雄にして、フレイ・フリューゲルさんの兄。
私の時間稼ぎは成功を収めました。
『イービルズ』
たった一言の通信が入った。何かあった時のためにと、彼に持たせていたヴァルフリート家特注の小型通信クリスタルからでした。
エドガー君のお願いもあってトリスタンの動向を探っている最中に、緊急任務と称して彼らを集めてどこかに行ってしまったというのはお嬢様直属の監視役からすぐに私たちの耳に入った。フリューゲル副隊長やシュヴァルツ補佐官も協力してくださり、トリスタンの近辺を調査に参加してくれていました。
『ハロルド・トリスタン』─過去に問題行動はなし。勤務態度は超が付くほどの真面目。人当たりも良く、物腰も低い、誰からも慕われる存在。黒い噂はない。これだけ見れば間違いなく、優良な騎士。
しかし気になる情報が。
上流貴族アダムス家の有力者『クライム・アダムス』と頻繁に連絡を取っている形跡。
『クライム・アダムス』─野心家でプライドが高く、権力に固執している。他の貴族とのトラブルも多く、騎士崩れやならず者との関わりが疑われている要注意人物。
イービルズというのは彼が領主を務める街。
トリスタンの関係性を調べてわかったのは、ここ最近の任務地の多くはアダムス家が領主を務める土地であり、わざわざアダムス家からのご指名で呼ばれているという事。
嫌な予感がしてここ数か月の『騎士養成学校学生の行方不明及び死亡事案』の資料を覗くと、多くの方に共通して『アダムス家が所有する土地で発生している』というのがわかりました。
本部に事後報告で緊急任務を決めてエドガー君達を連れ出したという点と、その任務地よりにもよってクライム・アダムスが領主を務めるイービルズ。何も起きないと思う方が不自然で。
エドガー君の顔が浮かぶと共に、不安で胸が詰まりそうになりました。どうか無事で。
居ても立っても居られなくなり。
「お嬢様……お願いがあるのですが」
「良いわよ。許可します」
「え?」
まだ内容も伝えていないのに許可が出ようとは。
「あ、あのまだ内容を」
「彼を助けに行きたいのでしょ?もう8年にもなる付き合い、皆まで言わなくてもわかるに決まってるでしょ」
「お嬢様……!」
「まぁミラはわかりやすいし。すぐ顔に出るし。そんなに心配そうな顔したら一発」
「ターニャお嬢様! もう! そう言うのははっきりとは言わないものです!」
それに私はわかりやすくなどありません。断じて!
「フリューゲル副隊長、いいかしら? 一応預かりはあなたの隊になっているから形式上聞くけど」
「ハハッ! 返事はハイ以外認めてくれなそうだね! 大丈夫。必要書類は後でどうとでもするよ。許可するよ。書類は頼んだぞ、ロジャー」
「あぁ~また俺かよ。いい加減、書類の書き方を覚えろバカ野郎」
「心配だから俺も行きたいけど立場上、そうはいかないからね。ヴァルフリートさんも、メテウスさんもロジャーも」
「貴族、副隊長、補佐官。上層部が証拠も無しに、緊急救助任務を発令してくるほどできない甘くはないですもんね。ごめんね、ミラ。一緒に行ってあげられなくて」
「言い逃れできない証拠を見つけてからすぐに向かう。必ず間に合わせる。だからどこか、みんなの事を守ってくれ」
「任せてください。時間稼ぎは得意なので」
その場のユニークスキル【フォース・オブ・シンギュラリティ】を発動。全身にエネルギーがあふれ出す。今だったら空も飛べるかもしれないと錯覚してしまうほどに体が軽い。
「いってらっしゃい。ミラも無事に帰ってきて。合図はそのハルバードに送るわ」
「はい! いってきます!」
そして窓から飛び降り、そのまま名いっぱいの力を振り、駆けた。
時間稼ぎ成功。任務の遂行を確認。




