第35話 英雄ではなく兄として×異質な生き証人
フリューゲル副隊長は悠然と敵一同を睨みつける。その迫力はいつもににこやかなこの人からは想像できないほどに険しく、張り付くようなプレッシャーを放っていた。
「そこまでだ、ハロルド・トリスタン、クライム・アダムス。そして騎士崩れやならず者ども」
「ニック・フリューゲル……!!」
「わざわざ副隊長が来る、だとっ!!」
怒号に対し、その瞳は燃え盛るような怒りを隠そうともしない。剣を握った手は怒りに打ち震え、青筋が浮き出ています。
「おいおい、俺達の事は見えてもないのか。追いつめられると視野が狭くなるなって言うが、それでも騎士団の人間か?」
背後から聞こえた緊張感のかけらもない呆れた声に振り向けば、そこにはシュヴァルツ補佐官と1人の白衣を着た女性が歩いてきていました。
眉間にしわを寄せ、相変わらずの鋭い視線を向けるシュヴァルツ補佐官に対して、女性の表情は穏やかで、まるで戦場ではなく街中を買い物しているかのように安心しきっている。艶やかで全てを照らしてくれるようなピンク色の髪。
確かこの女性は─。
「お待たせ、エステルちゃん。もう大丈夫よ」
「ジェシカさんっ!!」
旧姓『ジェシカ・イシュミール』。
フリューゲル副隊長、シュヴァルツ補佐官の同期で、元第三騎士団所属の騎士。国内屈指の回復魔法の使い手でその腕を買われ、若くして騎士団医療隊責任者の一人に。本来であれば隊長を務めるはずでしたが『結婚したのだから時間に余裕を持ちたい』という本人に強い希望により、現在は相談役というポジションへ。新姓を『ジェシカ・フリューゲル』。ニック・フリューゲル副隊長の奥様です。
「私がスターリースカイ君の処置をするから、フレイ君の方をお願い。よく頑張ったわ」
それぞれがすぐ処置に入る。エドガー君の本格的な治癒が始まり、これで彼も一安心です。
「ジェシカ、ありがとう! みんなも遅くなってすまない! フレイ、エステルちゃん、待たせたね。よく頑張った! みんな偉い!」
サラマンダーから降り、サッと歩み寄るとやはり最初に声をかけたのは奥様。その次に全員を見渡して軽く頭を下げた後に全員が生きている事を褒め称える。この明るさが彼らしい。
その笑顔を見て、全員が安堵に包まれました。英雄としてではなく、人として安心しますね。正直、私も一安心だと思ってしまいましたし。
そんな彼を見てもフリューゲルさんの表情は少し固く、どこか緊張感に包まれていました。
「アニキ…すまない。【気づかれた】」
「気にするな! お前が生きてくれていた事に比べたら些細な事だ。大丈夫だ! あとは兄さんに任せろ」
そう笑って返し、敵に向かって歩みを進めていきました。不安など欠片もない様子で、その言葉は決して建前ではなく本心からのものだと誰から見てもわかってしまう程に真っすぐで。美しい兄弟愛を見れて、少しだけ胸が熱くなりました。
フリューゲルさんの握られている武器。それは決して小さな意味ではなく、彼らにとっては重大極まりない事例のはずなのに。そんな事すらも兄弟愛の前では些細な事なのでしょう。
「なぁロジャー……薬草、持ってないよな?」
「ねぇーよ。知ってて聞いてんだろ? ガキどもの避難はさせておいてやる」
「ありがとう。頼んだよ……」
背中からだけでも雰囲気が変わったのがよくわかりました。どういう決意を持って挑むのか、それは私には知る由もありませんが、軽いものではないという事だけは理解できます。
──
フリューゲルさんがたった1人で敵に向かっていく。第三騎士団副隊長、そして英雄とも呼ばれた人だけど、これだけの数を相手にたった1人で挑むのは無茶だ。
「ここを離れるぞ。動けなさそうなのはスターリースカイくらいか」
「私がおぶっていきます。移動しつつ治療をお願いします。エドガー君、行きますよ。少し痛いでしょうけど我慢してくださいね」
「ミラちゃん、ありがとう。傷も大分、塞がったよ。でも服に血が付いちゃうよ……」
「まったく。いいんですよ、それくらい。こんな時にそんな事で申し訳なさそうにしないで。優しいというか、自分の事を後回しにするのは良くない事ですよ」
おっしゃる通り。
正直こんな時にミラちゃんの服に血が付いてしまうとか気にしてはいけない。でもついつい申し訳なく思ってしまう。
あまり動かない体を器用に動かされ、ミラちゃんの背中におんぶされた。
こんなにも彼女と密着したのはあの日以来、初めて。手は繋いだけどね。
暖かくて、少し柔らかみのある筋肉質。ふんわりとした甘い香りがしてくる。
『落ち着く』。
その一言に尽きる。この心地よさは、あの日から全く変わっていない。ずっとこうしていた。
チラッと見えた横顔は相変わらず凄く綺麗で、穏やかで。スカイブルーの瞳は慈愛に満ちていた。頬っぺたに当たる、雨に揺れたベリーショートの髪も。目を縁取るまつ毛も。少し赤くなった頬も。その全てが愛くるしくて。心が癒される。
鼓動は今や高鳴りへと変化していった。
「フリューゲル副隊長1人で大丈夫なんですか?」
「あぁ、なんも心配いらねぇ。むしろここに留まっている方が『巻き込まれる』リスクがある。安心しろ。あいつ強いぞ。『英雄』という異名に恥じない強さだ」
心配する俺達にシュヴァルツさんはどこか自慢げに話してくれた。圧倒的な揺るがない自信。
「それで要件は何かね、英雄フリューゲル」
「やぁアダムスさん。そしてトリスタン。あんたらの罪を裁きにきた」
「ほぉ。上流貴族たる俺に対して随分な物いいじゃないか。罪状は何かね。脱税か? それとも彼らに対する暴行か? しかし彼らの方から攻撃を仕掛けてきた。正当防衛を──」
「そんな生ぬるい事じゃない。アンタの領土で発生した行方不明事案だ。拉致、監禁、そして──殺人を命じた事や……他もろもろだ。余罪はあげればきりがない」
「ほぉ、確かに土地の近くでは行方不明事件とやらが頻発しているようだが、それに俺やこのトリスタン君が関与していると? 以前騎士団からの調査で疑いをかけられていたが調査の結果、関与は認められないとお墨付きをもらったんだがね。証拠は?あるなら俺はとっくに捕まっているはずだが」
どこか余裕の表情でアダムスが答えるが、その瞳は殺意に満ちている。まだこの場に来ても言い逃れをするなんてどうかしている。
「フリューゲル副隊長、私に対しての無礼な物言いも酷い物ですが、いくらあなたでも上流貴族であるアダムス様に対して無礼が過ぎますよ!! それともここに騎士崩れがいる、そしてそこにいる学生と戦闘になったという状況を見ただけで今までに発生した事案は全てに関与していると言いたいのか!? 英雄だからと言っていい事と悪い事がある!!」
「俺達は王が直々に派遣した救助隊だ。スカイ国で有数の上流貴族を相手にするのに、何も証拠が無いわけないだろ。目撃者がいる。犯行に関与している一部始終を記録していたクリスタルも」
「どうせハッタリだろう。そんな物があるならあんただけじゃなく、多くの騎士団がここを訪れ、捜査されている。そんなものがあるなら今すぐに出してみ─」
「ではご要望にお応えして、僕の方から証拠を提出したいと思いま~す!!」
この会話の中どころか、この戦場において一度足りとも聞いたことがない男の明るい声が響いた。飄々とした感じの軽い声で、緊張感なんてものはない。
いつの間にか、フリューゲルさんの隣の立つ1人の男。
「…は?」
その男を見て、フレイ君から声が漏れた。俺も声こそ漏れなかったけど、息が止まるくらいに驚いた。だってその男は俺も見覚えがあったから。
それは他全員も同じようで、動きが止まり、その男を凝視してしまった。
大柄でまるで岩のような筋肉質。肩まで伸びた茶髪に青い目。深く刻まれた顔の傷。この戦いが始まった最初の方で、フレイ君が斬って捨てたはずの【ロイド】と呼ばれていた男だ。
しかもあの時に聞いた声とは全く違う。あの時は40代くらいの酒やけしたようなしゃがれた声だったのに、今の声は20代くらいの爽やかで張りのある若い声。似ても似つかない別人の声だ。




