第2話 宿る魔法×頂点捕食者
答えのない自問に陥ろうとした時、馬が悲鳴にも近い咆哮を上げて、揺れが激しくなった。
「おい出番だぞ、お兄さん方! 魔物だ! 賃金サービスしたんだから護衛は頼むぞ!!」
馬車を運転してくれていた初老の御者さんからお呼びがかかった。目的地まで歩いていくには少々遠かったので、運び屋のおじさんに頼んで護衛を引き受ける代わりに安く乗せてもらったのだ。荷物と一緒なので少し窮屈だけど、意外と快適。
鞘から剣を抜き、幌の外に出て状況を確認すれば、2体の魔物が馬車の周りを飛び回っていた。
鷲のようなきめ細かくも屈強な大きな翼と、馬のように筋肉質で逞しい前脚。血走った眼は標的である俺たちを捉えている。
『ヒッポグリフ』─中型の魔物だ。好物は馬肉。そして─【人肉】だ。
スカイ国は自然豊かで、その土地の多くは森や山だと言われている。人の住んでいる場所の方が遥かに少ない。すなわち魔物や『例の奴ら』にとっては住みやすい環境なわけで、人よりも沢山生息している。
戦闘に備えゴーグルとマスクを付け、マナを高めた。
「おかしいな……ここら辺はヒッポグリフのテリトリー外のはずだ。でも近くに【アンノウン・エリア】もあるし、そこまで変でもないか。しかし傷もあるようだし…飛竜にでも負けたか?」
「考えるのは後にしようぜ。1体は俺が引き付けるから、ライナーは馬車の上から応戦してくれ」
そう言うと俺は─『風に乗った』。
人は生まれてきた時に、誰もが【マナ】を宿す。宿したマナの属性によって使える魔法の属性が決まる。自分自身ではどうすることもできない。ある意味では天から与えられた贈り物。
『火』、『水』、『地』、『風』、『光』。この5大属性のいずれかが必ず宿る。属性によって操ることのできる元素が異なる。
俺は【風のマナ】を宿しているから、風属性魔法を使う事ができる。具体的には自由自在に風を操れるって感じ。
他の属性はあまり詳しくは知らないけど、火や水を自由に扱えたり、大地を変えたり、光は結界を作り出せて回復魔法なんかができるらしい。結構憧れる。
そして今、俺が発動させたのは風属性上級魔法【エアライド】。風を纏い飛行能力を得ることができる便利なスキルで、使える人間はそう多くない。
馬車から飛び立ち、1体のヒッポグリフに向かって突進。交錯した瞬間に剣戟を入れるが、頑丈な羽に阻まれて微かに血がにじむくらいで大した傷にはならなかった。国から支給されている剣で決して鈍ではないのに流石の防御力だ。だが、気を引くには十分だったようで標的を俺へと変える。
翼を羽ばたかせ方向転換。耳をつんざく咆哮を上げて怒りを露わにし、風を切り裂いて猛然とこちらに向かってきた。追いつかれないようにスピードを速め、馬車から離れる。
全身で風を浴びながら空を自由に飛んでいるのが心地いい。戦闘中ではあるが癒されて、生きているという実感が湧く。風のマナを持って生まれてきた人間の特権だね。
視界の端に、地面から水の柱が間欠泉の様に天高く突き上がるのが見えた。その水の柱に吹き飛ばされ空中を舞うヒッポグリフも確認。
水属性魔法【ウォーターフォール】。【水のマナ】を持つライナーの攻撃だ。
「相変わらず容赦ないなー。でも俺も、後悔したくないから……本気で行こう」
剣にマナを込める。淡い緑色の光が剣に纏わり、煌めく。でもこの煌めきは、マナを流し込んだ俺にしか見えない。なんだが不思議なものだ。
マナを武器に纏わせる事で、その分だけ威力が増す。マナ操作の基本的な技だ。名前はない。
逃げ回るように飛んでいたのを急速に方向を変えて振り返り、ヒッポグリフに向かう。風が全身に張り付き、内臓が揺れるほどに圧がかかる。血が止まってしまうように錯覚する程。
怒りに染まった眼を一段と開き、獲物である俺に狙いを定めて爪を振り上げた。その鋭さを物語るように太陽の光に反射し輝く。当たれば一瞬で肉塊に変貌する事は想像に容易い。
死が間近であるのを感じるように、凍えるくらいに血が冷たくなっていく感覚が広がる。でも大丈夫だ。
『俺はまだ死ぬわけにはいかない』
マナが高まり、体の底からエネルギーが溢れてくる。
その瞬間に俺の体は、風を置き去りにするくらいに急加速した。剣から甲高い風切り音が一瞬だけ聞こえた。
爪が振りかざされる間もなくヒッポグリフの懐に入り込み、剣を全力で振り上げた。
「ごめんな……その命、貰うよ」
マナで強化された剣撃は羽の防御をも切り裂き、その身に届いた。空気を割く断末魔と共に鮮血が舞う。羽ばたかせていた翼は動きを止め、巨体は重力に従い地面へ落下。勝負は決した。
「はぁ……相変わらずこの緊張感は好きじゃない。にしても」
なんでヒッポグリフがこんな所に。主要道で出るのは珍しくはないが、この場所での発見は近年報告すらされていなかったはず。でも仕方がない。
俺たち人間は、この土地の事を完全に理解できていないのだから。
【アンノウン・エリア】─人類が足を踏み入れたことの無い未開の地。
魔物や例の頂点捕食者の住処となっていて危険度が高く、ほぼ手付かずで調査が進んでいない土地。このスカイ国でも未だに半分以上がアンノウン・エリアとなっている、らしい。しかもその一部はこの主要道の近くに存在する。ヒッポグリフみたいに中型魔物が出てこようと、おかしくはないのだ。
自然豊かな森林や山脈、砂漠など、人間にとっては生きるのは過酷な環境の中を調査するのはリスクが大きい。巨大で獰猛な魔物もいれば、毒性の強い植物などもある。自然に対する知識とそれなりの戦闘力がなければ調査などできない。
本当なら騎士団が率先してやればいいのだが、長きに渡る隣国との争いで中々そっちにまで手が及ばないと言うのが現状だと、学校の先生が教えてくれた。
かすかに残る手ごたえを味わいつつ、地面を見つめた瞬間にそんな感傷に浸っている時間はないと悟ってしまった。地面に落ちたヒッポグリフの死体を捕食する1つの影を見つけた。
奴らだ─。
魔物なんかとは比べ物にならない、この世界で最も危険な存在。
触れただけで傷ついてしまいそう鋭利な深紅の鱗に覆われた体躯とヒッポグリフとは比べ物にならないほどに大きく屈強な羽、空気も引き裂けるような爪、岩をも砕けるであろう牙とその間だから滴る鮮血。
【リンドヴルム】。
この世界の頂点捕食者である【飛竜】の1種。
世界で確認されている飛竜は10種。その中で危険度5、すなわち上から5番目に危険と判断された飛竜種だ。
生態的特徴は『狂暴かつ一度狙った得物は執拗に追いかける』。




