第3話 飛竜×少しの危険
「なんでこんな所に……!?」
普段なら山脈近くに住んでいて、滅多な事では人里に現れないと言われているのに。おそらくヒッポグリフを追ってきたのだろう。どんだけ食欲旺盛なんだよ。確かにヒッポグリフの肉は美味しけどさ。気持ちはわかるけど、やめてほしい。
俺の声に一瞬視線が合ったがすぐに別の方を向く。何かを発見したようで猛スピードで前進。その視線の先には…『俺が乗っていた馬車』。そしてライナーと戦闘を繰り広げているヒッポグリフ。距離はそこそこ離れていて、豆粒ほどの大きさにしか見えない。
ついでにリンドヴルムは、ヒッポグリフなどの魔物だけではなく人も襲う。容赦なく食べる。
「まずい!」
どうやら1匹では満腹にはならなかったようだ。これだけの巨体なんだから納得ではあるが。とにかく知らせなくては。
背負っていた弓矢を出し、素早く矢に花火を取り付けると同時に着火し、空に向けて射った。灰色の煙と共に、空気を切り裂くような甲高い笛のような音が広がり、数秒後には花火の破裂音と昼でも見える刹那の閃光がほとばしる。これで飛竜の襲来を周囲に知らせる事はできた。これでライナーは気づいてくれる。
このままリンドヴルムを行かせては、馬車に追いつかれるのは時間の問題。攻撃から馬車を守りつつこの場から逃げるのは不可能だろう。街までは遠く、助けは望めない。俺とライナーで倒すしかない。緊張感が高まるけど、復讐のためにこれしきの事で止まるわけにはいかない。
火薬を装着した矢を装填しつつマナを流し込む。同時に飛行速度を上げてリンドヴルムの儀横に位置取ると同時に矢を射る。狙い通り肩に命中した数秒後、眩い光と共に爆発。衝撃波が骨の髄まで響く。
しかしリンドヴルムは止まる事はなく、煙を引き裂いて前進を続ける。一瞬バランスを崩した程度であまりダメージがない。結構な量の火薬を使った爆発なのにこの程度とは、流石飛竜。
だが煙の中から姿を現した瞬間、地面から勢いよく水が突き上がり、リンドヴルムに直撃すると顔面を仰け反らせた。同時に轟音を纏い、鉄砲水のような勢いで水が押し寄せリンドヴルムに直撃。ようやく前進が止まった瞬間、水の上を走ってきたライナーが一気に斬りかかる。首筋を捉えた切っ先が、強固な鱗を切り裂いて傷をつけた。水に赤黒い血が混じり広がっていく。
「ナイス!」
俺も続こう!と息巻いて斬りかかろうと近づくがライナーほどの対飛竜戦闘技術は無く、動きを読むことができずに尻尾を振られ、あえなくガードに回る。
「ぐっ!?」
ガードしたものの桁違いのパワーに一瞬で空高く打ち上げられた。前進を突き抜ける衝撃に手が痺れ、全身の骨が軋んだ。内臓が気持ち悪い。見た目通りのパワー。厄介極まりない。
近付けないなら遠距離攻撃で隙を作る。
じっくりと動きを見て、マナを込めた矢をライナーが付けた傷口に目掛けて放つ。翼のガード潜り抜け、命中。追撃で風の刃を飛ばす風属性魔法【ゲイル・レイン】も放つが読まれてるようで瞬時に強靭な翼にガードされ、わずかに傷をつけるだけに留まった。良い調子だ。
なんて思ったら、リンドヴルムの周囲に複数の大岩が浮かび上がった。
飛竜種の厄介な所だ。奴らは俺達と同じように【魔法攻撃が使える】。
空中で一瞬停止。何の前触れもなく岩が宙を舞い、俺達とは全く別の方向へと飛んで行った。
だがその場所はわかる。
岩が飛んだ先には、俺たちが乗っていた馬車。馬も頑張って走ってはいるが、先ほどヒッポグリフから全力で逃げるために体力を消耗していて、足が上がり少しふらついて遠くへと逃げる事が出来ないでいた。
岩が馬車に迫った時、先回りしていたライナーが水の壁を出現させ防護。さらに自分の周りに水を集めて一気に放つ。猛烈な速さの水は岩をも粉砕。岩の後ろから虎視眈々と距離を詰めにかかっているリンドヴルムにも直撃させていく。岩も砕けるほどの威力だが、それで威力が半減してか残念な事にあまりダメージは入っていない様子。
一方のライナーは瞬間的にかなりの量のマナと、体力を注いだためか額からは水に混ざり汗が滴っている。まだ余力はありそうだが、この状況はよろしくない。
これが対飛竜においての難題だ。
おそらく俺とライナーの2人ならリンドヴルムを撒けるし、時間を駆ければ狩る事ができる。『ある理由によって』狩るというのは無理なのだが、とにかく何かを守りながら時間をかけて戦うのは不可能。
飛竜は頭がいい。本能だけで戦うような獣とは違う。状況を理解し、その時の最善を考える。おそらくこれからも隙を突いては馬車との距離を詰めて攻撃を仕掛けてくる。そうすれば俺たちに隙が生まれるのがわかっているから。
その証拠にいま俺は、リンドヴルムから一瞬『目を離してしまった』。
視線が合ったライナーが目を見開く。風切り音が微かに聞こえ、その方向を見れば大岩が1つ飛んできて来ていた。しくじった。
「くっ……!」
纏っていた風を急速に変化させ、体を捻り回避。それを読んでいたように回避場所に向けて鋭利な爪を振り下ろされていた。岩の陰に隠れていてリンドヴルムへの視線が切れたため一瞬反応が遅れたが、急上昇する事で何とかその攻撃も回避に成功。
『よかった』…そう甘い考えが過った瞬間に視界の端に蠢く大きな影。
胴体と同じくらい長くそれでいて大木よりも太い尻尾だ。先端に岩でできたハンマーのようなコブがついている。三段構えの攻撃だ。
(もっと対飛竜戦闘術を勉強しておけばよかった…)
後悔先に立たず、だね。尻尾との距離がみるみるうちにゼロに近づく。剣でガード態勢を取りしつつ、少しでも真正面から受けないように風を操り、僅かでもその場から動く。
剣に尻尾が掠った瞬間、全身を衝撃が駆け抜けた。一瞬たりとも耐える事ができず吹き飛ばされる。
体が回転。
どこが上でどこが下か全くわからない。急いで全身を風で包み込むがその瞬間、地面へと叩きつけられた。衝撃で何度も打ち付けられるように転がるが、風を纏っていたおかげで衝撃は緩和されすぐにバランスを整えられていく。地面を蹴りそのまま上昇。微かに見えていたリンドヴルムを再び視界に取らえれた。
痛いがそれよりも何度も回転させられて気持ちが悪い。吐きそう。もう食らいたくない。
「あぶねぇ…うぅっ…気持ち悪…」
ほぼ掠った程度なのにこの威力とは流石飛竜。これでも危険度5で、これよりも強い種があと4種いるのか…信じたくないね。
弱音を心の吐いて忌々しく視線を送ってみるが、足元に水に流されてきたヒッポグリフの死体─ライナーが仕留めた奴を食べてさらに元気になっている。
「そろそろ満腹になってくれよ! これで帰ってくれないかな……ライナー! なんかいい方法はないのか!!」
スカイ国には【飛竜保護法】という法律が存在する。簡単に言えば飛竜を追い払うために攻撃するのは良いが、無許可で殺めたりこちらから攻撃を仕掛けるのを禁止するというもの。飛竜が希少だからこの法律ができたらしいが、この状況ではなんとも厄介なものだ。
「リンドヴルムは一度狙った得物に執着するが、戦意喪失すれば元の縄張りに帰ると言われている。時間をかけて弱らせるしかないだろ。まぁその時間をかけるというのが大変なのだが……やるしかないだろ」
本当なら早期決着をしたいが俺もライナーも今の攻撃では火力不足。仕留めに行けば火力過多。ちょうどいい方法がない。
いや『奥の手』を持ってはいるが、誰かに見られる危険性がある以上はここで使いたくない。まだ誰にも見せたことがない、親友のライナーにも見せたことがない『奥の手』が。使わない以上は他の方法でどうにかするしかない。根競べと行こうか。
俺達の闘志に当てられてか、それとも単純に食欲が満たされてきてか、リンドヴルムは天に向かって咆哮を上げる。耳をつんざくその響きは、空気が震わせ、土煙を舞わせる。
頼むから帰ってくれ…怖すぎるんだが。




