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第19話 ”少し”危険な任務×曇天

 灰色の雲が蒼穹の半分を覆い、その隙間を縫って優しい日の光が照らす少し肌寒い日。草花や土の香りを纏った湿気を帯びた風が頬を撫でる。


 訓練や王都内での難易度の低い任務に就いて数日。今回初めて、王都イクシオンを出て少し危険度の高いに任務に向かう事となった。それも緊急で、誰が上官になるのかも知らされていない。


 正門の前に集合し、上官が来るのを待っていると現れたのは入団試験で騒動をまとめ上げたトリスタンさんだった。


「みんな集まっているね。今回、上官を任せられた第七騎士団のトリスタンだ。この間の入団試験で知ってくれているかもしれないが、こうやってちゃんと顔を合わせるのは初めてだね。上官を務めるのはそんなに経験はないけど、不甲斐ない背中を見せる気はないので安心してほしい」


 この間と変わらないに柔らかい微笑みだが、その言葉も変わらず重みと覇気が含まれていて、任務に対する熱い思いがうかがえる。


「今回の任務は急を要する事案が発生したため、緊急で集められた。任務内容は馬車で移動しながら話すとするよ。じゃあ早速行こうか。よろしく頼むね」


「はい!」


 返事を聞くと同時にスッと前を向き、用意してあった馬車へと歩き出した。


 よほど緊急性が高い事なのだろう。魔法で高速移動が可能な最新鋭の馬車を使用し、言葉に端々や行動からはやる気持ちを抑えているような、自分を落ち着かせようとしているように感じた。何を急ぐことがあるのか、妙な胸騒ぎがする。


 全員に視線を送り、小さく頷いて見せた。


 馬車に入り、揺られること数分。今回の任務が発表された。


 スカイ国内でも影響力の強い上流貴族アダムス家が領主を務める『イービルズ』という町の近くで近頃、盗賊が出没し流通経路を通る食料や金品を運ぶ運搬者を襲うという。町を直接襲ってきてはないが、いつ襲ってくるとも限らないしこのままではイービルズは困窮してしまうと救助要請を受けた。


 下調べとしてその盗賊を探る、というのが今回の任務である。


 盗賊が関係しているとなると、今まで受けてきた任務とは比べ物にならないくらいに危険度は高い。



「イービルズ……」


「下調べのための遠くからの偵察とはいえ、本来ならこんな危険度の高い任務は学生である君達にしてもらう事ではない。僕も初めて行く場所だし、土地勘のある上官が最低限あと2人は欲しい所だ。しかし隣国セレスクロニクルとの戦火の後遺症と言うか、被害の大きかった場所の復興のため騎士は駆り出されていて人手不足……上層部も嫌な決断をしてくれたもんだ」


 2年前に講和となったセレスクロニクルとの戦いでは、途中までスカイ国は劣勢まっしぐらでその時点で被害が甚大だったと聞く。もしフリューゲルさんやシュヴァルツさんが作戦を成功させていなかったら、第三騎士団が存在しなかったら、スカイ国は消滅していたのかもしれない。だから講和になったとはいえ、たった2年しか経っていないから復興はまだまだ途中。騎士が人手不足なのも前から公言しているし。


 戦いがなくとも、世の中では事件や事故は起きる。誰かが行かなくてはいけない。学生にまで少し危険度の高い任務が回ってくるのは、仕方がない事なのだ。


「俺らは確かにまだ学生ですが基礎は義務教育で習ったし、入学試験を合格したんですよ! 足引っ張らないように頑張りますんで任せてくださいよ! それにあの試験で全て上手くまとめ上げたトリスタンさんがいれば、この任務は絶対に成功できます。自信を持ってください」


 トリスタンさんの重々しい言葉をマークが切り裂いた。自信満々な表情でグッとこぶしを握って、胸を叩いて勇ましい姿を見せた。


「シルヴァーストーン君……」


「へぇ、マークもたまには良いこと言うじゃない。人生で初めて見たかも」


「なぬっ!? 18年生きてきて初めて!?」


「うん、初めて。だから次に見られるのは18年後ねぇ。30中盤かー」


 マークとリーシャさんの夫婦漫才のような掛け合いに、みんなの表情が緩み、どこかどんよりとした空気が漂ってきていた馬車の中がパッと明るくなった。こんな時でも普段通りでいられるなんて、良い事だ。見習っていきたい。


「少し暗くなりすぎた。ここにいる君達は試験で優秀な成績を収めた優秀な騎士見習いだ。そんな君たちを、騎士である俺が引っ張っていこう。絶対に任務を成功させよう!」


 その言葉に全員が笑顔で頷いて見せた。それに満足したのか、トリスタンさんは心底嬉しそうに笑みを浮かべる。幕の隙間から零れる日に反射して、その瞳が不気味に煌めいた。


 一人を除いて、曇天が覆う外の様に、馬車の中は混沌とした緊張感が包まれていた。



 

 イービルズの近くまで来た時には、夕方に差し掛かっていた。


 曇天の空には太陽を隠す厚く禍々しい黒い雲が張り詰め、少し強めの風に乗って糸のように細い雨が降り注いでいる。雨具を着ていても、そのきめ細かい雨は間を潜り抜けて、肌に張り付くように水がしたたり落ちていく。


 火属性魔法は能力が半減するけど、だからと言って水属性魔法が強化されるほどでもない。デバフにしかならない絶妙な天気だ。火属性マナのフレイ君はどこか不快そうに眉間にしわを寄せ、顔をしかめているし。


 馬車から降りて耳をすませば聞こえてくるのは風と歯の擦れる音、そして雨音だけ。他には動物や鳥の鳴き声すらもしない。環境音しかしない不気味な静けさだ。


 雨が降り注ぐ中で辺りを調べてみるが、何も成果を得る事が出来ず、気味が悪いほど順調にイービルズにたどり着いた。まだ夕暮れになる前で陽は沈んでいない時間帯だが、薄暗い中で街灯の光りがぼんやりと輝いていた。


 町の入り口では俺達が来るのをわかっていたかのように、数人の男が迎えてくれた。


 中央に立っている男は金髪で、黒に金の装飾が入った豪勢な貴族服を着ていて、全身の至る所に宝石が輝いている。俺達よりも年上そうで20後半から30前半っぽい。モデルのような端正な顔立ち。

 その男を守るかのように周囲には、学生である俺達よりも屈強そうな数人の男が並んでいた。



「アダムス様!! お出迎え感謝します! お初にお目にかかります。派遣されてきました第七騎士団のトリスタンと申します! 何卒よろしくお願い申し上げます!」


 深々と頭を下げて貴族服の男に挨拶をしたけど、どうやらこの人が領主のアダムスという人らしい。どうりでほかの人間とは違って、豪勢な貴族服を着ていると思った。


「雨の中、ご苦労であったが……学生である半人前を連れて来るとは、片田舎だと思って手を抜いているのではないだろうな?」


「まさかそのような事は! スカイ国で指折り、いや将来的には貴族のトップに立つお方に、そのような無礼な事は決して致しません。アダムス様ほどの方からのご依頼だからこそ、失敗は許されないと下調べに参った所存です」


 これでもかという低姿勢で、歯の浮くようなありきたりでへつらう言葉を吐いていくけど、きっとこういう言葉が必要な相手なんだろう。今までの人生で、そんな経験をしたことがないから知らないけど。


 アダムス家の事はあまり知らないが、スカイ国でも指折りの権力を持つ一族だとライナーから教えてもらった。その高いプライドか、過剰な言葉を求めているのは手に取るようにわかる。


 もう1つ教えてくれたのは、イービルズの領主。アダムス家の中でもトップクラスに力を持っているという『クライム・アダムス』。

 目の前にいる男だ。


「目に見えたご機嫌取りな言葉を言うとは、トリスタンよ、まだまだだな」


 表情はまんざらでもない様子。言っている事はあながち間違っていないようだし。


「それでこれからどうするだ?」


「天気は良くはないですがまだ日は落ちていないので、調査を続けさせていただきます。早く成果を上げて、ご期待に沿えるように頑張りますので何卒今しばらくお待ちく──」


「アダムス様、大変です!!!」


 突然男が慌てた様子で現れ、アダムスさんの前に駆け寄ってきた。


「どうした? 申してみよ」


「南側補給路に盗賊が現れ、物資が奪われました!! 数は30人ほど。自警団が駆け付け交戦しましたが相手が手練れで、数名が怪我をして撤退を余儀なくされました! 騎士団の方々、どうかあいつらを早く追っ払ってくださいよ!!!」


「よせ。騎士は1人しかいない。残っている自警団を連れて行っても、あと数人はいなくては討伐は現実的では……」


「お任せてください! 騎士は私しかいませんが、彼らも入学試験に合格した身。戦闘能力は私が保証します。それに彼は、フレイ・フリューゲルと言ってあのフリューゲル副隊長の弟です。彼との手合わせでかなり健闘していました」


 話を振られたフレイ君は、気合の入った表情で会釈をして答える。心配無用と言うのを分かってもらうためにか、わざと気迫を漏れ出させて周囲の空気を震わせた。


「ほぉ、あの英雄の弟か。良い気迫だ。いらぬ心配だったかもしれんな。良かろう。戦闘を許可しよう。頼んだぞ」


「ありがとうございます! さぁみんな、盗賊を倒しに行こう! いくぞ!」


 そう言うとトリスタンは気合が入ったようにサッと歩き出した。遅れないように全員でその後に付いていく。横に並んだライナーに軽く肩を叩かれた。


「落ち着け。お前の腕を見せてやれ」


 俺にだけ聞こえるようにそう呟いた。


 ライナーがそう言ってくれるってことは、今の俺はよほど緊張しているように見えたらしい。でもそれは正解だ。今にも心臓がはち切れそうなほど鼓動が脈を打ち、耳に響き渡っている。体の表面は暑いのに血が冷たくなるようで、体の芯から熱が消えていくような妙な感覚だ。


 いよいよ戦いの時間が近づいてきた、と本能が語り掛けてくる。


 時が迫る。

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