第18話 エニグマの憂鬱×その感情を刻み付ける
その男たちを見た瞬間にミラちゃんの顔から笑顔が消えた。スッと立ち上がり頭を下げた。俺もそれに倣って同じ動作を取る。
しかし俺の事など眼中にないようで見向きもしない。
「お久しぶりです、フィンスターニス様」
その特徴的な名前は……オブライエン隊長が取り入っている上流貴族一族の名前。
確かに2人なら息も合うだろうね。というか目立つとか何とか言っていたけど、この庶民的なカフェで誰が一番悪目立ちしているのは一目瞭然。
「お前は相変わらず愛想がないな。その上に騎士養成学校に入るなど、上流貴族関係者としての自覚が足りないんじゃないのか? それとも騎士団に深く関わりのない我々他の貴族に対する嫌味か?」
「そのような事は一切ござい──」
「まぁ安心したまえ。気になどしていない」
騎士団に深く関わりがないとか言ってるけど、オブライエン隊長と癒着してあの人を隊長にまで押し上げたのはこの一族だ。噂だと思って調べたら本当だった時は驚いたね。それほどまでに影響力があるのに、理由も訊こうともせずにこの言い草はただただ相手を貶したいだけ。悪意でしかない。
(嫌になるよ、本当に)
黒い感情がふつふつと胸を掠める。こんな感情になるのも人生初だ。
「こんな他愛もない話をしに来たわけではない。俺の貴重な時間を削ってまで来てやったんだ。本題に入ろう。この間の話だが…考え直してもらえたか? 俺の弟の嫁として迎え入れようという話は?」
「…ん!?」
嫁に迎え入れる!?ていうことはこれはミラちゃんの縁談話!?こんな奴の家に?
危うく、せき込みそうになった。
待ってましたと言わんばかりに、後ろにいた貴族服の男がニヤつきながら一歩前に出る。こいつが弟か。兄弟で似たようなものだな。
だが言われたミラちゃんは顔色を一切変える事無く。
「その話でしたら先日の答えの通りお断りします。これはお嬢様の意思でもありますが、私自身の意思でもあるということを宣言させていただきます」
溜めもなく即答で返す。骨の髄まで凍えてしまいそうなほどの冷たい声で。表情は虚無。何の感情もない。怒りすらも。
その答えを聞けて心の底から安心した。ミラちゃんの相手は素晴らしい人じゃないと俺が認めませんよ!貴族相手に失礼かもしれないが、こんな悪意に満ちた奴らの所に行って碌な目に合わないのは目に見えている。
ユニークスキル発現者と関わりがあるだけでステータスとなる貴族社会。まさかそんなものが堂々と目の前で見る羽目になるなんて思いもしなかったし、これほどまでに不快になるなんて思ってもみなかった。
「…チッ、女らしさのない捨て子のくせに」
小声だったがその声ははっきりと聞こえてしまった。血が逆流してかのように怒りが湧いてきて、睨みつけるがスッと執事の後ろに隠れる。
「女らしさのない捨て子ですのでお役には立てません。見ての通り、私は可愛らしくはないので色々と貴族の家に入るのには不出来です」
「弟は少し風邪気味でね、舌が回っていないのだ。ただの聞き間違いだ、気分を悪くしたなら申し訳ない。しかし先代が若くに隠居生活を送り、ヴァルフリート家はまだ齢18のアイリスが当主になったばかりだ。若いとあってまだ風当たりも強かろう。これから騎士団関係で大切な時期を迎え、他の貴族とも関係を深めていかなくてはなるまい。特に我がフィンスターニス家の協力は必要だと思うのだが。ご主人を救うのが君の役目では?」
「確かにその役目は私がするものですが、その判断するのはお嬢様です。もしお嬢様が行けと命じるのならば行きますが今回の場合、お嬢様が反対の上に私の判断に任せると言ってくださったので私の意思を持ってお断りさせていただきます」
「弟は少しシャイな所もあるができた人間でね。嫁に来れば苦労もないし、ヴァルフリート家に恩返しもできる。例えばこのカフェの店長、はたまた騎士団の隊長クラスと結婚したとしても、そういった幸せは舞い込んでこないだろう。恩返しの量は大違いだ」
「そうは思いません。恩返しについても、弟様の評価に対しても、苦労の件に対しても意見の相違があるようですし、私の方に何度来ても答えは同じです。では失礼します」
強い意志を持って拒絶を突き付けるミラちゃん。流石だ。カッコいい!
それにしても気分が悪い。嫁にとか言っているが、どう見てもステータスとなる“奴隷”が欲しいだけのおぞましい考えだ。人を人とも思っていない。人間の欲望を煮詰めたような人間が今目の前にいるんだ。こんな気分になって当然だ。
頭を軽く下げてその場から立ち去ろうとした時、執事の後ろから弟の方がぬっと立ちはだかりミラちゃんを鬼のような表情で睨みつける。
「……拾われた庶民以下の人間が調子に乗ってんじゃねぇよ!! てめぇみたいに捨て子で髪の短い男みたいな人間の価値なんかエニ──」
「ちょっといいですか?」
これ以上聞かせるわけにはいかない。こんな穢れた連中の言葉を聞かせたくない。
2人の間に体をねじ込み、間合いを作る。
全員の視線が俺に集中。貴族の話に庶民が入ったことで相手さんの瞳には殺意を混じっている。青筋が浮き、今にも腰に付けた武器を抜こうとする寸前だ。
でもそんなものはどうでもいい。これ以上は喋らせるつもりはない。瞬きせず目をまっすぐ見て、『ある感情』をむき出しにして、言葉を紡ぐ。
「見えてなかったと思いますが俺達、楽しくデートの真っ最中なんですよ。『ベリーショートで可愛らしい彼女』との貴重で幸せな時間を邪魔しないでもらえます?……行こっか、ミラさん。デートの続きをしよう!」
そう言って俺はミラちゃんの手を握る。その手はあの頃と同じで暖かくて、触れているだけで落ち着く。鍛錬がよくされていて少し違うけど、それ以外は何も変わらない大切な人の温かい手だった。
頑張って怒りを抑えて笑顔を張り付けているけど、本当なら罵声の1つでも浴びせてやりたい所だ。しかし相手は上流貴族。俺にだけヘイトを向けてくれるなら全然いいけど、ミラちゃんやその大切な人達であるヴァルフリートさん、メテウスさんに迷惑をかけるようなことはしてはいけない。我慢だ。
手を握っている方とは反対の手は、うっ血しそうなほどに固く握り締められ震えている。でもこうなって当然だ。大切な人を侮辱されて怒らない方がおかしい。
『ベリーショートで可愛らしい彼女』で、相手の言ったことを否定するに留めておく。
(運がよかったな、ゲス野郎)
心の中で暴言を吐きつつ会計台にお金を置き、足早に去ろうとする背中に言葉が刺さる。
「貴様……名前は?」
怒りに満ちたその声と黒い感情が漏れ出た目が、俺に集中する。本気で俺の事をそこらにいる虫けらだと思い、殺意を向けてきているのがわかるけど何ら怖くない。
あの日に見てしまった目に比べたら、あの日に感じてしまった悪意に比べたら、こんなものは本物ではない。
「エドガー・アクセル・スターリースカイ。騎士養成学校の生徒です。第三騎士団の預かりになっていますので、僕が何か失礼な態度を取っていたらフリューゲル副隊長まで。あの人もユニークスキル発現者ですから話が通じやすいのでは? それと僕はヴァルフリート家が経営するグランバレー孤児院で10年ほどお世話になりましたので、教育面でご意見があれば是非ヴァルフリートさんの方へ。貴重な時間を割いていただいたのに申し訳ありませんが僕達はこれで失礼します。店長さん、お騒がせして申し訳ありませんでした。パスタとケーキとコーヒー、全部美味しかったです。ごちそうさまでした」
店長にお辞儀をした後に一瞬だけフィンスターニスを見れば、穴でも開いてしまうほどにジッと俺の事を凝視していた。執事も同じ。ただ俺と目を合わせた弟だけは少し怯えたように執事の背中に隠れて目を逸らす。
(よかった…ちゃんと『殺意』を示せて)
視線を交わした時に奴には、脅しでも何でもない殺意と敵意を向けた。ちゃんと俺の本気具合が伝わってくれたようでよかった。
まぁこれで上流貴族を相手に完全に目を付けられたわけだけど。でもよかった。奴らは俺の方だけを見ている。すなわち今回の事でヘイトを向けている相手は俺に対してだけという事だ。
フリューゲルさんやヴァルフリートさんの名前を出しておいた事で、奴らも易々には手を出してこないだろう。上流貴族だ、露骨に狙ってくるほどアホではないはず。あの地位に居続けられているには相応の理由がある。下手な手打ってこないだろう。
これで牽制になってくれればいい。
にしてもミラちゃんの手はあったかいなぁ~。鍛えられていても程よく柔らかいし、包み込まれる感覚で半端じゃなく落ち着く。
「エドガー君、ありがとうございました」
扉から出て、10秒後。氷点下まで冷えるような声色は消えて、いつもの優しく包み込んでくれ声へと戻っていた。微笑んでくれているし、握られている手の力がぎゅっと強くなる。
じわりと胸の中が熱くなった。よかった。
「大したことはしてないよ。ミラちゃんにあれ以上の言葉を聞いてほしくなかったし、もう自分を卑下してほしくなかったんだ。大切な人の言葉を自身に突き立てているのを、見たくなかったんだ」
「エドガー君……」
ヴァルフリートさんの付き人という立場を考えて、迷惑が掛からないように自分を下げた発言をしたのだろう。自己犠牲というか、自分ではなく自分の大切な人のために。俺もその考えを少し持っているから言いたい気持ちはわかる。
でも初めてわかった。それを見ている側の人間は辛いと。
「でもごめんね。動いちゃったけど、なんか俺が出たばっかりに後々言われそうで……」
「ああいう人達には、あのくらい言っておかないとすぐに来ますから。それに……エドガー君が颯爽と出てきた時とあの言葉は凄く嬉しかったです。私にとっては大したことでしたから」
そう言い終わると肩を寄せて、体を密着させてきてくれた。あの日と同じように。
服の上からでも伝わる温もりと、握られた手から伝わる鼓動で俺の胸の高鳴りはより一層と響き渡る。
大切な人を守れた。ただそれだけで心の中に幸せが広がっていく。
大切な人を守れる人間になりたい。一緒に入れるように頑張っていかなきゃ。
そう心の中で決意を新たに固めた。
「ミラちゃんの手はあったかいね」
「エドガー君の手だって暖かいですよ。助けてくれたご褒美に、今日はずっと手を繋いだままでもいいですよ」
「いいの! えへへ…ありがとう! これからはもっと一緒にいられるから! もう離れない! 約束だよ、ミラちゃん!」
「フフフ、約束ですよ!」
この幸せな時間がずっと続いてほしいと願わずにはいられない。
でもその平穏は長くは続かなかった。
運命の歯車が動き出そうとしていた。




