第17話 デート×普通の日常
休日前の放課後の帰り道。
週末はヴァルフリート家に帰るミラちゃんを送るために、一緒に帰路ついていた。
夕陽の優しいオレンジ色の光が包み込み、美味しそうな匂いを乗せたそよ風が頬を撫でる。こういう所は都会でも田舎でも変わらないんだな、と当然の事に心から感心してしまった。
フッと彼女を見れば、その視線は街並みに向けられていて。その視線の先では、田舎では見たこともない煌びやかな店が立ち並び、老若男女問わず賑わっている。
その時、ある感情が湧き上がり、何も考えずに言葉が漏れた。
「ねぇミラちゃん、明日イクシオンの観光しようと思うんだけど一緒に行かない? というか一緒に行って! お願い! でも予定が入ってたら全然大丈夫だから」
「そこまでお願いしなくとも行ってあげますよ。予定も特にありませんし。知っておいた方がいい店だけではなく、私のおすすめの店もご案内します」
「本当!? やったー!」
胸を張って得意顔になる彼女に呼応するように夕陽が包み込み、神々しく見える。いつにも増して、なんて頼りになる姿だろう。俺はまだ数日しかこの街にいないし、なんなら任務を除けば学校と寮の往復だけだから町の事は何にも知らない。
この街並みを見ていたら、彼女と一緒に出掛けたいという思いが溢れてきた。
大切な人になったあの一夜は部屋にいたからどこかに一緒に行ったことがなくて、それがずっと前からの楽しみだった。
養成学校に入って初めて休日。この思いを叶えるに絶好の機会だ。
胸を躍らせながら、その日は眠りについた。まぁ…楽しみすぎてかなり寝つきが悪かったのだが。
次の日。
無理やりしゃきっとして身支度を整え、ヴァルフリート家の前へ向かう。
起きた瞬間には楽しみで眠気なんて一気に吹き飛んだし、世界が一段と明るくなったように輝いて見えて。
これからどういう日になるか考えただけで胸が高鳴って、体が浮くくらい軽い。ミラちゃんとのお出かけか…絶対に楽しいに決まってる。
集合時間までは余裕を持ってヴァルフリート家の門に到着。あとは来るのを待つだけだ、と思っていた瞬間に扉が開き、ミラちゃんが出てきた。
「あら? 今着いたんですか?」
「そうだよ~! 着いた瞬間にミラちゃんが出てきてめっちゃびっくりしたよ!」
集合時間まではまだ先だけど、まさか二人揃って同じ時間に集合場所に来るなんて偶然とはいえなんか感動してしまう。奇遇な出来事に見つめ合って笑い合ってしまった。かなりいいスタートだ。
「では行きましょうか」
「うん! よろしくね!」
晴天の空の元、それにも負けないくらいに和やかな雰囲気の中で初めての二人でのお出かけが始まった。
まずは騎士団になるにあたってお世話になる事が多いであろう鍛冶屋、病院、本屋を巡ったのだが、その3つのジャンルだけなのにその店の数は多く、流石王都と感心する事ばかり。
行きかう人の多さも田舎とは比べ物にならなくて、人並みの多さに酔いそうだった。ただそれはそれとして。
「ここはイクシオンの桜の名所となっているんですが、おすすめのクレープ屋もあります。生地はモチモチでクリームも程よく甘くて、いくらでも食べられます。サービスで付いてくる紅茶も香り高く相性は最高です」
「いただきまーす!」
「ここは町の中心に位置する時計台がある噴水広場です。歴史があり、見ているだけで頭が垂れる思いですが多くの屋台も連なる場所です。この串焼きは食べ応えはもちろんの事、焼き加減や味付けが絶妙で食べ歩きにはもってこいです。少しお腹に入れたいと思うならここで間違いないですね」
「やった、いただきまーす!」
「スカイ国の歴史や文化、他国の貴重な情報等、多種多様な絵が多く収められている王立美術館。それに隣接する公園の中にあるパンケーキ屋のパンケーキは天下一ですね。ヴァルフリート家直属のシェフがここで修行していたのですが、『まだこの領域にはたどり着けない』とボヤくほどの出来です」
「わーい!いただきまーす!」
「はわぁ~たくさん食べたね~」
「そうですね。はぁ……充実した休日です」
必要な場所巡りはほどほどに、おすすめグルメをめっちゃ食べた。
行く先々で食べてお腹は満たされ放題。名所を案内されていたが、いつの間にかそちらはほどほどに食べ物がメインに。案内している途中でもそのグルメが目に入ると吸い込まれるよう引き付けられていき、あれよあれよという間に食べている。でもこれがいい。ミラちゃんも最初からこっちの方が本命だっただろうし。
そして彼女が選んだ店の味はどれも流石だった。人生最高の味といっても過言ではないものばかり。今は中心街のカフェでパスタとケーキを食べ終わり、コーヒーを飲んで一服している。
(あぁ、楽しいし幸せすぎる~こんなに心が休まるのは人生初かも~)
なんて優雅で幸せな休日だろうか。人生で感じたことの無い高揚感と安らぎ。孤児院では比較的に平穏な時間が多かったのに、こんな感情になったのは初めて。
大切な人との時間がこんなにも尊いとは…想像をはるかに超えた。ずっとこのままでいたいと我儘な感情が膨れ上がっていってしまう。でも今の俺にそれに抗う気持ちはない。
というかミラちゃんって美味しい物には目がないよね。途端に目がキラキラと輝きだすし、圧倒的なわかりやすさ。でも…幸せそうに食べている彼女を見れただけでも俺は満足だ。というか泣きそうだ。
初めて会った時は、瘦せているというよりやつれていたから。扱いが良くないことは目に見えていたから、そんな子が今は満足いくまで好きな物を好きなだけ食べている。むしろ好物というものができている、ただそれだけで涙が出るくらいに嬉しい。
(よかったね、ミラちゃん)
「ん? そんなに感極まったような顔をして、どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないよー。ただミラちゃんとこうして一緒に入れるのがただただ嬉しいだけだよ」
「……あの日の約束を少しは果たせているのかもしれませんね」
スカイブルーの瞳が僅かに潤み、嬉しそうに揺れる。
『普通の人生を2人で送る』。
あの夜に俺たちが心から願っていた未来は、今こうして少し叶っている。ほんの少ししか経っていないこの何でもない日常がただただ楽しくて、我儘かもしれないけどこれからもずっと続いてほしいと願い続けてしまう。
「そうだね! だからこれからも、もっと一緒にどこかに行こうね! あの日にできなかった続きを」
「フフフ、まだ始まったばかりですけど楽しみにしていますよ。この後もまだまだ連れていきたいところがあるので、ちゃんとついてきてくださいね」
「うん! ありがとう! 俺も楽しみしてるよ~!」
想像していた以上に楽しくて心地が良くて、きっとこれ普通に人生というものなんだろう。
今までも楽しいと感じる事は多々あった。友達と過ごしたり、孤児院や田舎町でも良い人に出会い良くしてもらった。その度に幸せと喜びを感じていたけど、でもミラちゃんと一緒になって感じる幸せや喜びは何かかが違う。上手く言葉では言い表すことはできないけど、特別な感情が芽生えているのは感じている。
この感情が何なのかはわからないけど、大切な人にだけ感じるものだと直感的に理解できる。いつの日にか、この感情がどういったものなのかを知る日が来るのかもしれない。
「じゃあそろそろ次の──」
「おやおや誰かと思えばヴァルフリート家のエニグマ、フライハイトではないか。色々な意味で目立っていてすぐに目についたぞ」
俺の声を遮ってまで声をかけてきたのは、庶民が多いカフェには似つかわしくないような赤と金色のド派手な貴族服を纏った男だった。その後ろには同じような服装の男が1人と執事が3人いて、それらを含めて全員が人を見下しているようにへらへらと笑っている。その言葉も端々どころか、全面から悪意がにじみ出ている。
(あぁ…どこにでもこういう奴っているよな)
世界は本当に無情だ。こうして大切な人との時間にも不平等に横槍が入るんだ。




