第12話 少しの変化×心の燃え上がらせ方
「エドガー君」
フッと我に返り振り返れば綺麗なスカイブルーの瞳とぶつかった。
一瞬だけ見えてしまった。どこか寂しそうで、儚げな色が。心臓が締め付けられるように圧迫感を抱く中でドキリと跳ねた。彼女にそんな申し訳なくて苦しい。
その色はすぐに消えて、いつもと変わらない光を放つ。それでも俺が彼女にそんな色を出させてしまった事実は消えない。
「お疲れ様でした。さぁ次の試験を受けに行きますよ」
「……うん!」
俺はあの日の真実と──敵と相対したら命を懸けて戦う覚悟だし、相打ちだろうといいと思っている。
でもそうすれば、また彼女にこんな寂しい思いをさせてしまう。
いつかこの光を失わせてしまうかもしれないのが怖い。たとえ自分の命と引き換えでも、敵を倒すとあの日からずっと決めていたのに。その決意は揺らいでいる。生に対して欲が出ている。
生きることに執着するのはいい事だけどさ。
思いが確実に変化していくのを感じながら、ミラちゃんに案内されるがままついていった。
次の試験は弓矢。
試験内容はいたってシンプル。30メートルほど離れた的に3射放つというものだ。
学校などで基本的な扱いは学んできているし大して難しいものではなく、ほとんどの受験者が的に命中させていた。他の試験で喧騒な会場だが、的に当たる度にタンッ!という心地の良い命中音が他の音をかき消して響き渡る。
すでに、この試験を終えたライナーが満足げな表情で帰ってきた。
「お疲れ様~。どうだった?」
「まぁ適度にできたさ。今の所、副隊長の弟であるフレイ・フリューゲルが全ての矢を、ほとんど真ん中に命中させているのが最高成績だな。小耳にはさんだ事だが、マナの出力も優秀らしい。剣術だけじゃなく、それに加えて弓矢の腕前も良いとは…恐れ入ったよ」
純粋に心の底から敬意を込めてそう呟くライナーの視線の先には、エステルさんと笑顔で話すフレイ君やフリューゲル副隊長とシュヴァルツ補佐官の姿があった。
もし噂が本当ならミネルバは俺の敵の事を知っているかもしれない。もしかしたら、敵そのものなのかも知れない。その時は、彼らと戦う未来もあるのだろうか。
まぁ…【可能性はない】だろうね。
「ミネルバには国直属の護衛隊が付くけど、それに奢ることなく自分たちの身を守れるようにと鍛錬を欠かさないと聞いているわ。ミネルバの民の多くは騎士相当の実力を持っているとも噂されているけども、間違いではなさそうね」
「飛竜と共生した上で、欲深い人間からも自分の身を守る。強い人達だね」
きっとミネルバの人たちは、さっきのオブライエン隊長みたいな欲深い人達が絶えず近づいてきていたんだろう。周囲の視線や反応がその苦悩を容易に想像させる。きっとこの想像すら軽くなるほどの苦悩の中で、信念を貫くために並々ならぬ鍛錬を積み、心も体も強くしていて生きてきただろう。あの動きを見ていれば、何となくだけど生き様が見えたような気がした。
「次、ミラ・コート・フライハイト!」
「はい!」
次に呼ばれたのはミラちゃんだ。昨日の素晴らしい動きを見ているけど、この弓矢の試験でもどれほどまでの腕前を見せてくれるのか楽しみだ。
「頑張ってね! 応援してるよ!」
「得手ではありませんが、貴方の心に火をつけるくらいにはできますよ。しっかり見ていてくださいね」
そう言うとミラちゃんは定位置に向かう。
心に火をつける、か…。今の俺の心理を見透かしているかのように…いや、完全にわかり切っているのだろう。本当に人の事をよく見ている。なんだかそれが嬉しくて、悩んで曇っていた心がスッと晴れたような気がした。
(この期待には応えなくてはいけないよね……!)
そう決意を固めている間にも弓を引きしぼり、射る体勢を整えていた。素早く美しい、よどみのない動作で肘を曲げ、少しもブレていない綺麗な姿勢を作り出す。基本に忠実で綺麗で、教科書にお手本として載るべきだよ。
構えた瞬間には矢は放たれ、的に向かって矢が当たる瞬間にパンッ!─と力強くも心地のよい命中音が空気を切り裂いた。見事にど真ん中に命中。
軽快な音とその所作に見ていた人からは感嘆の声が漏れた。
余韻に浸ることなく素早く次の矢をセットし、続けざまに残りの2本も射る。カラッとした命中音が響き渡る中、全ての矢は的の真ん中に深く突き刺さった。ほとんど矢の間に隙間はなくくっついている。凄い!いい腕前だ。
周囲からは感嘆の声が上がり、拍手も沸き起こった。
「おめでとう、合格だ。さっき出た最高成績とほとんど同じだな。甲乙つけがたい。今回の受験者は有望だな……次!エドガー・アクセル・スターリースカイ!」
試験官が思わず舌を巻く中、軽く頭を下げて満足げに帰ってきた。
「お疲れ様! 得手じゃないなんて謙遜してたけど、凄く良い射撃だったよ! 構えも綺麗だったし」
「いえいえ。この10年を鍛錬に費やしただけの実力は身についてますので、これくらいは当然です。良い感じに御膳立てはできたので、あなたの実力でこの喝采を起こしてください」
「ミラちゃん……随分とプレッシャーをかけてくれるね。ちょっと足が震えてくるよ」
いや本当に。結構緊張してきた。にこやかにプレッシャーをかけてくるなんて…凄く楽しそうないい笑顔で言っているし、間違いなくわざとだ。
「足が震える程度で狙いを外すほど、やわじゃないでしょう。それに少しくらい緊張してもらわないと。あの弓を射る姿は好きなので、適当にされてほしくありませんからね」
「確かに得意だけど、あの少しだけ見ただけで俺の腕が見抜けるなんて流石だね」
「フフン。『大切な人』ですからね、あれだけ見れば十分わかります。エドガー君だってわかってくれたじゃないですか」
爛々と煌めく可愛らしい得意顔は太陽の光りよりも眩しくて、純粋で綺麗だった。
あの弓の腕とこの笑顔で、俺の心は宣言通り燃え上がっている。
見せるよ。この10年で積み上げてきた最高の技を。




