第11話 熱戦から冷めない空気×もし敵と会ったら
フィールドの激戦に視線を戻して3分が経とうとした時。
─ガシャンッ!!
衝撃音と共に1本の剣が宙を舞った。長い手合わせの果て、フリューゲルさんがフレイ君の剣を弾き飛ばしたのだ。
互いに少し肩で息をしながらその剣を目で追い、大きく息を吐いた。さっきまで周囲を支配していた、肌がピリつくほどの殺気と闘志は消える。
勝負は決した。
「……俺の負けだ。楽しかったよ」
「相変わらずお前との手合わせはくたびれるよ……いい勝負だった。また強くなったな」
「アニキもな」
玉のような汗がしたたり落ちる清々しい表情の中でがっちりと握手を交わすと、誰が始めるでもなく会場からは溢れんばかりの拍手と声援が飛びかった。俺も拍手を送る。
文句のつけようがない素晴らしい手合わせだったのだ。こうなるのは当然ともいえる。
逆もまたしかりで、当てが外れその様子が面白くないのであろう一部の人間はそそくさとその場から離れ、オブライエン隊長とのその取り巻き達は『フンッ……あとは全て第七騎士に任せる』と吐き捨て、足早に会場から姿を消した。その後ろ姿に『承知しました!』と返すトリスタン試験官。
いったんはこれで満足してくれたようだ。
少ししてその場の熱気は落ち着き、試験管の案内の元で受験生は散り散りになり、通常の試験へと戻っていく。
今の熱気に当てられてか、受験者の顔はどこか先ほどよりもやる気と熱意が増していた。それは俺やミラちゃんやライナーも例外ではなく。全員の瞳からは覇気が漏れ出ていて、滾る気持ちを胸に収めておくのに必死だ。
そんな中でマナ操作力のテストや筋力測定や武器の扱い方を簡単に見ていく基本的な試験をこなす。
手ごたえはばっちりで、いよいよ受験者相手の手合わせに。
対人戦はいつも緊張する。でもあの熱気を浴びたせいか、少しその緊張感が心地いい。
「では次。エドガー・アクセル・スターリースカイ、マーク・シルヴァーストーン。前へ」
誰が相手だろう?フィールドに足を踏み入れる時にチラッと相手を探せば、一組の男女がフィールドに近づくのが見れた。
「マーク、しっかりしてきなさいよ! 応援してるから!」
黒髪のウェーブヘアの女性が少年の肩を軽く叩き、気合を入れる。薄紅色の髪をした少年はそれに笑顔で応え、サムズアップして見せている。
なんかいい雰囲気だね。
あの人が俺の対戦相手のマーク君か。良い目をしている、強そうだ。
というか形は違えでど、さっきもこれに近いような光景を見た気が…。
「任せてくれ、リーシャ。いっちょやったりますよ。だから……いつものあれが欲しい」
「もう仕方ないわね!」
リーシャと呼ばれる少女は少し呆れたように言った後、マークの腕をグッと引っ張り自分の方へと引き寄せる。その瞬間、周囲に環境音に紛れ『チュッ─』というリップ音が空気を震わせた。
リーシャさんがマーク君の頬にキスをしたのだ。
「おぉ……」
一瞬の静寂の後に周囲が軽くざわめく。受験者だけではなく試験官も含めて。そりゃ試験会場で、それも人がそれなりに集まっている場所で頬っぺたとはいえキスシーンが突如湧いてくるとは思ってもみなかっただろうから。正直驚いたし、普通に声が漏れた。
でも周囲の反応など意に反さず、見つめ合ってカラッとした笑顔で笑いあい、満足そうにしている。青春時代の延長戦のようなあまりにも眩しい様子にどこか心が温かくなったが、出鼻をくじかれたのは間違いない。
改めてリーシャさんに背中を叩かれフィールドに送り出されたマーク君は、少しへにゃっとした笑顔から一変して一気にやる気に満ちた表情へと変わる。
どうやら今ので完全にスイッチが入ったようだ。
「エドガー君の相手は随分と熱烈ですね」
「そうだねー……あぁいう眩しいのを見るのは初めてかも。でも悪くないね」
「ですね。私にはできないので、軽く応援だけはしておきます。健闘を祈ります」
そう言って軽く肩をもんでから軽く叩き、送り出してくれた。
「エヘヘ、ありがとう! それだけあれば十分だよ!」
キスしてもらわなくとも、彼女からこれだけの事をしてもらえれば十分やる気が溢れてくる。まるで空を飛んでいるかのような浮遊感に包まれ、触れてくれた場所が少し熱い。
俺にとって、ミラちゃんからの応援ほど心強いものはない。
「いいね! 良い目をしているな」
向かい合うと俺に視線を向けたマーク君が嬉しそうに笑った。そう言う気持ちはわかる気がする。だって俺と同じように大切な人から声援を受けたマーク君の瞳は爛々と輝いている。きっと俺も似たような輝きを放っているだろうから。というか俺がさっき心の中で感じた全く同じだ。まさかここで被るとは。
「そっちも良い目をしているよ」
「リーシャから応援されたら、こんな目にもなるさ。まぁ…君にもその内わかる。今はまだその域には達していないからわかなくていいが、覚醒の兆しはあるって感じだな」
「…ほぇ?」
満足げにそう話してくれはするが、残念ながら今の意味はよくわからない。『その域』とか『覚醒の兆し』とか。位置に着くまで歩きながら少し考えてみるが、答えは出ず。
今はわからなくていいと言っていたし、手合いに気持ちを切り替えよう。いざ向き合う。
互いに支給された剣を構え、まっすぐ向ける。
「準備は整ったな……では、始め!」
開始の号令が響いた瞬間、勢いよく地面を蹴った。
幾度も剣は交錯し、火花散る金属音が響き渡る。自慢のスピードを生かし手数で攻めてみるが上手く対処させ、所々で体術も混ぜられ返され互角の展開。でも、それが楽しい。
一瞬でも油断すれば、一気に持っていかれるのは目に見えている。明暗の境界線の上を綱渡りしている緊張感が、生きているというか実感を与えてくれるから。
だが今回はただの手合わせ。互いに決定打の無いまま時間は過ぎて残り数秒。
『無心で』─剣を振った。
「そこまで!」
号令と共に動きを止めた。
俺の剣がマーク君の首元に添えられている。だが、逆もまたしかりで。マーク君の剣も俺の首に添えられている。
引き分けだ。
勝てなかったけど実力は発揮できた。
「やるな……まさか相打ちになるとは思わなかったぜ」
「ナイスファイト! 楽しかったよ」
互いの健闘を称えて拳を合わせる。本当に清々しい気分だ。先ほどのフリューゲル兄弟の手合わせに、完全に影響されてしまったようだね。
「名前を呼ばれたから知っていると思うが、改めて名乗る。俺の名前はマーク・シルヴァーストーンだ。これからも付き合いがありそうだ、よろしく」
「こちらこそよろしく、マーク君! 俺はエドガー・アクセル・スターリースカイ」
「スカイ国でスターリースカイか、良い名前だな。それと俺の事は呼び捨てで良いぜ。俺も呼び捨てするし。ところで、エドガーよ」
「ん?」
「生き急いでいるなんて粋じゃねぇなぁ。あの子の事を悲しませるなよ」
「……」
わかっていたんだ。
最後の攻撃が相打ちになるのをわかっていて、突っ込んでいったのだという事を。
決して最初から引き分けを狙っていたわけではない。ただその時にチャンスだと思ってしまったのだ。
『自分の命を使ってでも相手を仕留める』、のだと。
もし実戦なら、互いの刃が喉元を同時に切り裂き、その場で命を落としていただろう。
「近くにいてくれてるんだ。もしもの時は、フッと顔を思い出してから行動しろよ。それじゃ、大切にしろよ」
リーシャさんの元に戻っていくマークの表情は凄く嬉しそうで、それでいて幸せそうだった。迎え入れたリーシャさんも嬉しそうで、1つの家庭を見ているかのようで。その空間だけ切り取られように周りの世界とは違いすぎて、どこか異質でもあった。
頭の中では言われた言葉が何度もループし続けていて、俺はただその姿を見続けてしまった。
(いつか俺にも……あの時みたいな……)




