第10話 人は見た者しか見ない×自分が見る世界
「フリューゲルさんの弟の実力を騎士相手で見たいという事でしたら、ここは兄弟で手合わせをしてもらうというのはいかがでしょう? 時間は3分、魔法なし、武器は殺傷能力のない試験用の剣。フリューゲル副隊長が手を抜いていたと判断されれば不合格で。オブライエン隊長やシュヴァルツ補佐官、さらにはヴァルフリート司令部長の目を持ってすれば、手を抜いたり不正をしたりは見抜けます! これが落としどころだと思うのですが……どうでしょうか?」
その問いかけに静寂が包まれる。
「司令部として異論はありません。止める理由も」
先に沈黙を破ったのはヴァルフリートさんだった。その声を皮切りに、言葉が飛びかう。
「チッ……いいだろう。命拾いしたな、ミネルバ風情が」
「命拾いしたのはアンタらだろう、腑抜け共が」
そう吐き捨て、その場から離れていくオブライエン隊長の背にシュヴァルツさんが言葉をぶつける。取り巻き達は怒りの表情を浮かべて睨み返すが、隊長自身は冷静さを取り戻したようで反応ない。どうやら一触即発の事態は収束したようだ。
そして今の話を聞くにフリューゲルさん達はミネルバらしい。果たしてこの人たちは俺の知りたい真実を知っている『ドラグーン・バレー』のだろうか。
胸のざわめきが一際大きくなっていく。
「補佐官の立場から言えば、俺はそれでいいと思うぜ。お前らはどうだ?」
「やるよ。アニキとの手合わせは毎回楽しいから願ったり叶ったりだし」
「俺も構わないさ。フレイとの手合わせかー。去年、実家に帰った時にやって以来だから久しぶりだな! どれどれ……見てもらおうか」
「フレイ、いっちょやったれー!! ニックさんだろうとボコボコにしちゃえし!!」
「エステルちゃん……お手柔らかに頼むよ」
「では……決まりですね。魔法班、念のために結界魔法の準備を!」
全員が納得し丸く収まったみたい。うまくまとめたものだ。こういう所も監督官の腕の見せ所なのだろう。
その場から2人を除いた全員が離れ、周りに結界魔法が張られた。特に前置きはなく剣を抜いて構え、一瞬にして臨戦態勢へと入る。
柔らかい雰囲気のあった瞳は変貌し、周囲の空気が震えるような闘志があふれ出ていた。真剣そのもので、あくまでも今から行うのは手合わせのはずだが命を懸けた真剣勝負のように殺気立っている。
他の試験は一旦止まり、周囲に人が集まってきているがその気持ちはよくわかる。スカイ国を救った英雄の実力が間近で見れるのだ。試験に集中できるわけがない。
でもそれと同じくらいにフレイ君の実力も気になる。闘技場の半数以上の人間は気づいていないようだが、あの覇気は相当なものだ。おそらく今回の受験生どころか、この会場にいる中でトップ5に入る実力者だと思う。
それに気づいているミラちゃんやライナー、ヴァルフリートさん達は視線を交互に向けて、その瞬間を固唾を飲んで待っていた。少しも音を立てたくない緊張感が周囲を包み込んだ。
「互いに準備はいいですね。では……始め─」
澄み渡った声が木霊する間もなく会場に響いたのは、連続で金属がぶつかり合うけたたましい音と、大地と風を揺らし土埃をも巻き上げるような衝撃波の連続だった。
猛烈なスピードで二人はぶつかり合いその度にドンッ!ドンッ!ガガンッ!と内臓を震わせるような衝撃音と、それをかき消せるように剣がぶつかり合い、火花と金属音、そして衝撃波を生み出す。体よりも、使っている剣の方が限界は近いんじゃないかな。
予想通りフリューゲルさんの方が一歩押しているが、ほぼ互角の展開。俺ならば数秒と持たないであろう鬼神の如し剣戟に食らいつき、ガードしては自分の攻撃へと繋げていく。四将の1人を退ける程の剣術を凌ぎ切っているのだ。
防御力にも驚かされるが、パワー勝負ではフレイ君が押している。技術的な面では上回られているが上手い事パワー勝負に持ち込んで、自分に不利な展開を潰していく。
俺には到底できない芸当だ。ただただ感服してしまう。
鍔迫り合いになった刹那、力で勝るフレイ君が押し込み、少しバランスを崩させた瞬間に迷うことなく剣を寝かせ、剣身に沿わせるように顔に向かって横薙ぎを放つ。
フリューゲルさんは上半身を仰け反らせ回避。同時に地面を蹴り、その勢いのままに剣を下から斬り上げる。のど元めがけて一直線に向かうが、フレイ君はしゃがんで回避し横蹴りを放つ。余裕を持って腕でガードされたが、蹴りが当たった瞬間に鈍い音が響き、その威力でフリューゲルさんの体が少し宙に浮いた。
殺傷能力のない剣同士のただの手合わせのはずだが、今の攻撃をもろに受けていたら間違いなく普通の怪我では済まないだろう。
手を抜くなんてとんでもない。
誰の目から見ても真剣勝負だ。それも実戦よりも命を懸けた戦いだ。
「どうなってるの!? あの受験生、めっちゃ強いじゃん!」
「フリューゲル副隊長と渡り合っているだと…? 目で追いきれない…」
「弟って言ってたよな。兄弟揃って凄いな」
予想だにしない拮抗した展開にあちこちからため息が漏れた。そりゃそうだ。相手は四将の一人を退けた英雄だ。並みの騎士なら数秒と持たないであろう。
(俺も負けてられない…!)
ただ見ているだけで胸が熱くなっていく。いい刺激だ。これが見れただけでも王都に来た甲斐があるというものだ。
だが、そんな名勝負に水を差すように声が漏れる。
「あの異常な力、飛竜の秘薬でも使ってるんじゃないか? ミネルバだし」
「やっぱりあいつらがドラグーン・バレーなのかな。きっと飛竜の素材を独占してるんだ」
「弟とはいえ受験生といい勝負するって……英雄って意外と大したことはないんだな」
周囲のざわめきは称賛もあるが、例のミネルバに対する噂もあってか残念ながら批判的な声も少なくない。
こんなにも素晴らしい手合わせなのに勿体ない。つい、チラッと批判的な声の方へと視線を移そうとした時。
「人は自分の見たいものだけを見る。例えそれで事実を歪めていたとしても」
唐突にヴァルフリートさんが口を開いた。なぜいきなりこんな話を?もしかして俺の心を読んでいる……?当主だし読心術の1つや2つ持ち合わせているだろう。あり得る。
「でもそんな事は気にする必要はないわ。目の前で起こっている事実から目を背けてまで見る景色は、偽りでしかない。あの人の様にただひたすらに前を向けばいい」
そう言って指さす方には。
「フレイ、頑張れぇぇーッ!!! いけいけ!!」
周囲の戯言も、どこか冷めた視線もまるで存在しないかのようにひたむきにフレイ君を応援しているエステルさんの姿があった。距離的には間違いなく批判的な声は聞こえているだろうが、きっと一生懸命に応援しているから彼女の耳には届いていない。
今の俺にとってその純粋な姿は眩しくて。少し考えさせられてしまう。
「あなたならどうする? どんな真実が目の前にあっても、偽りに変える事無く見続けられるかしら……スターリースカイ君」
「…」
轟音が覆う中、その声はどんな音や声よりもはっきりと聞こえ、頭の中で何度もループした。
俺はあの日の真実を知りたい。
けど果たして、真実にたどり着いた時に自分の都合よく解釈を変えずに、それを全て受け入れる事はできるだろうか。
あの日の事だけではない。きっとこれからの人生を生きていけば、様々な真実を何度も見る事になる。その時、俺はどうしているのだろう。
見定めるように感情が読めない瞳が俺を捉えて離さない。答えが気になるのか、ミラちゃんとメテウスさんも俺の事じっと見つめている。
一度目を閉じ、深く呼吸をして目を開ける。
眩い太陽が照らす蒼穹がどこまでも広がっていた。
悩む必要なんてない。
ヴァルフリートさんの目をまっすぐ見返す。
答えは─決まっている。
「真実を見続けるよ。真実を偽りになんて変えさせない。止まらないよ、俺は」
全てを受け止めて、前を向いて進んでいく。たとえ破滅の道に進もうとも、この人生で後悔ない選択をして進み続ける。それがあの日に誓った生き方だ。
「……そう。ならよかった」
「にしても、このタイミングでそれを聞いてくるなんて、ヴァルフリートさんはやっぱり読心術かなんかを心得てるの?当主の必須能力的な?」
「さぁ、どうかしらね。でもそんな能力があっても、あなたはわかりやすいから使わないわよ」
そう言うとどこか嬉しそうにしながら、メテウスさん共々フィールドに視線を戻した。ミラちゃんに至っては『やっぱり…あなたは変わっていませんね』と腕組みをして満足げな表情をしながら呟いた。嬉しそうで俺も嬉しい。
何を考えてヴァルフリートが俺に聞いてきたのかはわからないが、満足いく答えだったようで少し安心した。
でも俺はいったい何を試されていたのだろうか。謎だ。そして読心術については否定しないんだ…怖いよ!というか、俺ってそんなにわかりやすいの?
でも、こうやって言葉に出せたことがよかったのか。心は晴れやかだ。
自分の生き方を再確認できた。そんな気がする。




