第9話 不穏な空気×英雄の兄弟
談笑を終えた俺たちは受付を済ませ、試験会場へと入った。
楕円形の形をした数百人は入れるであろう巨大な空間。3,4メートルの壁に囲まれ、その上には多くの人が座れる席が用意されていて、すでに数人のお偉いさんらしき人が座り、こちらを悠然と見下ろしている。威圧感たっぷりだ。
本で見たことがあるけど、これはまごうことなき『闘技場』の形状。まさか…ここで殺し合いを、なんてことはないよな?…ない、よな?
周りを見渡せば、すでに試験を受け始めている人がちらほらといる。
ランダムに選ばれた受験者同士で組み手をしていたり、遠くの的に向けて弓矢の腕を見せたり、離れた一角の結界内では武器と魔法を使ったより実戦的な動きをしていたりと多種多様。どうやら一斉に始まるタイプの試験ではないようだ。
さらには騎士と手合わせしている受験者もいるが、その実力は歴然の差。騎士の方は笑顔で全ての攻撃を受け流している。
「……」
「エドガー、どうした?」
「あぁ……『いやいや』問題ない」
「……そうか」
長年の仲だ。これで伝わる。
隣国との長きに渡る争いによって騎士団は常に人数不足。高い頻度で試験を行っていて国内の様々な場所から受験者を募っているとチラシには書いてあったし、人材確保のために常に門は開かれているのだろう。大変なものだ。
そんな事を思っていると男の声が響く。
「随分と派手にやってくれたもんだな……どうやら受験者同士では君の実力は測れないようだから、騎士団から2人貸し出してあげよう。2対1でどこまでやれるか見せてくれ」
どこか気持ち悪さを覚えるような悪意満点の声色。その男の後ろには、これまた気持ち悪い感じでにやにやと笑っている男がいる。少し頬がはれ上がっていて、装着している鎧や持っている試験用の剣はボロボロ。
というか、まだ騎士でもない普通の受験者が現役騎士を2人同時に相手するなんて、理不尽極まりない。常識的に先を予想すれば、無事では済まないであろうことは想像に容易い。
試験官の後ろに立っている男はおそらく親類で、親類が負けた事に腹を立てて恥をかかせるために理不尽な試験を吹っ掛けたのだろう。
だが言われた銀髪の少年は表情一つ変えず、動揺することなくただただ金色の眼でその試験官をじっと見降ろしていた。身長は、平均よりも高いはずの俺よりも更に頭一つ分は高いほどの高身長。身長も相まってその威圧感は尋常ではない。さらには、年齢はおそらく俺と同い年くらいだがその目から溢れる闘志は歴戦の戦士のような貫禄があり、見ているだけでも気迫で少し呼吸が重くなるほど。
でもニヤニヤ顔の二人とその取り巻きは、それに気づいていない。
「はぁ!? 絶対に負けた腹いせに無茶苦茶な事を言ってるし!! フレイ、そんなもん突っぱねちまえばいいし!!」
銀髪の男の後ろからロングのオレンジ髪の少女が心配そうに声を張り上げる。年齢はこれも同い年くらい。どうやら二人は知り合いのようだ。
「エステル、大丈夫だよ。正直……心配するほどの事でもない。心配してくれてありがとう」
震えるほどの闘志がウソのように、彼女にはこの上ない優しい笑みを見せる。それでいて、揺らぐことのない自信が声色から漏れ出ていた。
その言葉を聞いた相手は強がりだとでも思っているのだろうか、小馬鹿にするように下品に笑った。性格の悪い奴はどこにでもいるんだな。
銀髪の少年は『フレイ』。オレンジ髪の少女は『エステル』と言うようだ。
なんだか面白そうな2人。周囲の視線が一斉に集まっている。
「なっ……! べ、べべ別に心配なんてしてないし!! バカバカバカ!!」
なんてわかりやすいんだ!罵倒しながらじたばたと体を動かしているが、怒っている割には凄く嬉しそうな表情だし頬を赤く染めているし、完全に照れ隠しである。いい感じの二人だね。
「まったく……あいつらは運がないな」
フリューゲルさんがため息を一つ吐くと、シュヴァルツさんと共にニヤつく試験官の前に立ち塞がった。
「職権乱用はやめてもらいましょうか、オブライエン隊長」
「おやおや? 誰かと思えば、かの有名なスカイ国の英雄であるフリューゲル調査隊長と『ドラゴンスレイヤー』と名高いシュヴァルツ補佐官ではないか。可愛い弟が心配で、過保護にも試験に口出ししようとしていうのか。それとも……噂通り遊牧民全体でやましい秘密を守るために結託しようとしているか? 飛竜調査隊のメンバーの多くもミネルバの民で固めているようだが、噂の信ぴょう性を高めているとは思わないかね?」
「いえ、そうは思いませんね。ミネルバは飛竜と共生を目標としているため、近くに暮らしています。そのため彼らの生態系に他の人間よりも多少詳しい。れっきとした適任者でしょう。それに飛竜調査隊のメンバーを選ぶ権利なんて、俺にはほとんどありませんよ。適任者であろう人に声をかけ、上に意見や推薦はできます。まぁ決定権は王と王室にありますので、あくまでも強いて言えばの話しですがね」
『飛竜調査隊』─スカイ国の王族主導で騎士団内に作られた新しい隊。その名の通りの飛竜の調査を行うのが活動内容らしいけど、詳しい情報は一般的にはほとんど公開されていない。隊長がフリューゲルさんなのも今、初めて知ったよ。第三騎士団の副団長もやってるのに、調査隊の隊長もやってるなんて凄いバイタリティーだ。
そこに入れば、バハムートを操る人間の情報を得ることができるかもしれない。けど今の話を聞くと、入るのは厳しそうだな。俺は全然飛竜に詳しくないし、対飛竜戦闘もからっきしだ。
「欲にまみれた下劣な噂話を信じているとは呆れたもんだな、おい。それに弟が噂のミネルバに情けなく負けて、口を出した過保護はアンタの方だろ? それとその下らない呼び名はやめろと何度も言っているに続けるとは……よほど記憶力がないらしいな。流石、上流貴族のフィンスターニス家に取り入って第五騎士団の隊長の座になっただけの男だ。相変わらずの醜い嫌がらせも健在のようで、心配した上からアンタを見張ってるように言われたぜ。今こいつと戦おうとした腑抜けた二人と、後ろに隠れて薄気味悪いニヤニヤ顔してるしか能の無いアンタの弟とアンタも含めて1対4で相手をしてやってもいいぜ?」
「口の利き方も知らない上に不都合な事は隠そうとする能なしのミネルバが……よほど死にたいらしいな」
「いつでも受けて立つぜ、コネでしか這い上がれないお飾りの隊長さんよ。後ろのお前らもどうだ? こいよ、相手になってやるぜ腰抜け共」
「やめろ、ロジャー。わざわざ挑発受けるな。ここは試験会場だ。オブライエン隊長も……引いてもらうか」
先ほどまでのニヤリ顔は消え、額に青筋を浮かべて一気に殺気立つ。視線のぶつかり合いに火花が散りそうなほどで、今にフッとした拍子に爆発してしまいそう。
フリューゲルさんが両者を制しているが全員の手は剣に触れていて、一触即発とはこの事。
その雰囲気を察してか周囲からフレイ君とエステルさんを除いた受験者は離れ、試験官ですらも慌てふためいている。しかし上で見ている上層部は平然としている。問題を起こさないという信頼か、それとも自分たちに火花が飛んでこない余裕か。
というかこの人が隊長かよ。喧嘩っ早いし貴族に取り入ったって……本当に騎士団、大丈夫か?
試験前だって言うのに幸先が不安だ。
「はぁ、全くどうしてこうも血気盛んなのかしら……仕方がないわね……」
そう言ってヴァルフリートさんが仲裁に入ろうとした時。
「そこまでです! やめましょう、皆さん!」
緊張感が高まる空間を切り裂いたのは、落ちる気のある1人の騎士の声だった。
血を思わせるような深紅の髪に人長程の長い剣を腰に差し、この緊張感の中で一際落ち着き払った表情をしている。さっきまで受験者と手合わせしていた人だ。
「君は……第七騎士団のトリスタン」
「忘れているとは思いますが、あくまでも今日の試験の監督責任はこの第七騎士団が預かっています。僕は隊長でも副隊長でもないので、皆さんにはお願いさせていただきます。どうか一つ、僕の顔を立てると思って引いていただけないでしょうか」
軽く頭を下げてにこやかにお願いしているが、決して大きくはない静かな声には、覇気と底知れぬ重みが乗っていた。空気が一変。場を支配するとはこのこと。
静寂に包まれた闘技場内の全ての視線が、トリスタンという試験官に集中する。
数秒の沈黙の後、各々がサッと武器から手を遠ざけた。




