懺悔
四月二六日(金):
全てが終わった。
昨日新聞が出回った。熊本で米軍が一人の日本人女性を射殺。俺の心配していた事態が起きた。現場に向かうと何人か泣き崩れる者がいた。先生の家族だった。やはり死亡したのは鈴木幸子だった。家を出たところを襲撃された。俺は家族にかける言葉を見つけられなかった。先生の知り合いだと伝えると、家族は俺に一つの文をよこしてきた。少し前に家族に渡されたものだ。「私が死んだら、私の知り合いと名乗る少年に渡して。」と。
俺は先生を助けられなかった。だが先生は自分が死ぬことを予測していた。俺が会いに来ることも見事に的中させた。してやられた気分だ。俺は守るべき人を守れなかった。そして先生が死んだのは俺の責任と言えた。俺がいなければ先生は死ななかったかもしれない。こんな結末になるなら生きるべきではなかった。
アメリカ軍は仲間を殺された。これは当然の対応だ。だから先生は俺が殺したようなものだった。復讐しようとも思わない。
俺は何のために生きてるのかわからなくなった。人間社会に出ても俺の望む自由は手に入らなかった。自分の思い通りに事は進まなかった。
この日記を書き終えたら俺は自分を貫いて死ぬ。俺を殺せるのは俺だけだ。
もしこの日記を読んでいるなら教えてやる。自分自身が一番大切などと言うやつはこの世にいない。誰かのために皆生きている。俺は結局大切な存在を守ることはできなかった。お前は俺みたいにはなるな。人のためにお前の力を使え。




