不老の呪い
三月四日(月):
突然のことだった。珠子さんが急死した。死因は老衰、多少営業による疲労もあったと思う。今まで親切にしてくれていたこともあってかなり喪失感が大きかった。虎治郎さんはこのことは覚悟していたようで、悔しがりも悲しみもせず珠子さんの死を受け入れていた。奏は泣いていた。
あの人の宣言通り、結局最後まで珠子さんは俺の面倒を見てくれた。まるで孫のように。虎治郎さんは営業を引き継ぐようで、まだ俺らを従業員として雇ってくれるそう。珠子さんがいなくなることで人手が一人減った。新しい従業員を雇うのか聞いたが、三人でも十分やっていけるらしかった。確かに、俺と奏はかつてよりも格段に動きに無駄がなくなった。今までの客足を考慮してもこのままで事足りると感じた。
老い。俺には恐らく縁のない概念であろう。自分の感覚でわかる。俺には老いというものがない。常に自分の皮が新しくなっていっているのを感じる。虎治郎さんも奏も、いずれは老いて死んでいくだろう。はたまたその前にも。最後に俺は一人取り残される。ずっと生きていくというのはきっと俺なら可能だろう。でも本当にそれでいいのか。俺はいつか死なないといけない存在だと思う。この世の中において俺はどう見ても想定外の設計ミスだ。あの爆発で死ぬはずだった世界の外れ値。"山本勝"もきっと死にたかった。最後まで人間でありたかっただろう。
俺は時々自分の存在について考える。元の"山本勝"は今の俺と比べてどんな性格をしていたのかとか、実は死んでいなくて体を俺が乗っ取ってるだけなのではないのかとか、本当は記憶が無いだけで俺こそが本当の山本勝なのかもしれないとか。
どれだけ考えても結局答えは出てこない。でもこうやって考えていると、俺が生きているのは自分のためではなく誰かのために生きているような気がしてくる。俺は生きたいだなんて考えたことがない。それは死から程遠い存在だからなのか、どこか脳が欠損しているからなのかはわからない。
俺はなぜ生きているのだ。
三月二〇日(水):
不幸というのは立て続けにやってきた。珠子さんの葬式が終わってしばらくして、今度は虎治郎さんに癌が見つかった。治療は間に合わない。虎治郎さんは入院することになった。
店は閉店した。俺と奏だけでやっていくのは厳しい。何より田村家が営業出来なくなった今、あの店はもう続ける理由がなくなったのだ。虎治郎さんは伴侶を持たなかった。または持てなかった。親戚もいなければこれといった親友もいなかったらしい。虎治郎さんの決断により、田村家の遺産が全て俺と奏に相続された。金はほとんどなかった。ここで俺らはようやく気づいたのだ。田村家は売上のほとんどを俺と奏の給料に使っていた。あの客足であの店が続けられていた理由がわかった。田村家は最後まで聖人であり続けた。
奏にこれからどうするのか聞くと、別の仕事に就きながら虎治郎さんの見舞いをするらしい。対して俺はどうするのかと聞いてきた。俺はどうしたいのだろうかと考えた。そして思い立った。俺は幸子先生を、鈴木幸子を探したい。俺は人探しの旅に出る。そう伝えると奏は驚いた顔をしてはすぐに微笑んだ。「がんばってね。」と言って俺を見送ってくれた。奏には全てわかっていただろうな。俺がどんな人間を探しているのか、なぜ探しているのか。俺には金が有り余っていた。一年ほどは何もせずに暮らせるほどの。これを使って俺は先生を探す。これが俺の使命だ。
俺がこの家で日記を書くのはこれが最後だ。少し惜しい気もするが。金と通帳、印鑑、そしてネックレスだけを持って俺は出る。なんの情報もない人を探すのだ、長くなるだろう。
珠子さん、虎治郎さん、そして奏。俺はこの人たちに多くを教えてもらった。感謝しかない。
四月六日(土):
先生を探して十日と少し、今は福岡にいる。もちろんそう簡単にはいかなかった。走って移動すれば交通費は無料だった。経費は宿代とちょっとした食費。俺の身体は恐ろしいほど燃費がいい。
それにしてもこうやって先生を探すのはどう考えても無謀だった。研究員の男は全くわからないと言っていた。施設に戻ってみるという手も一瞬考えたが、やっぱり止めた。あれだけ大きな殺人事件が発生しておきながら施設の研究データが世に出回ってないのはあまりにも不自然すぎる。きっと襲撃と同時にデータを消去したのだろう。今俺が戻ってもデータどころか施設すら残ってる可能性はほとんどない。現実的ではない。
気長に探すしかなさそうだ。
四月十二日(金):
前からずっとアメリカの進駐軍の会話を盗み聞きしていた。施設での殺人事件の犯人がわかったらしい。でも名前は俺じゃなかった。鈴木幸子。指紋解析によってあの人が犯人として扱われていた。先生に近づいた成果と同時に不穏が現れた。米軍を追えば先生に会えるかもしれない。でも米軍が先生を見つけたら間違いなく射殺する。残念ながら先生の場所は兵士も知らないらしかった。俺なら先生を守れる。早く探さないと取り返しのつかないことになる。




