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千日紅の捧ぐ場所  作者: 水無月


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7/9

7輪目



「―――」




空へと昇る黒い煙を、ぼおっと見る。


罪人として処刑された彼女は、燃やされてしまったのだ。


最後の最後まで、貴族令嬢であった彼女。


その瞬間でさえその口元は笑みで彩られていた。




「…私は、こんな国を恨みますよ、エヴァンジェリン嬢…」




彼女の死を悼んだ一人は、その胸の苦しさに涙をこぼした。














*****














「殿下」

「…ラシューケ、か」


 ラシューケは王太子に会うべく久々に城へと出向いた。そして会った王太子は酷く疲れているようで、草臥れた印象を彼に持たせた。


「お疲れのようですね」

「…そうでもない」


 しかし実際は物凄く疲れているのだろうとラシューケは知っていた。そしてその理由を、正しく知っていた。


 マリアンヌ・ローガルデとジルベスタ・ラタティアートの婚約は成立し、マリアンヌは王妃教育のために城へと居住を移した。エヴァンジェリンが長年に渡って覚えたことがすぐにできるはずもない。しかしわかっていても周りはエヴァンジェリンと比べてしまう。かの令嬢に問題はあったが、それでも王妃として立つには何ら問題がなかったせいだ。そのため、周りはエヴァンジェリン以上の王妃になるべしとマリアンヌに更なる完璧を求めた。


 そして妃は夫である王の愛人の子だと思っているため力を貸すことなく、そして王は令嬢を可愛がったのもよくない傾向だった。


 それではいくらラシューケたち一部の貴族が噂を否定しても焼け石に水だ。しかしいくら進言しても王は配下の言葉を聞くことなく、マリアンヌをここぞとばかりに可愛がっている。


 そしてそうした軋轢によって生まれる全てを、王太子が被っていた。




「少し休まれたらいかがですか? あまりにも顔色が悪いですよ」

「そうもいってはいられないだろう…」


 ため息をつきながら椅子に深く腰掛けるジルベスタに、ラシューケは同情の視線を送った。


「…それで、今日はどうしたのだ」

「あぁ…そろそろ殿下が潰れてしまうかと思いましてね。発破をかけに」

「発破を? いらん世話だ」

「そう言わずに」


 少しだけ面倒そうな表情をするジルベスタだったが、聞く体制のために居住まいを正す。それを見たラシューケは、少しだけ笑みを深め、そして悲しそうに目を伏せながら口を開いた。


「…亡き、エヴァンジェリン嬢の御言葉です」

「っ!?」


 予想もしていなかった人物名が出たためか、ジルベスタの両目は見開かれ体を前のめりにしている。


「な、は…? どういう、ことだ」


 言葉少なに続きを促すジルベスタに、ラシューケはゆっくりと話し始めた。
















「―――侯爵、私の、最大の秘密、教えて差し上げるわ」




 エヴァンジェリンの突然の言葉に、ラシューケは驚きながらも神妙に頷いた。いったいどれほどの重要な情報が出てくるのだろうか、と。

 その表情は言葉を失うほどに美しく、壮絶な気迫をまとっていた。


「な…に、を…」

「私、殿下を愛しておりますの」

「…それは、先ほども聞きましたが」


 しかしラシューケの意気込みとは裏腹に、その内容は先ほども聞いたものだった。


「えぇ。先ほども言いましたわね。…私、殿下を愛しておりますの。この国がどうなっても構わないけれど」

「…は?」


 しかし続いたその一言に、ラシューケの口は間抜けにもぱかりと開いた。そんな様子のラシューケに、エヴァンジェリンはくすくすと鈴の転がるような声音で小さく笑う。


「そもそも、こんな国は大嫌いなの。マクミールも大嫌いだったわ。それこそ、滅んでしまえと思うくらいには」


 紡がれる言葉は過激だった。


「忠義を、献身をとばかり言って、厳しい教育をして、それで領地の為と思って口を挟めば叩かれる。忠義や献身で人は生きて行けるはずもないのに、それすらわからない。王家もそれを当然として…それでいて自分のことばかり。あまつさえ欲を取り人としてならないことを平然とする。そもそも、マクミールが知らないなんてありえないのに。どれだけ頭が緩いのかしら…? 私たちを格下…あるいは馬鹿にしているのかしら。ねぇ、公爵。そんなもののために、どうして私が犠牲になると思うの?」

「だが、貴女は…」


 ラシューケは訳がわからないという表情を浮かべた。なら、どうして彼女はこんなことをした?一体、何のために…。


「…言ったでしょう、公爵。私、殿下を愛しているのよ。心の底から。私の命を捧げてもいいくらい。あの方が幸せであれば、あとはどうでもいい。あの方が殿下という立場でなくとも、私はあの方という存在があれば何でもできるの」


 そもそも、マクミール家は知っていた。ジルベスタが王の子でないことくらい。だが、マクミールは王家(・・)のためにそれを黙認した。


 ジルベスタは公的に王家の子として扱われた期間が長い。しかしそれを今更叩いてしまえば、昔の無能を叩くことにもなる。さらに言うのであれば、今の国王たちに次の子は望めない。王族としてあってはならないことだが、その義務を放棄しているのだ。普通の貴族であれば、そんな王家は認めないと切り捨てるだろう。

 だが、マクミール家はそうではなかった。


 だから、エヴァンジェリンを嫁がせようとし、それを王が許可した時に喜んだのだ。自分たちの献身を、忠義を理解してくださったのだと。


 エヴァンジェリンからすれば、ジルベスタが王子でないことくらいどうでもよかった。幼き日に心奪われ、その日から彼だけを一心に愛してきたのだから。王たちに告白されたときは、建前もあって驚いた風を装ったが、エヴァンジェリンからすれば大したことではなかった。むしろ、些末なことにしか思えなかった。

 だが、きっとジルベスタは裏切りに堪えられないだろう。少しでもそのことが耳に入ってしまえば、きっと彼は傷つく。それこそずっと目指していた王という立場を諦めるくらいに。


 叶うならば自分が隣でその傷を癒し、王という立場を諦めた彼を守り続けたいと願った。だが王は絶対にそれを許すまい。


 ―――かの王は、自分の愛した人と出来たであろう子が、公的に娘となることを望んでしまったのだから。


 しかしエヴァンジェリンに瑕疵がない状態ではジルベスタは絶対に子爵令嬢に靡いたりはしないことわかっていた。そして理由なく自分との婚約破棄がされれば何かしら傷ついてしまうほどに優しい人であることも。

 だからこそ❘自身エヴァンジェリンを悪役とし、子爵令嬢を近づけよと王はエヴァンジェリンに厚顔にも命じたのだ。


 それ以外の道がないわけではなかった。だが、ジルベスタが傷つかず、心安らかにあれる方法が、エヴァンジェリンにとって、正しい道でしかない。

 彼の幸せこそが、エヴァンジェリンにとって天祐だった。



 そのために、両親や国や、民がどうなろうと構わなかった。




 ―――たった一人、ジルベスタが大切だった。




「公爵。私は、殿下が国を支えたいと仰られたからそのお手伝いがしたかっただけ。あの方が野に下るといったのであれば、私はそのお手伝いをしたでしょう。それによって生じる国の問題なんて、私には欠片も興味がありませんわ。でも、殿下はそれをできないでしょう? あんなにも、お優しい人なのだから、きっと自責の念に囚われてしまうわ。まぁ、一時そんな殿下を私が真綿にくるむようにして大切にしたいとも考えたのだけれど」

「……あ、貴女は、狂ってる…」


 ラシューケが息も絶え絶えに零す。するとエヴァンジェリンは花が綻ぶように微笑んだ。





「えぇ、でも、何か問題があって?」




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