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千日紅の捧ぐ場所  作者: 水無月


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6/9

6輪目

 


 雨が降り、牢屋内の気温がぐんと下がる。

 吐いた息は白く、手先が悴んだ。






*****






「夜分遅くに淑女の所に訪れるのは不作法ではなくて? ラシューケ公爵」

「……何故、話されなかったのですか」


 夜更けにも近い時間に、ラシューケはエヴァンジェリンのもとを訪れた。ジルベスタにつけていた自分の配下が、彼が顔色を悪くしながら牢屋を出たとの報告があったためだ。そのまま王のもとへ行くかと思いきや、彼はそのまま自室に引きこもってしまった。不審に思ったラシューケは、そのまま一部の衛兵に金を握らせ、秘密裏に来たのだ。

 そして見た彼女は、以前と変わらず凛とした佇まいでそこにいた。


「やはり貴方でしたか…。駄目ですよ、あのようなことを殿下に吹き込まれては」


 そういう彼女に驚いた様子はなく、きっと自分が話すだろうと予想していたことがわかる。―――だからこそ、わからなかった。


「エヴァンジェリン嬢。もう一度聞きます。なぜ、話されなかったのですか。なぜ、貴女はこのような仕打ちを、許容できるのですか」

「なんのことでしょう」


 微笑みを浮かべたまま首を傾げるその様は、どこからどう見ても人畜無害な令嬢だ。…いる場所が牢屋でなければ。牢屋に押し込められた令嬢が、泣き喚きもせずに微笑んでいるなど、❘普通・・は考えられないのだ。

 第一、連れられたときは泣き喚いていた令嬢が、牢屋に入ったにも拘らず平然としている違和感に、殿下は気づかなかったのだろうか。


「エヴァンジェリン嬢、本当はわかられているのでしょう。言葉遊びは止めにしませんか」

「……」


 ラシューケが重ねて言うと、エヴァンジェリンの表情が一瞬で抜け落ちた。

 その人間味の欠片もない表情に、ぞわりとラシューケの全身に鳥肌がたつ。


「っ…」

「…言わなくてもいいものを」


 吐き捨てるようにいうエヴァンジェリンは、面倒だとでもいうように硝子玉のような瞳をラシューケに向けた。


「それで、何を私にお聞きになりたいの?」


 まるで明日の天気でも聞くかのように、エヴァンジェリンは淡々とそれを口にした。

 ラシューケにはわからなかった。どうして、良いように使われ、裏切られておきながらもこうして在れるのだ。

 どうして、裏切られたことに絶望していないのだ。

 彼女ほど、王家に尽くしていた存在はいないと言えるほどの献身だったのに。


「…すべての、真実を」

「真実? それを知って、誰のためになると?」

「我々の進退の為にも、知っておきたいのです」


 エヴァンジェリンは少しだけ考え込むようなそぶりを見せると、うっすらと微笑んだ。そのあまりの冷たい笑みに、ラシューケは息をのむ。

 そんなラシューケに、エヴァンジェリンは子供に言い聞かせるかのように優しく話し始めた。


「我が国の王家は、その血筋が一番大切なのはご存知ですわね」

「もちろんです。だからこそ、ジルベスタ殿下は認められない。貴女と結婚すれば…かつて王家の姫が降嫁した家のご令嬢である貴女が伴侶であれば、問題はありませんが」

「そう。そしてその私よりも、王家の血を確実に継いだかもしれない可能性がある方がいた」

「…ローガルデ嬢ですね」

「そして陛下は、ローデガルデ夫人を心から愛されていた」

「だから貴女に罪を被せたのでしょう?」


 本当の自分の娘かもしれない彼女を傍に置くために。

 ラシューケの言葉に、エヴァンジェリンは嗤った。


「…でもね、一つだけ間違いがあるわ。公爵」

「…?」


 エヴァンジェリンは天使とも悪魔とも見間違うような美しい笑みを浮かべた。


「ローガルデ嬢が、本当に(・・・)陛下の御子(・・・・・)だと?」

「なっ…!?」


 エヴァンジェリンの言葉に、ラシューケは一瞬全ての思考が吹っ飛んだ。そんなはずがないと思いたくも、彼女(・・)の能力を思えばそれが真実だと思わされざるを得ない。


「あ、貴女は、いったいなにを…」


 そんなはずはない、そう思いたいのに。考えてみればおかしな話だ。ローガルデ嬢は金の髪だが母似で若芽のような緑眼だ。本来王家の色は金髪碧眼。子爵こそ傍系のため薄くもその色を備えている。しかしどうしてか、ローガルデ嬢が王の子だという情報が流れたのだ。

 本来であればそのような噂が流れるはずのない色合いだというのに。


「陛下の子かもしれないと言い放ったのは、夫人よ」

「……そんな馬鹿な…! それならばそうと、何故言わなかったのですか!? 陛下の子を身籠っていれば正妃になれずとも側妃にはなれたはず…! なぜ自ら不貞を吹聴する真似を…!」

「それは私ではわからないわ。もしかしたら王室に入るというものが重かったのかもしれない、周りに言われたかもしれない、あるい一時の熱情だったのかもしれない。だから夫人は子爵に嫁いだのかもしれない。もしくは…結果的にどちらの子(・・・・・)かわからなかっただけかもしれないわね」

「本当はわからない、ということですか…? だとすれば、ローデガルデ子爵はなぜ何も言わない!?」

「…それこそわかるわけがないわ。妻も娘もどうでもいいのか、結婚せざるを得なくて彼女を選んだのか。まぁ、真実は本人にしかわからないでしょうけれど」

「貴女はなぜ、そこまで知っておきながら、何もされないのですか…!! 確かに血筋は大事だ、だが、我々は貴女のその聡明さも含んで妃になってほしいと考えていたのに!! そもそもかの令嬢が血を継いでいないのであれば、王家は実質断絶するも等しい!!」


 ラシューケは顔を歪めながら吐露した。エヴァンジェリン・マクミール。彼女は、天才という言葉が似あう少女だった。勉強に関して、ではない。確かに勉強も悪くはなかった。だが、マクミールのなかでは普通の部類だった。そしてマクミールの家のものは誰もエヴァンジェリンの本当の価値を理解していなかった。その情報収集能力と処理能力がずば抜けていることを。たまたまそれを知った一部の貴族は、エヴァンジェリンの才能に驚き、喜んだ。彼女こそ、妃となって国のためにその力を奮うことが相応しいと考えていたのに。


 ラシューケはエヴァンジェリンを見る。いまだにその態度を欠片も変えない彼女を。


「…なぜ、私が公爵にここまで話したか、分からない?」

「?」


 くすりと、エヴァンジェリンが笑う。突然話が変わったことには気づいている。だがそれを指摘できない。

 彼女が、何か、とてつもなく恐ろしいものに見えるのは、気のせいだろうか。


「私は処刑されるでしょう。…ねぇ、公爵。私は、殿下を愛しているの、心の底から。殿下が憂いなくこの国の王になることが、私の望み。できるなら一緒に支えてゆきたい。でも陛下はきっとそれを許されないでしょう。王妃様の不義の子が王になるのを。それならば自分が愛した人を傍に置いてもいいのではないかと考えてしまうのも、ある意味人間らしいわ。だからこそ、殿下が王になるにはローガルデ嬢と結婚するほかないわ。だって陛下が許さないもの。知っていて、侯爵? 殿下は幼いころからずっと…そう、ずっと国をよくする良き王になりたいと頑張っておられたのよ。たとえ、本物(・・)でなくとも。…ねぇ、公爵? 私がここまでしたのに、殿下の為を思って行動したのに、貴族である貴方が、それを壊すの?」

「―――っ!!」


 その時ようやく、ラシューケはなぜエヴァンジェリンがここまで話したのかを理解した。

 そしてローデガルデ嬢がどうして王の子だなんて不穏な噂が流れたままなのかを。

 ラシューケが気付いたことに気づいたのだろう。エヴァンジェリンは唇の端だけを器用に持ち上げた。


「あ、なたはっ…!! 私を…!!」


 エヴァンジェリンがラシューケだけに真実を話した理由。それはラシューケという貴族を使うため。ことの顛末を知った彼は、きっとこれ以上王家をつつけない。突きたい気持ちはあるが、それをすることで発生するすべての想定は国のためならない。

 だからこそ、噂を否定する。

 そうしなければ、国は崩壊を迎える。

 罪のない献身高い一族をその欲の為に滅ぼしたのだ。

 裏切った王家は粛清され、新たな統治者を用意する間もないまま混乱へと転げ落ちてゆく。そうなれば他国は黙ってはいまい。


「……どうして、そこまでして…、あなた…あなたたちを裏切った王家を守ろうとするのですか…」


 ラシューケにはどうしても理解できなかった。確かに貴族は王家に仕えている。だが、それは命を懸けてまでの献身ではない。自分たちの家族を、領民を守ってくれる王家だからこそ仕えている。要は命あればこその献身だ。

 目の前の彼女は、家族を殺されそしてその王家にも裏切られ、その命すらも奪われる未来しかないというのに、国のためになお王家を守ろうとする。

 ラシューケの暗い声に、エヴァンジェリンはきょとりと目を丸くした。


「私は、マクミール公爵に恩がありました…処刑とてこんなに早くなければ、何としてでも助け出すつもりでした。しかし公爵夫妻に令息は処刑され、残った貴女だけが、恩を返せる相手となったというのに、私は何もできないというのですか…」

「気にされずともよろしいのに」

「わたしはっ、義を重んじているのです!! こんな、こんな酷い結末があっていいのですか…!! どうして、こんなことに…!!」


 今にも涙が零れそうなラシューケに、エヴァンジェリンは近づくように手招きをした。ラシューケは涙でぼやけた視界のまま、牢へと近づく。





「―――侯爵、私の、最大の秘密、教えて差し上げるわ」



 そういったエヴァンジェリンは、とても幸せそうに微笑んでいた。






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