テロ組織・ノータリン
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
僕とタツゾウはビルを出た後、そこに転がり落ちている多数の死人を目撃した。
彼らは死んでいた。身動き一つしなかった。一面が鮮血の海である。
非現実的にして絶望的なその光景に、僕は息を飲んだ。そして吐き気を催す。
僕は「ドラミデの悲劇」の生き残りだ。その時にたくさん人が死んでいくのを見た。
ただ、やはりこの景色に慣れることはない。多くの夢が潰された景色。
嘔吐しそうになり、その場に佇む。
「おい、大丈夫か? しっかりしろよ!」
タツゾウは僕の背中を優しく撫でる。彼は僕と違って平気そうだった。いったいどんなメンタルをしているのだろうか。
「こいつは相当ひでーな……」
彼は真剣な顔つきで辺りを見回し、屈んで僕の顔を覗き込む。
「だが、進むのを止めるわけにはいかないぜ。じゃねーとまた一人犠牲になっちまう。そうだろ?」
彼の表情からは何かしらの決意が感じられる。それが一体何なのかを、僕には知る由もない。
そして、彼は僕の頬を両手の人差し指で釣り上げ、強制的に笑顔にさせる。
「ソラト、笑って進もうぜ! こんな時こそな!」
笑う? こんな時こそ?
タツゾウは僕の顔から指を離し、ニッと笑ってみせる。
しかし、僕は彼の言っていることを少しも理解することはできなかった。
彼が全く普通でないことは知っている。
大事な試験を放り出し、死の危険を冒してまでこんな僕について来たくらいだ。
しかし、この状況で笑えと言うのは無理があるのではないだろうか……。
「お、お、おい……。そこで何をしてるんだ?」
不意に後ろから声がかかった。何かに怯えたような、とても震えた声だった。
振り返るとそこにはピストルを構えた声の主が立っていた。服装から察するに、このビルの警備員だ。
「おっさん! ここで何があったんだ!?」
タツゾウが警備員さんの質問に答えることなく、この場で起きたことを尋ねる。
「ふぅ、見たところ、お前たちはあいつらとは違うようだな。マスクを被ったテロリスト大勢の奇襲に遭ってな、ここを警備していた八併軍の戦士が皆やられちまった……」
「「奇襲!?」」
彼は僕らに対し危険がないと判断したのか、少し安堵した声色でそう言い、ピストルの銃口を下ろす。
ここも何者かに襲撃されていた。つまり、二か所同時に襲撃を受けたことになる。
複数人、複数箇所での襲撃が実行されたことを鑑みると、組織立っての計画された犯行なのではないだろうか。
「おっ、そうだ! ここから誰か出てこなかったか!?」
タツゾウが立て続けに質問する。
確かに、もしこの人がここを見張っていたのであれば、レイアさんを連れ去った犯人を見ているかもしれない。
警備員さんは首を傾げ、何かを思い出そうとしている。
「いきなり襲われてパニックになっていたからあやふやなんだが、背の高い男が一人、誰かを担いで出てきたような気がする。そんで黒のミニバンに乗り込んで、向こうの方に走って行ったぞ」
彼はそう言って、繁華街らしき街の方を指さした。
タツゾウがニカッと笑った。
「上出来だぜおっさん。行き先さえ分かれば全然いいぜ!」
それだけ言い残し、タツゾウは走り出してしまった。
「行くぞ、ソラト! 急がねえと間に合わなくなっちまうぜ!」
「待ってよー!」
状況を何も理解できず、後ろで口を開けたままの警備員さんを放置し、僕はタツゾウを追いかけた。
試験会場のビルから少し離れたところにある、繁華街道を駆け抜けている。
サイバーパンクで未来感溢れる街からは、賑やかな声が耳に入ってきて、今僕たちが置かれている状況とあまりにも違うためか、はたまたその街並みの中に知らないものが多すぎるゆえか、どこか異世界のような幻想的な空気を感じさせる。
日は完全に暮れていて、街には明かりが灯っている。
レイアさんを救出すべく、大地を蹴り、風を切る。人込みでは、人の波を掻き分けて進んでいく。
「ねえタツゾウ、あの警備員さんに僕らの事、言っておいた方が良かったんじゃないかな?」
僕に先行し、ガンガン前に進んでいくタツゾウに尋ねる。
「ソラト~、そんなことしちまったらバレちまうじゃねーかよ。悪いことはバレねー様にしないとな!」
言った後でタツゾウはニシシシと笑い、僕の肩をポンポンと叩く。
彼の怖いもの知らずな性格に励まされているものの、僕は、自分の一時の勇気によって発してしまった発言を非常に後悔していた。
今から行く先には、自分たちと「死」が隣り合っているからだ。
もちろんそんなことは分かっていたが、あの光景を目の当たりにしてようやく現実味が湧いてきたのだ。
「タツゾウ……、あのね……」
弱気に引き返しを提案しようとした。
僕の心の中は、圧倒的に死への恐怖で埋め尽くされていた。
「ん? どうしたんだ? 奴らの前に現れる時のカッコイイ登場の仕方でも思いついたのか? それとも良い感じの作戦か?」
タツゾウは、楽しみでワクワクを抑えきれないといった表情をしており、ニヤニヤがこぼれ出ている。
そんな彼を見て中止なんて提案できるだろうか。いや、できまい。少なくとも僕には……。
「いや……、何でもないよ……」
消え入りそうな声で僕は彼にそう告げた。
ああ、なんであんなこと言っちゃったんだろう。
引き返したい。怖すぎる。やっぱり八併軍の戦士に任せよう。でも、タツゾウに切り出せないよ……。
そんな心情で繁華街内を駆け回る。
◇
しくじった。私としたことが油断した。
爆発によって崩れた天井ばかりに気を取られてしまった。あの瞬間、あの一瞬、周りが見えなくなってしまったのだ。
その一瞬の隙を突かれ、手と足をきつく縛られ、身動きを封じられてしまった。
そして今、場所は分からないが薄暗いところで椅子に拘束され、私を連れ去った男と対面で座らされている。周りにもマスクで顔を隠し、銃を持った連中がズラッと取り囲んでいる。
「あなたたちの目的は? 私を狙うってことは、お父様に用があるのかしら?」
男に尋ねる。
パーマヘアの男は不敵に微笑み口を動かす。少しかすれた声だった。
「怯えるでもなく、泣き喚くでもなく、命乞いするでもない。さすがは麗宮司家の娘、麗宮司レイア。次の世代を担うもの。いいねえ、図太い女は好みだぜ~。壊しがいがあるってもんだ」
「質問に応えなさいよ!」
「おっと~怖い怖い。意外と感情的なんだな。噂とはだいぶ違うようだ」
目の前のこいつは私の反応を見て遊んでいる。
何とか脱出を試みたいが、縄が固く結ばれており解くのは困難だろう。
「自己紹介が遅れて悪かったな~。俺の名前は山葵間、山葵間正だ。よろしく~。お前を捕らえたのは交渉を成立させやすくするためさ」
そう言うと男は自分の顔の皮をビリビリと破り始めた。
「世間の皆様たちからは、半人半骸の男なんて呼ばれてるんだ」
顔の皮の下から彼の素顔が現れた。
彼はその異名通り、顔の半分は人肌で、もう半分がむき出しになった人の顔面部の骨であった。
まるでアンデッドだ。気味が悪い。
「気色悪い顔をしていらっしゃるのですね」
「ふふふふふ、よく言われるぜ」
世間で騒がれている有名な残虐殺人鬼。
彼のこれまでの行いを見ても、その姿を見ても悪魔的と形容するほかないだろう。
「私も殺すのですか?」
「いや、お前の生死に興味はない。ニュースとかで聞かねえか? 俺は偉人を狙って動くんだぜ。業界の有名人や戦の英雄、名医や天才科学者、そういった類の大物の命にしか興味はねえよ。お前みたいな卵だと、今殺すのはもったいないしな」
「私たち受験生を生き埋めにしようとしたのにですか?」
「そいつは作戦実行の過程で出ちまった犠牲だろ。そういうのはしょうがねーって。ノーカウント、ノーカウント」
彼の思考回路は常人のそれではない。
残虐なことを繰り返しているうち、道徳心が麻痺してしまったのだろうか。それともそもそも持ち合わせていないのか。
「私を交渉に使うというのは、一体どういうことなのでしょうか?」
自分のせいでどのようなことになってしまうのだろうか。どのように関係者に迷惑をかけてしまうのだろうか。
情けない。私のせいで名家である麗宮司家の名を穢してしまう。
奥歯を食いしばる。良いように利用されてしまうことが悔しい。
申し訳ない。本当に……申し訳ない……。
「今から八併軍の本部に電話を掛ける。お前の親父さんに直接交渉してみるのさ」
山葵間は交渉が上手くいくという確信があるのだろうか。その人外染みた顔からは笑みが零れていた。
「芯玉を頂く」
彼が、衝撃的な目的を告げる。私の頭は一瞬フリーズした。
そして頭の働きが正常に戻り、その恐ろしさに気づき始める。
だめだ。こんな奴に与えては絶対だめなのだ。
下手すれば、彼らに世界が滅ぼされてしまうかもしれないのだから。
◇
トゥルルルルル。トゥルルルルル。トゥルルルルル。
本部の情報統括部。そこに一通の電話が掛かってきた。
部署内に緊張が走る。
電話のある席には、八併軍総督・麗宮司銅亜が座っており、その傍らに参謀のノロシマ・覚才が立っていた。
八併軍のトップ2の二人である。
「遂に来たな。どうする?」
ノロシマが銅亜に尋ねる。
銅亜はうーん、と唸り首を傾げ、頭をポリポリと掻いた。
「どうしたものかなあ。まあ、とりあえず相手の要求から聞いてみちゃう?」
麗宮司銅亜という男は、基本的にズボラで適当、そして仕事に対する熱量が圧倒的に低い。
「くれぐれも真面目に頼むぞ。世界の命運が懸かっているかもしれないんだ」
対する参謀・ノロシマは真面目できちんとした男だ。
常に冷静で総督への助言も的確、そして戦局を見極める天才。八併軍参謀にはこれ以上とないほど適任な人物である。
トゥルルルルル。トゥルルルルル。トゥルルルルル。
ガチャ。
受話器を銅亜が取る。
「こちら八併軍本部。自分は総督です。ご用件は何でしょう?」
気の抜けた声で電話対応をする。
これが一般的な企業の従業員と一般的な客の電話であれば、クレームが出ること間違いなしだ。しかし、八併軍総督が電話越しに対応している男は一般的な客でも何でもない。
『こちら半人半骸だ。話すのは初めてだな。娘は預かっている。その前提で話を進めていこうじゃないか』
「それはまあ、ご苦労様です」
半人半骸にとってこの父親の反応は意外だった。
とても娘を心配している親の声色には聞こえなかったからだ。
『芯玉を頂きたい。あんたの娘と交換だ』
「できない相談だな」
『交渉決裂かよ~。娘が心配じゃないのか?』
「当然心配だとも、だがこの不安定な世界程じゃないさ」
『マジかよ。また掛け直す。交渉はまだ終わっちゃいねーからな』
二人の交渉は決裂した。
「おい、本当に良いのか?」
ノロシマが銅亜に尋ねる。
銅亜の顔は真剣だった。いつもの腑抜けた中年男の顔ではない。まさしく、世界を背負う組織のトップを担う男の顔であった。
「良いんだ。お前が同じ立場でもそうしただろう? レイアは独立したんだ。試験に送り出すその瞬間から、全ては自己責任だと伝えてある。俺は、世界の夢と希望を背負う男だ。それを守るという大きな使命がある。責任がある。たかだか俺が愛して止まない娘一人のために、世界を犠牲になんてできやしないんだ」
ノロシマは驚いた。銅亜の総督らしい立ち振る舞いは、ここ数年で初めてだったからである。普段彼がここまで熱く何かを語ることもない。
そして、彼の考えにノロシマ自身も激しく共感した。
「うむ、確かにそうだな」
◇
「おい馬鹿松、どうする? 総督は娘を捨てたぞ」
俺は今、かなりいら立っている。なんせ俺の努力によって得た人質の価値が、無となってしまったからだ。目の前にいる女もつくづく使えないものだ。
『鹿馬松だ!』
通信相手である鹿馬松が、すかさず訂正を入れてくる。
『……そうか。まさかそんな決断をしてくるとはな。あの総督にそんな決断力があったとは……、侮っていた。よし、プランBに変更だ。こんなこともあろうかと用意していた』
「俺はお前の推測ミスによって、冒さなくてもいいリスクをわざわざ冒しちまったわけだ」
『お前が連れてきた娘は無駄ではない。いくらでも交渉の道具にできるさ。今回は交換の対象がデカすぎただけだ』
鹿馬松は今、そのプランBを成すために別行動を取っている。
通信機からは誰かの怯える声が聞こえた。
『理の国の大統領を捕らえた。自分の娘を見殺しにはできても、奴らはこれを見過ごすことはできないさ。なんせ八併軍は、国家には頭が上がらないからな』
鹿馬松率いるテロ組織「ノータリン」は、理の国の転覆を狙っている。
理の国には国全体として、優秀な奴を伸ばし、出来損ないを切り捨てるという風潮が見られる。
そしてそれが、理の国に7か国の中で最先進国としての立場を与えた。
事実、理の国には様々な業界で功績を残している人材が多くいるが、彼らを生み出すために、この国がどれほどの人間を切り捨て、踏み台としてきたのかは分からない。
ノータリンは、メンバーが理の国の出身者で構成されており、彼らは皆、切り捨てられた側の人間だ。
そのような理の国に反旗を翻し、現政府を撃ち滅ぼし、新政府を立ち上げようとすべく活動している過激な組織なのだ。
『芯玉は必ず俺たちが貰う! そして知らしめるんだ、俺たちの存在を!』
鹿馬松が電話越しに鼓膜が破れそうな音量で叫んできた。俺は咄嗟に耳から受話器を離す。
「怖いねー。才能に恵まれなかった奴らのひがみってのは」
受話器を近づけずに聞こえない程度の声量でボソリと呟く。
『しかしでかしたぞ山葵間。実は麗宮司家の娘は、後の作戦の役に立ってもらうためにお前に攫ってもらったんだ。交渉が成立すればそれで良し、決裂すればそれもまたそれで良しだ』
「なにも芯玉と交換するためだけに、連れて来させたわけではないってことか……」
今回俺が伝えられていたのは、麗宮司レイアを拉致し、彼女を使って芯玉との交渉に乗り出すということだけだった。プランBについては全く知らされてはいなかった。
「じゃあ交渉もお前がやるってことか?」
『そういうことだ。さあ目前だ! 俺たちノータリンの威が示される時が近いぞ! 吉報を待っていてくれたまえ! あっはははははは!』
鹿馬松のテンションが高い。
ここまで作戦が大方順調で、これからの作戦の見通しも随分良いからだろう。
鹿馬松は一度調子に乗れば、上がるところまで上がる男だ。
はっきり言ってこの男と俺の相性は悪い。現に俺は今この男に対する嫌悪感が増している。こういう成功したわけでもないのにすぐに調子に乗る奴が嫌いだ。
ちょーうぜえ。
お読みいただきありがとうございました。




