闇へ
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
「……ここかな?」
「かもな。なんか怪しい臭いがプンプンするぜ」
僕は今、犯人が乗った黒のミニバンの目撃証言を基に行き先を推測し、イアの繁華街の裏路地で見つけた廃ビルの前に立っている。こういった人目に付かない場所は、大人数で潜伏するのには最適だろう。
外壁は黒く焦げ付き、ところどころ窓が割れていて修繕されていない。
夜であたりが暗いことも相まって、禍々しい雰囲気を感じてしまう。まるで、僕たちを死へ誘っているかのようだ。
「……やっぱり帰らない?」
先ほどタツゾウに言うのを躊躇った言葉が、寂れたビルを前にしてスラリと出た。
「おいおい、ここで引いちまったら俺たちに待ってるのは、臆病不合格者の称号だけだぜ。お前だってそれは嫌だろ?」
「嫌だけど……」
怖い。単純に死ぬのが怖いのだ。この感情を抑えることは、僕にはできそうにない。
足がガタガタと震え、止めようにも止まらない。完全に腰が引けてしまった。
「タツゾウは、こういうのって初めてじゃないの?」
「何言ってんだ。お前と同じで初めてに決まってるだろ。なんかこういうのかっこよくね? 俺たち悪を討つ本物のヒーローみたいじゃね?」
タツゾウのセリフに何度も励まされてきたが、今回の彼の発言は、僕の不安を増大させるのには十分すぎた。
踵を返し帰路に付こうとしたその時、
「まあまあ、とにかく行かなきゃ始まらないぜ。いざ、突入!」
タツゾウが僕の腕を掴み、無理やりビルの扉に引き連れようとする。
「いーやーーーーーーーーーーーー!!」
こうして僕は、友の手によって廃ビルの闇へと引きずり込まれることとなった。
◇
トゥルルルルルル。トゥルルルルルル。
またも情報統括部の部署に電話が掛かってきた。折り返しの電話であることは、この場にいる誰もが理解していた。再び、部署内に緊張感が波のように伝わっていく。
ガチャ。
受話器を麗宮司銅亜が取る。
「はいよ。こちら八併軍総督。ご用件は何でしょう」
銅亜は、先ほどと同じようなぶっきらぼうな声での応答をした。
『俺の名前は鹿馬松角太、「ノータリン」の頭だ』
鹿馬松は、これまで秘密にしていた自分の名を明かす。
「ご丁寧に名前までどうも」
『もう隠す必要が無くなったのさ! さっき、半人半骸から交渉が持ち掛けられたはずだが、断ったようだな』
「その通りです。で、今度はなんでしょう?」
銅亜は、相手の話し方や言葉から知性の無さを感じ取り、けだるそうに対応する。
『理の国の大統領を捕らえてある。「芯玉」を渡せ! こいつと交換だ!』
「それはまあ、何というか……、やってくれましたな」
総督の明らかな変化に、部署内の緊張がさらに高まる。
参謀・ノロシマも只ならぬ予感を感じ取った。彼には、銅亜の顔で深刻度が分かってしまう。
「そのままで少し待ってくれ。話し合う」
そう言うと、銅亜は受話器を置き、座ったままで立っているノロシマと向かい合う。
「何があった?」
「まずは事実確認だ。理の国の大統領が捕まったらしい。奴らどんな手を使ったのかは分からないが、まずいことになった。すぐにイアにある八併軍支部及び理の大統領邸と連絡を取るんだ」
銅亜の頭の中にはたくさんの疑問が浮かんでいた。
一国の大統領が攫われるなど普通は考えられないことだ。
当然、国の軍隊も大統領の警備を怠るはずはなく、特に理の国の大統領邸のセキュリティは、最先端技術を駆使しているため、八併軍本部のものを除けば世界一である。
「ダメです。連絡がつきません」
「こっちもダメです」
イアにある八併軍支部には、理の大統領の護衛と行動の報告という職務が任せられている。
そこに繋がらず、大統領邸宅にも繋がらないということは、鹿馬松という男が言っていたことが事実である可能性は高い。
「俺には『ノータリン』がそれほどの連中とは思えないのだがな」
率直な感想をノロシマは述べる。銅亜も同じ感想を抱いていた。
「俺も同じことを考えていた。まあ、今はそんなことはどうでも良い。このまま大統領を見殺しにはできない。これを見過ごせば我々がいる意味など無くなってしまう。国家からの信頼を失うわけにはいかない。いいなノロシマ、人質の取引に応じるぞ。その後のことは、後で考えることにする」
銅亜は、深く考えるまでもないと言わんばかりにすぐに決断を下した。部署内がざわつく。
「わかった。お前の決定に従おう。最善だとは思うが、覚悟しておいたほうが良い。一テロ組織に、世界に一つしかない強大な兵器が渡ることになるんだ。この決定は、世界を揺るがすぞ」
ノロシマが銅亜に忠告する。
「わかっている」と銅亜は返事をしながら、受話器に手をかける。
『決断はできたか? 俺たちに芯玉を渡す決断だ!』
再び知性の低そうな声が、受話器の向こうから聞こえてくる。
「ああ、わかった。お前たちとの人質交換に応じよう」
『物分かりが良くて助かるぜ。場所は今夜の0時、時間は理の国首都イアの大統領邸でだ。お前が芯玉を持って一人で来い』
「場所と時間逆じゃねーか? まあいいや、0時に理の国の大統領邸に行けばいいんだな?」
銅亜は、鹿馬松角太の過ちを指摘し、彼の羞恥心を刺激する。
『あ、確かに……、ってうるせーよ! 一人で来いよ! 絶対だぞ!』
「はいはい。わかりましたよ」
銅亜は緩く返事をし、相手が電話を切るのを待った。通信が切れると、ふう~、と大きなため息をついた。
ノロシマと顔を見合わせる。彼らの考えていることは同じだ。
「「これから忙しくなるな~」」
二人は口を揃えてそう言った。
◇
どうやらこの事件は、単なる一国のテロ事件で収まりそうもない。
つい先ほど、留守を任されている十奇人・クルーズから連絡が入った。
「クログロスさん、よく聞いておいてください。理の国の大統領が、ノータリンの頭にして今回の主犯格でもある鹿馬松角太の手により、大統領邸宅で囚われの身となっています。彼らはその場で立て籠もり、人質との交換条件として芯玉を要求してきたそうです。総督は、今夜の0時、大統領邸にてその人質交換に応じることを決定しました。あと、やはりレイアお嬢様は捕まっておられました」
衝撃的な内容を淡々と事務連絡のごとく、クルーズは伝えてきた。
「おう、なるほどな。要するに、0時までに理の大統領を奪還しろってことだな。そんで、優先度は下がるが、レイアお嬢さんも救出せよってことだな」
「話が早くて助かります。さすがはクログロスさん、頼りになります。他の二名にも伝えておいてください。こちらも受験生の安否確認や、試験の続行が可能かどうか検討中でして、忙しいゆえ、これにて失礼します」
「了解だ」
本部から送られてきた部隊は、この俺が率いているクログロス部隊、チョウ・判部隊、そしてフェンリル部隊の三部隊に分かれて、レイアお嬢様と行方不明の受験生二人の捜索を行っていた。
理の大統領邸へは、俺の部隊が他の二部隊と比較して一番近い。
ここからは、彼らに捜索は任せて、自分たちは大統領奪還に全力を注いだ方が良さそうだ。
「全員注目してくれ。今から俺たちの部隊は、理の国大統領奪還作戦に切り替える。『ノータリン』という組織から大統領を奪還すべく動くことになる。作戦の危険度は変わらない。引き続き、気を引き締めて臨んでくれ!」
「「「了解!」」」
部下たちの返事を聞き、また進み始める。
取引は行われてはならない。行われれば、奴らの要求を飲まなければならない事項が多くなるだろう。
この作戦だけはミスできない。俺は両頬を叩き、気合を入れ直した。
◇
明かりの灯っていない広々とした1階フロアは、外から入ってくる僅かな光で、辛うじてその内装を把握することができる。
一般人が絶対に寄り付いてはいけない空気を醸し出している廃ビルの玄関を、タツゾウは僕の腕を掴んだまま躊躇うことなく突入する。
「失礼するぜー!」
「ええーっ!?」
タツゾウの声が1階フロアに響き渡る。彼の衝撃的な行動に、僕も思わず大声で叫んでしまった。
敵がどこに、どのくらいいるのかも分からない状態で見つかるのは非常にまずい。
向こうは本格的なテロリスト、対して僕たちはただのアカデミー受験生。
敵は持っている武器も殺傷能力の高い武器を持っているに違いない。それこそ僕たちの持っている武器が玩具に見えてしまうほどのものだろう。
できるだけ敵には見つからない方が良い。
てっきりこの認識だけは共有できているものだと思っていた。
どうか、どうかここじゃありませんように……。
自分の推測が間違っていることを心から祈る。
「誰かいるのか?」
フロアの奥の方から声がした。姿こそ見えないが、敵は確実にいる。
不運にも、僕の推測は当たってしまった。
「ビンゴだな。こんなビルに人がいるなんておかしいぜ。お前凄いなソラト!」
「ひいいいいい! あわわわわ!」
タツゾウの手から抜け出そうともがくも、力の差があり過ぎて彼の腕はピクリとも動かない。僕は右腕を捕えられたまま床を引きずられる。
「大丈夫だって! 言ったろ? こういう時こそ笑ってこーぜ!」
「むりいいいいいいいいい!!」
タツゾウは声のした奥の方へと進んでいく。玄関がどんどん遠のいていく。
お願いです。誰か、誰か彼を止めてください!
「誰だ貴様は!」
声の主がすぐそこにいる。背後から聞こえてくる声量でそれが分かる。
「アズマ・タツゾウ! よろしくな!」
「お、おう……、いや違うわ! 何しに来やがった!?」
恐ろしくて後ろを振り向けない。
僕はどうしたら良いのだろうか。ここから何をするのが正解なのだろうか。
混乱状態に陥っている脳を何とか働かせようとする。
「麗宮司レイアって奴を探してんだ。知らねーか?」
「知ってても教えるかよ!」
背後にいる声の主はタツゾウの質問を一蹴する。
そりゃあそうだ。きっと彼も誘拐に加担した犯人なのだ。答えてくれるわけがない。
「そっか、じゃあ他当たるぜ」
タツゾウが方向を転換する。それにより、僕の視界に嫌でも敵が映ってしまうようになる。
「待てや!」
スチャ。
闇に溶け込むような黒いマスクを頭に被り、同じく黒の防弾チョッキを着用したいかにもなテロリストは、その手に持つ銃の銃口を、背中を向けたタツゾウに据える。
「手を挙げろ! このまま行かせるわけねーだろ!」
生まれて初めて銃火器を向けられ、僕は間を置かずに、タツゾウに掴まれていない方の左手を挙げた。
「お前もだ!」
「へっ! 嫌だぜ」
「抵抗するなら撃つぞ!」
「やってみやがれ!」
パアン! カキン!
それはまさに刹那の出来事だった。
タツゾウは掴んでいた僕の腕を放すと、テロリストが発砲した弾の軌道を読み、咄嗟に背中の大太刀を抜刀して叩き落として見せたのだ。
「なにっ!?」
「これくらい、お手の物だぜ!」
銃弾を凌いだ大太刀は、続け様に二撃目を敵へと繰り出す。
「ぐあはっ!!」
見事に敵の脇腹に入る。強烈な一撃を受けてテロリストはよろめき、そして床に倒れ込んだ。
タツゾウは、本格派テロリスト相手に勝利を収めてしまった。目の前で起きたあまりに信じられない事象に、僕は自分の目を疑った。
刀で銃弾を斬った!? 人ってそんなこともできるんだ……。
僕の中の常識が覆る。
「何だろうこれ?」
ふと、倒れた敵の近くに落ちた物が気になり、僕はそれを拾い上げる。
ポチッ。
無意識だった。拾った時の親指に当たる部位が凹む。音は鳴らず、押した部位が赤く点灯し出した。
「あっ……、これダメなやつかもしれない」
「どうしたんだ?」
タツゾウが僕の手に持つ物を覗き込んでくる。もう一度押してみたが、点灯は収まらない。
「おい、1階から応援要請だ! 侵入者かもしれん、すぐ向かうぞ!」
1階の奥にある階段の、2階に通じているであろう上の方から声が聞こえてくる。
気付いた時には遅かった。
やってしまった、やってしまったのだ。
階段を下りる大人数の足音が聞こえてくる。なんだか、考えられる中でも最悪のシナリオを進んでいる様な気がする。
「おっ! たくさん来たな!」
「あわわわわ! ヤバいよおおおお! やっちゃったよおおおお!」
2階から降りてきた人数はざっと10人、いや20人はいるだろうか。
どちらにしても、この窮地は僕らが乗り越えられそうな壁ではない。きっと取り囲まれて、捕まって、椅子に縛られて、激しい暴力を食らって、尋問、拷問……。絶望的な人生の終わり方だ。
「よっしゃ! ここは俺に任せとけ!」
ネガティブ思考に陥っていた僕とは対照的に、タツゾウは歯を見せて笑いながら、僕にグッドサインを向けてくる。
「あいつら全員、俺がぶっ倒してくるぜ!」
「むむむ、無理だよ! 止めた方が良いよ! に、逃げよう! こ、殺される、殺されるよおおおおお!!」
「俺があいつら引き付けるから、お前はその隙に上がって生意気お嬢様を助けてこい」
「タツゾウ、僕の声、届いてる?」
「よし、行くぜ!」
タツゾウは自分一人で勝手に盛り上がり、多勢の敵に突撃していった。
その場にポツリと取り残された僕は、フロア内にある柱の陰から彼の大胆な行動を見守る。
「侵入者だ!」
「誰だ貴様は!」
「すぐに排除しろ!」
同じ格好をした多数のテロリストたちを前にして、タツゾウは勇猛果敢に立ち向かっていく。
彼はおそらく、恐怖という感情が麻痺しているに違いない。
怖い。今のうちに逃げ出してしまいたい。やっぱり僕なんかがこんなところに来たのは間違いだったんだ。何もできないくせに、友達に頼ってばっかりだ。
後ろを振り返る。玄関が見える。あそこを潜り抜ければ命が助かる。
視線を戻す。友人が大太刀を片手に、敵大勢を相手取って戦っている。
僕は走り出した。
お読みいただきありがとうございました。




