22
僕は、ゆっくり転移の間に向かって歩き出す。
場所は分かっている。最初に塔内部を案内してもらったからだ。
転移の間には、加賀さんと僕達と本間さん達とで向かった。
護衛の兵士達はジョニー・カーラントをそのままに出来ない為、応援が来るまでその場に残った。
加賀さんは、悲しそうで、でも何か言いたそうな顔をして僕の後をついてきた。
でも何も言わない。
みんなも、黙ってついてきている。
僕の歩みは、昔から遅い。速く歩くと、心臓に負担がかかるからだ。
だからいつもは、みんなさっさと追い抜いて行くのだが、今は誰も、僕を追い抜こうとはしない。
剛志は、将がおぶっている。そばを宮本さんが心配そうに歩いている。たまに僕の方を見て、何か言いたげだ。
宮本さんだけじゃない、みんな何か言いたくても黙っている、という感じでついてきている。
沈黙が続く中、足音だけが響く。
そして、転移の間にたどり着いた。
僕の足の遅さのせいで、随分と掛かった感じだ。
みんなの方を向いて僕は言った。
「最初に剛志を送りたいけど、いいかな?」
「え、最初に剛志君を、いいの?」
宮本さんが聞いてくる。
「これ以上、一緒にいたら僕が離れられなくなるよ!」
そう言って剛志の顔を見た途端、涙が溢れた。
後悔がないわけじゃない、別れたいわけじゃない!
僕の親友で、十年以上一緒にいた家族なんだ!
この時、初めて分かった。
家族なんだ、剛志はかけがえのない家族!
宮本さんが剛志の事を好きだと気付いた時、僕は家族が増えるような気がしたんだ。
良かった、変な性癖を持ってたわけじゃなかった。
僕は、少しだけ安心した。
「宮本さん、僕は宮本さんの事が好きだった。いや、今も好きだ。
でも異性としての好きじゃない。
宮本さんは、剛志の事好きでしょ?」
僕がそう言うと、宮本さんは下を向き、小さく頷いた。
「僕は、剛志と宮本さんがもし結婚したら家族が増えるような気がしたんだ。
剛志は僕にとって家族だから。
新しいお姉さんが出来る感じなのかな?」
「そんな、結婚って!
私がお姉さん?
違うでしよ、私の方が精神年齢、ずっと下だよ!
草太君はしっかりしてて、みんなを導いてて、私なんかよりずっとずっと上だよ!」
「アハハハ、僕、こんなにちっちゃいのに?」
泣いていたので、変な泣き笑いになってしまった。
この頃から僕は、自分がどんな顔をしているのか、分からなくなった。
涙はどんどん溢れて視界は歪むし、頬は何やら熱いものが流れているし、顎の下ではピチャピチャ音がする。
目をぬぐって宮本さんを見ると宮本さんも泣いていた。
廻りでズッズッと鼻をすする音がする。
みんな泣いていた。
僕は加賀さんの方を見る。
加賀さんも泣いていた。
そして加賀さんはゆっくり頷く。
僕は、剛志をおぶっている将に向けて言った。
「将、お願い!」
将は黙って転移の台座に剛志を降ろし、寝かせないように座らせ、支える。
そしておもむろに口を開く。
「俺は最後にしてくれ。お前と少しでも永くいたい」
僕は静かに頷く。
みんなも頷いていた。
「じゃあ私が行くわ」
と、栗林さんが名乗り出た。
栗林さんも目が真っ赤だ。
「一番最初だし、安全を確認するためにも委員長の私が行かないとね」
と言って微笑む。
「あなたには、いつも助けられたわ。私、委員長なのにいろんな責任のある判断をあなたに任せてばっかりだった。
こんなダメダメな委員長だけど最後くらい、ちゃんとしないとね」
と言って後ろを向く。
そして鼻をすする音が聞こえた。
そのまま台座に向かう。
最初の三人が決まった。
台座の上の剛志を宮本さんが将から預かり抱き抱える。
僕は宮本さんに「剛志の事、お願いします」と言って頭を下げた。
「まかせて、って言いたいけど、草太君みたいには出来ないよ」
と自信無さそうに言ってくるが
「大丈夫、剛志は僕なんかよりずっと強いから、宮本さんはそばにいてくれるだけでいいんだ」
と言うと、少し安心したのか「うん」とだけ言って微笑んだ。
僕は剛志に向き直り
「剛志、ごめんね、僕は先に逝っちゃうけど、剛志は僕の分まで生きてね」
それだけ言って離れた。
三人が台座の上に上がったのを確認して、僕は加賀さんの方を見て頷く。
「それでは、送還します」
と加賀さんが言って術式を起動させた。
台座の上の転移術式の紋様が光り、三人を光りが包む。
僕らが召喚された時と同じ光りだ。
そして光りがやむと、三人はいなくなっていた。
「成功です」と加賀さんが静かに言う。
その言葉を聞いて僕は、本当に剛志がいなくなったのだと理解した。
また涙が溢れる・・・・・。
その後も問題無く送還の儀は続いた。
「古川君、あんまり先生をいじめちゃダメだよ」
少しやんちゃの古川 裕一に僕は声を掛ける。
「お前がいなきゃ張り合いねえから、そこまでしないよ」
そう言って古川君はニッと笑った。でも目は真っ赤だ。
そんな感じで一人一人、別れを告げていく。
すでに儀式ではなく、作業としなければ僕の心は最後までもちそうになかった。
「菅野さん、ケータイの電池、帰ったら買って返すって言ったけど、無理だった」
「いいよ!間壁君からは、私、たくさん勇気をもらったから」
と微笑む。
「北原さん、浩幸の事、見捨てないでね」
「こんな時まで変な事を言わないで」
と泣き、笑う。
「進藤さん、あんまりクラスのみんなを無理させないでね」
「無理なんてさせてないよ!私はみんなの為を思ってやってんだから!」
と、不満そうに言うがすぐに笑い、そして両手で顔を覆い隠し、泣き声を漏らした。
進藤さんは気が強いが、涙もろい。
確実に三人ずつ、いなくなっていく。
クラスメートの一人一人と握手をし、抱き合い、泣き合い、笑い合って別れを告げていく。
「藤本君、君にはたくさん助けられたね」
藤本君は気は短いが、後輩とか気の弱い人なんかにすごく優しい。
「俺の方がもっとたくさん助けられてる!
室田が間壁はすごい奴だって言ってたけど、お前は室田が言うよりずっとすごい奴だった。
俺、お前と知り合えて良かったよ」
と親指を立てて笑う。
「植村さん、浩幸の事、頼んだよ。
植村さんがどう思っているか知らないけど、僕、浩幸と植村さん、結構似合ってると思うよ!」
「もう、私は一途な人が好きなの!草太君の方タイプだったのに」
なんて言ってるけど、植村さんは結構、魔性の女タイプだったりする。
真に受けてはいけない。
「西村さん、将といつまでも仲良くね」
「ウウウ、草太君のバカ!明日から会えなくなるなんて信じられない!」
と言って僕に抱きついた。
西村さんは天然系の元気娘だ。よく女子同士で抱きつき合っている。
僕も結構抱きつかれて、苦しい思いをしている。
僕は女子よりも力が弱いんだ。カンベンして欲しい!
だけど今日はすぐに離れた。
「アスミンが見てるからやめとくね」
と、目を真っ赤にしながらも、チロッと舌を出す。
みんな聞いているのにやめて欲しい。
でも、そんな言葉でも僕には嬉しかった。
こんな元気娘と冷静沈着な将はぴったりだ。
みんな一人一人、個性があって良い所も悪い所もある普通の中学三年生だ。
でもこんな、体が弱くて迷惑ばかりかけていた僕の為にみんなが泣いてくれた。
僕の大切なクラスメート、かけがえのない友達!
その大切な存在が、三人ずつ確実にいなくなっていった。
そして、浩幸と将が最後に残った。
浩幸の方を見る。
そこには、泣いて泣いて、ぐちゃぐちゃの顔をした浩幸がいた。
ブサイクだなあ、と思って笑おうとして気付く。
自分の顔は、泣いているのか笑っているのか、さっぱり分からない。
ああ、そうだ!
僕の顔も浩幸と同じように、ブサイクになっているのだろうなあ。
もう、涙なのか、鼻水なのかさっぱり分からない液体が顔をおおっている。
浩幸は小学校以来の友人だ。
別れるのが辛い、明日から会えないなんて、考えたくない。
そして、浩幸が僕の為にやってくれた事を思い出す。
「浩幸、今までずっと一緒にいてくれてありがとう。
中学受験、受けなかったの、僕の為だったの?」
「ウウッ、違うよ、そんなんじゃ、グスッ・・・・・・。
分かったよ、言うよ!そうだよ、お前がいつ逝くか分からないって、剛志が言うから・・・、草太が俺の知らないところでいなくなるなんて、耐えられないと思ったんだよ!
それとな、剛志だよ、お前がもし逝ってしまえば、剛志には支える奴が必要だろ?
俺、剛志も大事な友達だから、あいつの為にもそばにいたかったんだ!」
こんな時まで強がって、嘘をつこうとして結局、本音を言うのが浩幸らしい。
「ありがとう、浩幸がずっとそばにいてくれて楽しかった!
剛志の事、頼むね」
そう言って隣を見る。
将も小学校以来の友人だ。
あの冷静な男が、ポロポロと涙をこぼしている。
「将、いつも、いつも助けてもらってばっかりだったね。
将がいなきゃ、僕らの関係は成立しなかったね」
将はいつも仲間内で争い事が起きると、すぐにに間に入って止めてくれた。
僕らのバランサーだった。
「お前がいたからだ!お前がいたから俺はずっと冷静でいられたんだ。
草太がいなきゃ俺、冷静でいられるが自信ないよ!」
将らしくもない言葉を漏らした。
「大丈夫、将は自分が思っているより、ずっと大人だよ。
僕がいなくなってもやっていけるさ」
「なあ、やっぱり別れたくないよ!加賀さん、どうにかならないかなあ。
なあ草太、こういう時こそお前の知恵でぱぱっと解決してくれよ」
いまだに未練がましい事を言うのが、浩幸らしい。
僕も加賀さんも黙って、首を横に振る。
浩幸も将もそれ以上何も言わなかった。
静かに、黙々と、台座に歩いて行く。
二人が台座に上がった。
僕は、無言で加賀さんに頷く。
加賀さんも余計な言葉を発せず、機械的に作業をこなす。
「送還します」
光りが輝き、二人を包む、ずっと見てきた光景だ。
光りが治まり、誰もいないのを確認すると
「成功しました」
と、加賀さんが言った。
その声が聞こえた途端、僕は倒れ込んだ。
「ヴヴヴ・・・ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛~~みんなぁ・・・○◎◇□△▽・・・・・・」
涙が次々溢れ、言葉にならない声を叫ぶ。
咽び、号泣し、慟哭する。
泣いても泣いても止まらない、悲しさと寂しさと苦しさが同時に襲ってくる。
僕は、クラスメートの一人一人の名前を叫び、呼んでいた。
「将ぉ、浩幸ぃ、西村さん、植村さん、栗林さん、藤本君、古川君、栗林さん、宮本さん・・・・・・・・・・・・」
僕のクラスは、全員で三十八人いた。この世界に来ていない八人の名前も叫び、呼ぶ。
最後に剛志の名前を呼んだ。
「剛志ィィィィィ・・・・」
それからまた号泣する。
止まらない号泣を続けていると、加賀さんがそっと抱き締めてくれた。
僕は思わず加賀さんへ向き直り、しがみつき、抱きつく。
加賀さんに体を預け、ひとしきり泣く。
そうしていると、誰かがそばに来て、何か言っている。
でも何を言っているのか分からない。
その人はそのまま、どこかへ去って行った。
もう、自分が何をしているのか分からなくなった。




