物語設定資料販売所5
「お姉ちゃん、接客お疲れでふ。コーヒーでも飲まないでふか?」
アティカが幸運販売の接客を終え、事務所に戻ると、カルチェが淹れたてのコーヒーを持ってきてくれた。
「お、サンキュー、ちょうど休憩しようと思ったところなのよね」
淹れたてのコーヒーの香りが、部屋に充満する。アティカは、その香りを楽しみながら、カップに口をつけた。
「そういえば、お姉ちゃんに出来ない設定ってあるんでふか?」
ふと、カルチェは疑問を口にした。
「どうかしら」としばらく考えた後、「そういえば」とアティカは答えた。
「あんたがいないときに、こういうことがあったわね」
今からおよそ、一ヶ月ほど前のことである。
カルチェが買い物に出かけ、アティカ一人で設定の作成を行っていたとき、一人の男性老人がやってきた。
「あら、いらっしゃいませ。今日はどのようなご用事で?」
「もうこの歳じゃから、せめて一つ何かを残したいと思っての……こんな小説を書こうと思っているところなのじゃが……」
老人は、1枚のメモを渡した。箇条書きで、ある程度の設定が書かれている。
「それで……ここは物語の設定を作ってくれると聞いて、お伺いしたのじゃが……」
「物語設定のご依頼ですね。では拝見させていただきます」
アティカは、そのメモに目を通した。
物語は単純で、一人の少年がいろんな経験を積み、成長していく姿を描いたもの、ということのようだ。
時代はかなり昔で、舞台となるのは近くに存在する集落のようだ。これらの設定を読んで、アティカは静かにメモを置いた。
「どうでしょう? どうにかうまく設定が出来そうじゃろうか?」
「……これは、お客様自身で設定を考えたほうが良いのでしょうか?」
ふと口にしたアティカの言葉に、客の老人はきょとんとした。
「そ、それは一体どういう……」
「この物語を作るに当たっては、私が設定できることは恐らく無いでしょう。お客様が思っていることを、素直に書いたほうが、私はすばらしい作品が出来ると思います」
そういうと、アティカはメモを老人に返した。
「そうですか……では、もう少し考えるとしましょう」
残念そうな顔をして、老人は店を後にした。
「どうして、そのお客さんの依頼を受けなかったでふか?」
カルチェの疑問に、「それはね」とアティカが返す。
「そのメモ、どうやら自分の生涯のことを記録しているみたいだったのよ」
「生涯? そのおじいさんのでふか?」
メモを見ている間に色々老人の話を聞いていたが、どうやら出来上がったら孫娘にプレゼントしたいとのこと。
そのメモには設定だけでなく、主人公の生い立ち、嬉しかったこと、後悔したこと、それに孫娘に伝えようとした言葉などが、箇条書きで書かれていたのだ。
「あのね、カルチェ。どんな人にも、絶対に設定できない物語って言うものがあるの」
アティカは、カルチェの淹れたコーヒーに口をつけて言った。
「人の人生。こればっかりは、勝手に物語の設定を作るわけには行かないのよね」
「そりゃ、人の人生を操作できればみんなハッピーな方向に持っていったり、逆ににくいアイツを不幸にすることもできまふからね」
「人生って、やっぱり先が分からないから面白いのよね。それに、過去の自分の人生は、自分しか知らない。自分のことを小説にするなら、自分しか知らない設定で書くしかないのよ」
人が生きてきた時間は、その人自身にしか分からないものだ。正確な自分自身を描こうとすればするほど、より自分にしか知らない情報が必要になってくる。そのような物語を、他の人が設定することは出来ない。
アティカは設定の天才であるが、他の人の物語まで設定することは出来なかったのだ。
「あ、そういえば、さっき面白いネタを思いついたんだけど」
「ん、どんなネタでふか?」
「ほら、私たちって、小説の設定を売ってるでしょ? それを小説にしたらどうかなって」
「はぁ? 私たちの生活を、小説のネタにするのでふか? それはあまりに落書きに満ちた世界になりそうでふが」
「だから、ちょっと設定をいじって、いきなり繁盛したり、店がピンチになったり、ってことを設定すれば、いけるんじゃない?」
「まったく、お姉ちゃんのフリーダムっぷりにはあきれるでふね」
しばらくして、「物語設定資料販売店」というタイトルの設定資料集が販売された。
程なくして、フィーカスという男が約三十万円の契約料で購入したとか。
****
あなたにはあなたにしか書けない物語があります。
しかし、一から考えるのは難しい。
もしもあなたがアイデアをお持ちなら、一緒に物語の設定を考えてみませんか?
アイデアが無くても大丈夫。「こういう話を書きたい」というものがあれば、設定をお渡しします。
ただし、書けるかどうかはあなた次第。
あなたのアイデア、一度設定資料集にしてみませんか? きっと満足のいただけることをお約束いたします。
<物語設定資料販売所 おわり>




