物語設定資料販売所3
チリンとドアのベルが鳴った。客が来たようだ。
「いらっしゃいでふ……ああ、あなたでふか。今日はどんなご用事でふか?」
チェックの上着にデニムといった、ラフな格好をした男性客だった。カルチェは、その男性客をテーブルに案内すると、コーヒーを淹れて差し出した。
「今度新しいホラー小説を書こうと思っているんだが、何か良いものはないかなと」
「ホラーでふか……少々おまちください、でふ」
そう言うと、カルチェはアティカがいる事務所へ向かった。事務所では、アティカが作品作りをしているようだ。
「お姉ちゃん、ホラーの設定ってあるでふか?」
「ホラー? うーん、だったらこの前作ったこれはどう?」
アティカが1冊の設定資料集を取り出し、カルチェに手渡した。
「"自傷悪魔"……また悪魔でふか。お姉ちゃんは悪魔が好きでふね」
「まあ、私自身が小悪魔だからね♪」
「……あんまりいい意味じゃない気がするでふが……しかもこれって、たしかファンタジーか何かじゃないでふか?」
「こういう設定は、書く人によってはホラーになりうるのよ。さあ、さっさと持って行きなさい」
そうなんでふか、と言いながら、カルチェは設定資料を持って接客室に向かった。
「……なんと言うか、ありきたりな設定な気もするのだが……?」
「まあ、小説世界では、表現やネタがかぶることがよくあるでふ。ホラーともなると、つまりは怖いと思わせることが重要なのでふね」
"自傷悪魔"のあらすじはこうだ。自分を傷つけたいという衝動は、ネガティブな思考が生み出す悪魔がやっていることである、というような感じの話である。そこから、悪魔が実在化してしまい、自傷行為を行う人が増加してしまうという。
ファンタジー要素は多いが、上手く話を作ればホラーとして成立しないこともない。
「そのあらすじを聞く限りではどうも先が読めてしまうのだが……」
「詳細は、この資料集にあるのでふが、契約していただかないとこれ以上詳しくお話しするわけにはいかないのでふ」
「そうかい、じゃあとりあえず今日は帰らせてもらおうか」
荷物をまとめ、男性客は扉を開ける。
チリン、という扉のベルの音が鳴り、すぐに男性客は姿を消した。
「ああ、またあの人か」
「そうでふね。またネタだけを回収しに来ているみたいでふ」
「はぁ……懲りないわねぇ」
設定資料集を買わずとも、あらすじだけは聞くことが出来る。もちろん、そうしなければ、どのような物語かが分からないからだ。
しかしながら、「ならばあらすじだけ聞けばネタが回収できるのでは?」と思う人も出てくるのだ。実際そのような人を3人ほど見た。
ところが、あらすじを聞いただけでは何故かきちんとしたストーリーが組み立てられないようなのだ。
簡単に言うと、家の絵を見ただけで、材料をそろえて自分で作ろうとしているような状態だ。
どのような物語が描かれるかある程度想像できるものの、きちんとした設定がうまく出来ず、話が進まなくなってしまう。
そもそも、物語の設定が出来る人ならば、わざわざこんなところに来たりしない。そういう人は、ネタにしても普段の出来事などから作り出すことが出来る人であることが多いからだ。
また、この設定資料集のネタを用いて何かを出版した場合、その出版社から連絡が入る仕組みとなっている。基本的に設定資料集は唯一無二の存在であるため、物語を読めば一目瞭然だ。
契約方法、出版した際の契約料など、どのようなシステムになっているかは社外秘だ。
「……で、あの人、前回はどうだったんだっけ?」
「何の音沙汰もなかったでふ。もっとも、当然の結果でふがね」
「まあ、私くらいの設定能力が無ければ、所詮アイデアだけってことね」
「文章能力がなかったのがとんでもないがっかりでふがね」
「ほ、ほら、天は二物を与えずって言うじゃない?」
「お姉ちゃんの一物って何なんでふかね」
「うぐぅ……」
アティカはカルチェの一言で、書いていたアイデアを忘れた。




