霊能者というオシゴト
書き直し作業を始めてからというもの、にゃ~が執拗に膝の上に乗ってきます。
これでもかってくらいに乗ってきます。
なぜ毎日にゃ~の事を書いているんだろう。
にゃ~。
玄関のチャイムの音で目覚めると、目の前に畳があった。座禅を組み、顔面から落ちてケツを突き出すような姿勢で眠っていたようだ。
手をついて顔を上げると、慎二もまったく同じ姿勢で眠っている。
妙なところで血の繋がりを感じた。
目をこすりながら、重い足取りで玄関に向かい、ドアを開けた。
「うわっ! 貞子!!」
邪魔な髪をかき上げて見てみると、和人が腰を抜かして座り込み、後ずさっている。
頭が働かないが、女子の本能として、条件反射で咄嗟に髪を手櫛で整え、よだれ跡を手の甲で拭う。(ただし、この本能が働くのは相手がイケメンだった時に限る)
「あぁ、カズ。おはよ」
にっこり微笑んだのに、和人は「う、鱗が! 蛇女だー!」と叫んで四つん這いのままものすごい速さでエレベーターの方へ逃げて行った。
外からドアを押さえていた筋張った手の横から、タカが顔を覗かせる。
「おう。……お前、顔中に畳の跡ついてるぞ」
両手で顔を触ってみると、確かにデコボコしている。
「うあぁぁぁ~~~」
慌てて髪の毛で顔を隠す。
「あと、田舎者に一つ忠告してやる。いきなり玄関開けるな。インターフォンで確認してからにしろ」
首を傾げると、貴史はチラリとこちらを見てから靴を脱ぎ、部屋の中へ入って行ってしまった。なんなんだ、一体。
玄関から顔を出し、逃げて行った和人の様子を見ようとすると、後ろから貴史の声がした。
「おい、琴子、何やってんだ。こっち来い。教えてやる」
いきなりの呼び捨てに、怒って抗議しようと思ったが、怒りが沸かなかった。むしろ何故か顔がにやけた。
お前、とか、あんた、とか呼ばれるよりも、それは心地よかった。
貴史の後に続き、リビングでインターフォンの操作の仕方を習った。
「俺とカズはここの合鍵持ってるから自由に入れるけど、今後は一応お前の事気遣ってチャイム鳴らしてやることにした。まあ、それでも用心に越したことは無いから、一人の時はチェーンかけておけ」
ニコニコ笑いながら説明を聞いていたが、貴史はこちらを見てから眉を顰め、溜息を吐いてから、いつの間にか背後に立っていた和人に何か指示を出す。
和人は鞄から半紙と筆箱を取り出し、筆ペンで達筆な文字を書き、1枚をインターフォンの横に貼り、他の紙を持って玄関へ向かった。
目の前に貼られた半紙には、インターフォンの操作方法が書かれていた。
「お前の脳みそじゃ覚えられないようだからな」
額をトントン、と、指でつつかれる。
実際、説明を聞いてもよくわからなかったので、へへ、と笑ってみた。
「すんません、助かります」
貴史は琴子から目を逸らし、「調子狂うわ。変な女」と言いながら、慎二の仕事部屋に向かった。
「慎二さん! 大丈夫ですか? 慎二さん!」
貴史の声に驚き、仕事部屋を覗くと、慎二が先程と同じ格好で寝ているだけだった。
「慎ちゃん、ほら~。タカとカズ来たよ。起きて」
肩を掴んで慎二を起こすと、慎二の顔には畳の跡が、額と鼻にしかついていなかった。
「格差社会」というわけのわからない言葉が脳裏に浮かび、琴子は必要以上に慎二を前後にガクガクと揺さぶる。
「がっ!」
揺さぶり過ぎて慎二の頭が琴子の額にクリーンヒットした。
その場に倒れ込んだ琴子を置き去りに、「アタシちょっとシャワー浴びて来るわ」「じゃあ僕、ご飯作っておきます」「俺は掃除でもしとくわ」という会話が頭上で交わされ、琴子は掃除機の柄で部屋の隅へと転がされた。
それでも何とか、匂いに誘われ、這いずりながら食卓へたどり着く。
オレンジジュースにホットミルク、サラダとクロワッサンとベーコンエッグ。デザートは、苺にコンデンスミルクが掛けられている。
憧れていた洋食朝ごはん(もう昼過ぎだが)がここにある。やはり都会はおしゃれだ。
「すごいね~、すごいね、カズ。メガネは伊達じゃないね。執事みたいだね。何でもできちゃうんだね~。今度料理教えて?」
和人は目を丸くしている。
「え? ベーコンと卵焼いただけだよ? 何教えればいいのかな。焼き方? クロワッサンもドレッシングも市販のだし。野菜のちぎり方?」
持つものは持たざるものの気持ちは理解できないものだ。それ以前のメニューの組み立て方から何から、全てがわからない。何か癪に障る。
「やっぱいい」
ガツガツとおされ朝ごはんを貪り食った。
その後、シャワーを浴びてから、客の相談というものに貴史と一緒に同席させられたが、客が何か言う度に「どう? 琴蔵はわかる?」とか「琴蔵、視える?」と、いちいち聞かれてとてもウザかった。わかるわけがない。
慎二がお経のようなものを唱え、客がヤバい薬でもやってるんじゃないかという感じになって、「この人を頼ってはいけません、出て行きなさい!」「いやよ、私はこの人と一緒にいるのぉ~!」「出て行かないなら力づくで排除しますよ!」という小芝居が始まった。本当にわけがわからない。
その後30分ほど、慎二がお経を読んで、客は「うぐぅ~」とか「あがぁ~」とか叫びながらのたうち回り、「出て行くものかぁ~、こいつは私のものだぁ~」とか言っている。
オチの無い漫才を見せられているようで、とても苦痛だった。
それで思わず「いいかげんにしなさい」と、ツッコミ気分で客の後頭部を叩いたら、何か口から出て来た。
ちょっと透けてる恐ろしい顔をした女だったので、そいつを思わず殴った。悲鳴をあげながら殴って、蹴って、気付くと貴史に羽交い絞めにされていた。
透けてる女はなぜか被害者面をして、しくしく泣きながら慎二の後ろに隠れた。
「あの……うちの姪が、ごめんなさいね。でもね、あなたが取り憑いていたこの人も、なんやかんやでそれ以上のダメージ負ってたと思うのよね。あの、本当にごめんなさいね。これ以上あなたがこの世に留まっていると、アタシ、姪を抑えられる自信が無いから、悪いけど成仏してくれないかしら?」
「はい。いえ、私こそ、すみません。すぐ成仏します。助けてください」
その言葉に、慎二がお経をあげ始めると、天井から光が差してきた。
女はその光に吸い上げられるように上昇していったが、途中で琴子を見て、舌を出し、右手の中指を突き立てた。
拳を振り上げると、ビクゥッ! として、平泳ぎで慌てて上へ泳いでいった。
「パンツ見えてんぞ! ぶわぁ~か! ヴァ~カ!」
赤いパンツに向かってそこらへんにあった座布団を投げつけると、座布団は天井の換気扇に当たって護摩壇へと落ち、炎上して大変な騒ぎになった。
「ヴァカ言うやつがヴァカなんだよ!」
その一言を残して、女は成仏したようだ。
慎二に散々説教され、布団でぐるぐる巻きにされ、その上からロープで縛られた状態で仕事場に横にして置かれる。
「アンタはしばらく黙って見てなさい」と。
その後、2人の客が来たが、途中で寝てしまい、何度か貴史に鼻をつままれた。
そんな日が何日か続く。
どんな日かと言うと、夕方に慎二を送り出し、朝はちゃんと朝食にカレーを作り慎二を迎えて、午後は貴史と和人に残り物のカレーを振舞い、簀巻きにされて客の対応をする日々だ。
カレーの腕は上達したと思うのだが、慎二は朝食を食べてくれなくなり、和人は来るなりカレーを全て冷凍してしまい、他のおかずを作ってくれた。
一週間ほどでやっと、慎二の仕事がわかってきた。
どれだけ時間を掛けても霊を説得し、お互いに納得の行くまで話し合い、成仏させるという事なのだと。




